しかしそれを不思議に思う間もなく、床も壁も…奥に見える天蓋付きの寝台も、なにもかもが目に痛いほど赤い部屋に居る事に気付いた。
「御苦労だった。下がってよし」
と寝台側の大きなソファにふんぞり返る妖怪。
明らかにこれまでに会った者とは違う。
ああ…これが牛魔王…と、確認するまでもなくわかってしまった。
「それでは失礼いたします」
と、側近の妖怪がドアから出て行くと、巨体の割には小さめの欲に濁った眼で舐めまわすように上から下まで見つめられてゾッと悪寒が走った。
両手で自らの体を抱きしめるようにしてふるりと震えたのは演技ではない。
素でどこか気持ち悪く恐ろしい。
とにかくアントーニョ達に知らせなければ…と、アーサーは
「少し1人で…心の準備をしとうございます…」
と、訴えた。
牛魔王はその言葉に涎でも垂らしそうな顔で
「生娘の怯えか…。じゃあ少しの間、寝台の上でカーテンを下ろしていていいぞ」
と、にやにやしながら大きな寝台を太いごつごつした指で指差した。
それが何を示しているのか、相手が何をしようとしているのかは、釈迦如来が花園で大事に大事に育てた性知識などないに等しい箱入り息子であるアーサーにはわからない。
それでもどこか不気味なおぞましさだけは感じていて、なるべく牛魔王から距離を取るようにして寝台によじ登ると、紐を引っ張ってそれも真っ赤なベッドの四方を覆う布地を下した。
力が入らないのはここに来るまでの暑さで体力が削られたせいだけではない。
嫌悪感と恐怖心に駆られながら、アーサーは緊箍児を締め付ける経文を唱え、そしてすぐ続けてそれを緩める経文を唱えた。
これですぐアントーニョ達が踏み込んでくるはず…と、寝台の上で震えながら待つ。
………
………
………
汗で肌に張り付いた着物が気持ち悪い…と、さきほどまで感じていた感覚もなく、ただ不快感がさらに不安を煽っている気がした。
早く…早く来い!
と祈るように思っていても、焦る気持ちをあざ笑うかのように時間が過ぎていき、にゅうっと赤い布地の向こうから手が伸びてきて、そこから覗く
「そろそろ覚悟はできたかのぉ…。
まあ、出来てないならそれはそれでいいんだが…」
とにた~りと笑う大きな牛の顔にアーサーは思わずすくみあがった。
「ああ…その怯えた顔が堪らんのぉ」
と、驚くほど長く大きな舌で舌舐めずりをされた時には、もうこんな作戦を了承した過去の自分を蹴り飛ばしたい気分になっている。
生理的に気持ち悪い…怖い…怖い…!!!
グイっと着物の裾を握られて、引き寄せられそうになって慌てて奥に逃げたら、ずるりとまるで熟れた果物の皮のように着物が肌蹴て真っ白な上半身がむき出しになる。
「おやぁ?今回の花嫁はおのこだったんかぁ。
村に娘がもういなくなったか…」
という声にハッとして、
「そ、そうだ!だから離せっ!!」
と一縷の望みを込めて言ってみるが、牛魔王はギラギラと欲に燃えたぎった目をアーサーに向けたまま、
「まあ、別に子ぉ産ませたいわけじゃないから、構わんがのぉ。
今までのおなごなど比べものにならんくらい美味そうな匂いがする…」
と、大きな口からダラダラと涎を垂らした。
「ああ、もう我慢出来ん」
ビリリィ!!!と薄い着物が裂かれ、逃げる足を掴まえられて、巨体の下に引きずり込まれてのしかかられベッドに磔にされると、べろんべろんとザラザラした分厚い舌で体中舐めまわされて、アーサーはパニックを起こす。
食われる!!
気色わるさと恐怖に体中に鳥肌が立った。
「ぐへへ…気持ち良いか?もっと良くしてやるぞぉ」
と、上ずった牛魔王の声に、『食われるのに気持ち良いとかあるかぁぁ~~!!!!』と、突っ込みをいれたくなるが、もう恐ろしさに歯の根が合わず、声も出ない。
食う…と言えば食おうとしているのだが、牛魔王のそれは、自分が考えているのとは違う意味合いであることは、当然アーサーは知る由もない。
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