GoWest-APH西遊記-弐の巻_12

体中が牛魔王の唾液でべとべとだった。気持ち悪い。

美味そうと言っていたからには食べるつもりなんだろうが、いつまでたっても歯をたてられる気配がないことを、アーサーは不思議に思う。


もしかしてこの唾液は人を溶かす効力でもあって、自分はすでに少しずつ食われているんだろうか…だとしたら…もう少ししたら激痛が走るんだろうか…。

美味そうの理由など全く理解していないアーサーの想像は斜め上だった。

なので体中をさんざん舐めまわした牛魔王がグヘヘと笑いながら
「そろそろ本番前の美味い食前酒代わりを頂こうかのぉ」
と、下肢の急所に手を伸ばしてきた時には、恐怖のあまり卒倒しそうになった。

(そこ?!そこから食うのかっ?!!!)

もちろん何が美味いのかなどの意味など知るはずもなく、とにかく急所を食いちぎられる恐ろしい想像がぐるぐる脳裏を回って、いい加減抵抗に疲れてマヒしていた恐怖が再燃する。

「やっ…いやだあああ~~!!!!!!!!」
こうして再度、無駄とわかっていながら暴れようとしたその身体の上から、しかしながら急にふっと重さがなくなった。

ぐっしゃああ~~!!!!とすごい速さで伸びてきた棒に吹き飛ばされた牛魔王が飛んで行った壁の方で嫌な音がする。
あまり素敵な音とは言えないが、続く声は確実にアーサーの心と体を軽くした。



「なんにもされてへん?!
貞操に関わるような事されとったら、こいつもう一度殺しとくでっ!!」

と言いながら走り寄ってきた男の翡翠色の瞳はあくまで優しく、声音はあくまで気づかわしげで、心底ほっとした。

よくよく冷静に見れば、全身は返り血で真っ赤に染まっっていて、その姿の後ろのドアの向こうにかすかに見える死屍累々の妖怪達を一人で殺ったと思うと笑えないはずなのだが、そんな事を考える余裕などアーサーにはなかった。

ああ…もう大丈夫なんだ…と安堵すると、自然に涙がこぼれてくる。
それが恥ずかしくて袖口で拭こうと思っても、考えてみれば服を着ていない。

そこでようやく自分が裸な事に気づいて、ベッドの端に打ち捨てられた着物の残骸をもそもそと引き寄せると身にまとう。

すると
「これ着とき…」
と、破れたアーサーの服を見て、アントーニョが自分の上着を脱ごうとするが、果たして色とりどりの妖怪の血で染まったそれを着るのが良いかと言うと、また悩むところである。

「いや、少し破れてるだけだから…」
と、破れた前をかき合わせるが、
「あかんっ!そんな柔肌露出したまま歩かされへんわっ!危ないわっ!」
と、無理やりその血まみれの上着を着せられる。

「危ないって…素肌露出するより、血の匂い振りまいてる方が危なくないか?」

妖怪、野獣、皆、血の匂いには敏感だ。
アーサー的には極々当たり前の事を主張してみたわけだが、その言葉にアントーニョは大きく目を見開いて硬直した。

「あ、いや、危ない危なくないという意味で言えばだっ。
別に上着貸してくれる気持ちはありがたいが……」

自分の言葉に気を悪くさせたかと、アーサーは慌てて顔の前で手を振って補足したのだが、アントーニョは怒っているというより、あきれた顔で、はあぁ~~っと大きく息を吐き出して片手で顔を覆った。

「…これだから箱入りは………」
という小さな呟きを拾ったアーサーが反論をしようと口を開きかけた瞬間…

「あほかぁああ~~!!!!」
と、がばっと顔を上げて、アーサーの肩をガシっと掴んで絶叫した。


「自分、今っ!!たった今何されかけとったんか、全然理解しとらんのっ?!!
親分が救出に来るの遅れとったら、今頃、あのアホ妖怪に食われてたとこやでっ!!」

「…いや…だから…動物って血の匂いさせてたら怪我でもして弱ってるのかと思って襲ってくるだろ?」

「襲うの意味がちゃうわあぁああ~~!!!」

ぽかんと首をかしげるアーサーに、アントーニョは本気で焦りが募る。

お釈迦様から直々に使命を与えられるくらい霊力の高いこの少年僧は、自分が霊力のみならず、とても無垢にして美味しそうな…妖怪心をそそる容姿をしている自覚が全くない。

穢れのないものを穢したいというのは妖怪の本能ともいうべき欲求で、もちろん物理的にむしゃむしゃと食らってもその霊力は妖怪にとって力となりうるのだが、どうせならこの無垢な身体を性の限り貪りつくして、その性的快楽から発するエネルギーを取り込みたいと考えるのは、妖怪的には自然なことだ。

アントーニョとて実際には理性で抑えてはいるものの、夢の中では何度その白い身体を組み敷いて暴いたかわかりはしない。

これから天竺までの長い道のりで、群れをなしてくる邪な妖怪達から本当に無垢なままの身体を守り切れるのか…守り切れないくらいならいっそ自分の手で手折ってしまった方が…と、日々葛藤しているアントーニョの気持ちにも、この純粋培養の少年は全く気付いていないのだった。





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