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「やあ、1人で戻ってきたって事はうまく行ったみたいだね?」 廊下を入口の方へと戻って行くと、絨毯の敷いてあるエリアの一番手前の部屋のドアの所に持たれる青年。 手には赤い羽根の扇を持っている。
そんなアントーニョの葛藤を遠目で見つつ、 「とりあえず…牛魔王は退治したし帰ろうか…」 と、自分は戦ってないし汚れていないから…と、自らが着ていた長衣を脱いでアーサーに提供するフランシス。
体中が牛魔王の唾液でべとべとだった。気持ち悪い。 美味そうと言っていたからには食べるつもりなんだろうが、いつまでたっても歯をたてられる気配がないことを、アーサーは不思議に思う。
「そっちも片付いたん?こっちも終わったで~」 驚いた事に雑魚とは言え、アントーニョはあれだけ数のいた敵をもう倒し切ったらしい。 「はよ、アーティ助けに行かな…」 と、アントーニョはギルベルトの返事も聞かずにその横を通り過ぎ、一路ドアを目指してドアノブに手をかけた…がっ……...
一方で部屋に残された3人は、妖怪達に当然ながら用はすんだのだからと村へ戻るように促された。 しかしアーサーからの連絡がくればすぐ踏み込まないとならない事を考えると、ここから動くわけにもいかず、ギルベルトはどう言い訳するか悩むが、アントーニョに迷いはなかった。
一瞬…ほんの一瞬、何かがぐにゅりと歪む感覚がする。 しかしそれを不思議に思う間もなく、床も壁も…奥に見える天蓋付きの寝台も、なにもかもが目に痛いほど赤い部屋に居る事に気付いた。
こうして長い廊下を進んだ最奥の部屋。 輿など余裕で通れる頑丈で大きな扉。 それを超えると、大広間。 赤い絨毯がさらに奥の扉に向かって伸びていた。
入口のあたりはまだ岩がゴツゴツしていていたのが、奥に行くに従ってなだらかな床になり、さらに大きな扉を超えた最奥の一帯は、高級そうな絨毯が敷いてある。 その絨毯の上に一歩足を踏み出した時、手前のドアがいきなり開いた。
(あ…かん…。あれはあかんやろっ!) 突然はらりとあがる簾。 そこから何か見苦しい物が転がり落ちた気もするが、そんなものは見ていないしどうでもいい。 それより問題なのは、汗ばんで少し紅潮した真っ白な肌に張り付いた真っ白な着物…。
「なんだか今までの女より妙に美味そうな良い匂いがする…」 と、輿を担いでいる妖怪の呟きにピクリと手を小さくした如意棒に伸ばしかけるアントーニョをギルベルトが慌てて止めた。
こうしてアントーニョが合流すると、アーサーが乗る、馬に戻ったマシューの手綱を引いて、ギルとフランシスの後を追ってそこから数分の村へ。 てっきりすでに宿の手配が終わっているものと思っていたら、ギルベルトもフランシスもまだ村の広場のような所で村人と何か話している。
「お~い、と~にょ~!!」 こうしてアントーニョが両手にいっぱいのリンゴを抱えて戻ってみれば、泣きそうな顔で自分の着物を差し出しているマシューと元気に手を振るアーサー。
暑さで皆それなりにイライラはしているが、アントーニョにはもう一つイライラの原因がある。 全身を衣服でおおわれているものの、チラリとのぞくアーサーの素肌の部分は熱さにほんのりと色づき、服でおおわれている部分も多くは汗で張り付いて体の線が出ていて、なかなか目に毒な状態だったりする...
「暑いな……」 ジリジリと照り付ける日差しに、アーサーの金色の髪は白い額にべったりとはりつき、体中に汗が伝う。 「本当に暑いね。坊ちゃんそんな恰好してるからなおさらでしょ。 もう脱いじゃえ脱いじゃえっ。お兄さんももう脱いじゃう♪」 と、その様子にそれまでぐったりと足...
自分が他者…特に妖怪達の目にどう映るのかを教えておくべきなのか、教えずに死ぬ気で護衛すべきなのか…難しいところだと思う。 そんな悟空の悩みも全くどこ吹く風で、楽しげに駆けていく三蔵の様子に、悟空も問題を先送りにして顔を綻ばせて後を追った。
こうしてそのあたりはうま~く誤魔化された形で二人はあとの護衛達の待つ村はずれの木の下を目指した。 道中、悟空はしょっちゅう、『暑ない?』『疲れへん?疲れたらほんま言ってな?』などと三蔵を気遣ってくる。 もちろん三蔵の荷物は悟空が担いでいる前提である。
―― ええな?先にこの緊箍児をあいつの頭に付けてから五行山の封印解くんやで? こうしてまずは悟空を迎えに来たわけなのだが、三蔵は早くも躓いて途方にくれていた。 悟空を迎えに出る前に、釈迦如来にくれぐれも緊箍児をつけてから封印を解けと言われていたのだが、三蔵が封印を解...
あああ~~~!!!と、釈迦如来は頭を抱える。 あかん!あいつがいっちゃん道踏み外しそうや。 あかん … ほんまあかん … 。
花咲き乱れるそこはまるで極楽浄土のようだった。 実際、釈迦如来にとっては極楽浄土と変らぬほどの場所だ。 自身の御殿の庭。 はるか西方から取り寄せた白やら赤やら薄桃色やらの薔薇という名の珍しい花が、この上なく美しい配置で植えてある。
「あなたなら … なんとか悟空を説得できませんか?」 心底困り切った様子の菩薩の声に、釈迦如来は深い翡翠の瞳を下に隠した瞼をピクリと動かす。それにより濃く長いまつげがかすかに揺れる。