kmt 間者ぎゆ
義勇が目を覚ますとそこに錆兎がいた。 あれほど必死に離れようとしたのに、今その温かい手が義勇の頬に優しく触れている。 愛しくて愛しくて恋しくて悲しい。 この手を取ってはいけないのに縋りたくなる。
ザッシュっと夜の闇に青い光を放った刀が鬼の首を撥ね飛ばす。 飛び散る血しぶき。 それをも刀で器用に薙ぎ払い、白い羽織には染み一つついていない。 まったくもって器用なことだ。
全く運がない…と、実弥は死を前にして思った。 それは任務からの帰りのことである。 本部で報告を済ませた時にはもう夜で、鬼が出ても大変なのでなんなら泊まって行っては?と勧められた。 だが柱が鬼を怖がってどうする、それこそ鬼が出たなら行きがけの駄賃ならぬ帰りがけの駄賃に首を刎ねてやる...
自分が錆兎の同性で生涯の伴侶にはなれない… それは義勇に残された逃げ道のようなものだった。
錆兎を見送ってため息をつきながら、義勇は今日手入れをしようと昨日かけておいた錆兎の羽織を洗うべく衣紋掛けから外して手に取った。
トントントンと包丁の音がまな板の上に響く。 その他にも鍋の中で煮物が煮える音であるとか、味噌汁からふわりとただよう柔らかな湯気であるとか、料理の音や匂いその他は、義勇にとっては姉が生きていた頃のわずかな記憶で、幸せの象徴のようなものでもあった。 ある日とつぜんに切り取られた幸せな...
ふすまがスッと静かに開く気配に、実弥は目を光らせる。 今晩がおそらくこの任務の最終日。 3件目の鬼退治現場。今回は深い森の中である。 日中の錆兎の仮眠中にお姫さんの体調を見ているために起きているのももう慣れた。 もっとも、体調より不審者を見張ることがメインとなりつつあるのだが。
「あ~。これで時間だな。 戻ってこない約2名は死んだか逃亡による除隊として本部に報告する。 これで今日は終了。 各自宿に戻って7時間休息後、荷物をまとめて宿の入り口に集合。 汽車で次の目的地へ向かう。 てことで、解散」
この任務中に斬った鬼の数は各々の鎹鴉が数えるということになっていた。 なので明け方に隊士が帰ってくると、まず斬った鬼の数を聞くため隊士達は鴉を連れて並ぶことになる。
──頼むよ、天元。おそらく君にしか出来ない任務なんだ。 サラリと綺麗な黒髪を揺らしてお館様が言う。 抜け忍である自分を理解し温かく迎えてくれた敬愛すべき主にそんな風に言われれば、どんな過酷な任務だってこなせてしまう気がした。 宇髄天元16才。 柱を拝命してまだ一ヶ月弱の頃のことである。
──お前の存在はあいつの足かせにしかならねえと思うぜ? 任務二日目…錆兎は鬼狩りのために山に入っている。 しかし義勇は初日に呼吸を使いすぎて倒れたため、麓に張ったテントの中で留守番だ。 目の前には今回任務を仕切っている若い柱が立っている。
──義勇っ!ダメだっ!俺が守れる範囲から離れるなっ!! 初任務のことである。 大勢での長期の任務。 簡単に言えば全国鬼退治旅行。
「ぎゆ~!お風呂入ろう!お風呂っ!」 「禰豆子っ!お前、この前も錆兎兄さんにダメって言われただろうっ!!」 「え~?だってぎゆうは可愛いから大丈夫だよ?」 「義勇さんは年上の男性なんだから可愛いなんて失礼だろう! 第一可愛い可愛くないの問題じゃないっ! いくら義勇さんが可愛くても...
熱が下がればあとは早かった。 念の為1週間医療所にいて、退院の日は錆兎が迎えに来てくれた。
それは確かに恐ろしい光景だった。 鬼に人が喰われている。
そして朝…なんだか身動きが出来ないと思えば、錆兎の両隣に寝ていた炭治郎と禰豆子にしっかりと腕枕をさせられて、しがみつかれている。 「…錆兎…お兄さん養成装置装着だね」 と、すでに目を覚ましていた真菰がそれを見て爆笑した。 「笑ってないでなんとかしろ、真菰」 と、錆兎が言うと、真菰...
20数人いた希望者の中で戻ったのは5人。 まあ毎回そんな感じらしい。 錆兎の祖父の時は祖父が最終選別でほとんどの鬼を1人で倒したために、脱落者は25名中たった2名だったというのを聞いてそれを目指していたのだが、まあ仕方ない。 鬼殺隊に入ってから鬼を斬りまくればいい。 それより7日...
たとえ夜に移動することになったとしても、錆兎はそんじょそこらの鬼に遅れを取る気はないのだが、おそらくこの様子だと最終選別を終えて休みなく戻って万全じゃないという事を理由に、夜が空けるまでは返してもらえそうにない。 錆兎はその事を悟って今後何か尽力を願うこともあるかもしれないしと、...
「あ~真菰ねえ帰ってたんだ~。 この前も帰ってたよね、仕事いいの~?」 狭霧山は今日も弟子たちでにぎやかだ。
見ると聞くとは大違いとはよく言ったもので、義勇はまさに今それを体感している。 説明後に解散を言い渡されて、30分もしないうちのことである。 さて、解散したのは良いが、どうすれば良いのだろうか…と思いながらおそるおそる山道を歩いていると、風にのってどこからか流れてきた血の匂い。 そ...