ふすまがスッと静かに開く気配に、実弥は目を光らせる。
今晩がおそらくこの任務の最終日。
3件目の鬼退治現場。今回は深い森の中である。
日中の錆兎の仮眠中にお姫さんの体調を見ているために起きているのももう慣れた。
もっとも、体調より不審者を見張ることがメインとなりつつあるのだが。
だいたいが短い休息時間をなるべく効率よく使うために羽織と上着を脱いでシャツと洋袴姿で寝ているのだが、女は寝間着なのだろう、浴衣を着ているのはいいが、まあなんというか魂胆がわかるような着崩し方をしている。
実弥が部屋にいたのは想定外だったらしく、襖を開けてまず目に入った実弥の姿に目を丸くしていた。
「あんた…こんなとこで何してんの?」
と、ずいぶんと険しい顔で言われたのに
「見張り。錆兎に頼まれてな」
と言えば、きまり悪げに去っていった。
その後、襖の向こうに人の気配。
しかししばらく中を伺うようにその場に留まっていたが、起きている実弥の気配を感じたのだろうか…襖を開ける事なく去って行く。
そのあたりで実弥は気配を感じられにくいように部屋の奥の方へと移動した。
そうしてしばらくすると、さらに最初の女とは違い、そっと音もなく開く襖。
近づいてきた気配に実弥は横においた刀を手に飛び出していく。
手応えはあったが逃げられた。
その他には襖の向こうに薬瓶と『本部の方から新しい薬が支給されたから飲め。宇髄』のメモ書きの乗った盆が置いてあるなどということもあった。
宇髄からかもしれないし、別の人間からかもしれないが、どちらにしてもロクなもんじゃないと、実弥はそれをこっそり回収。
宇髄からなら何か言ってくるだろうし、そうでなければ害意のある者からだろう。
もちろん宇髄が害意がないとは言えないが…本部の意向しだいで殺す側に回るなんてこともありえないとは言えない。
そんな感じの事が最終日の今日まで毎晩毎晩起こる。
移動日以外は5時くらいに宿についてだいたい10時くらいに錆兎を起こして見張りを交代を終了。10時から11時半の間に食事や風呂を済ませ、そこから夕方4時半まで寝て、集合時間の夕方5時に間に合うようにしている。
互いに起きていた時間にあったことの報告は任務時間。鬼狩りのための移動中。
ハードと言えばハードだが、自分の大切だった相手を守れなかった分、新たな友人を助けてやるためと思えば、疲れもそう感じない。
こうして今日も任務から宿に帰って刀を横に見張っていると、音もなく開く襖。
本当に気配が全く感じられない。
襖を凝視していなければ気づかないところだった。
だからこそ…これは通常じゃない!!
実弥は迷わず刀を抜くと、襖の方へと走った。
ゴン!という鈍い音と共に振り下ろした刀が鞘によって阻まれ、
──落ち着け、クソガキ…嬢ちゃんが起きるだろうがっ
と、低い声で言う宇髄に腕を掴まれる。
…何故…宇髄が?
相手は柱だ。
今までの不審者と違ってやりあって勝てるはずもない。
その実力なんて、さきほどの気配の消し方、実弥の攻撃への対応で嫌というほどわかった。
どうする…?…どうやって対処する?
自分はどうせもう失くすものなんてない身だからいい。
錆兎と錆兎のお姫さんだけでもなんとか逃してやれないだろうか……
そんなことをぐるぐる考えていると、目の前で宇髄がふと苦笑した。
「…だから、落ち着け。処分するつもりなら、こんな風にこっそり来たりしねえよ。
俺様は優秀だからな。
二日目にはもう嬢ちゃんは白認定してて、その後のやり方についても話し合っている。
ぶっちゃけて言うと、嬢ちゃんには鬼側の奴が坊っちゃんを狙ってくるだろうことを見越して鬼側の奴を割り出すための囮になってもらってた。
嬢ちゃんは放っておけば坊っちゃんの負担にならねえようにって死にそうだったから、何か坊っちゃんのためにって言う役割を与えれば自殺防止になるかと思ったし、鬼側の奴らも坊っちゃんがどれだけ嬢ちゃんを大事にしてるかを知れば、手強い坊っちゃんよりも嬢ちゃんの方を狙ってくるだろうしな。
一石二鳥ってやつだ」
と、宇髄から出たその言葉に驚きつつも、実弥は刀は手放さないまま、まずそれの真偽について考えた。
結果、本当のことなのだろうと判断する。
錆兎はとにかくとして、お姫さんに関してはこれまで宇髄は何度も2人きりになっているのだ。
害意があればその時にそれこそ病の悪化を原因に死なせることくらいは出来ただろう。
そこで刀を鞘に戻すと、宇髄は小さく息を吐き出して
「判断が遅えよ、ガキ」
とにやりと言うので、それには
「うるせえ」
と、返しておく。
しかし
「とりあえず襖閉めて奥に移動すっぞ」
というのには同意なので、襖をしめ、それからは二人で少し奥へ行って極々小声で会談と相成った。
そこで宇髄は淡々と今回の彼の任務と経過について話し始める。
任務は2つ。
鬼殺隊の重鎮の愛弟子が一緒にいる相手が白か黒かを探ることと、鬼と関与が疑われる隊士を集めて同じく白か黒かを探ること。
2日目にお姫さんを白判定してからは、錆兎を鬼殺隊の重要人物になるであろう人物だと流しておいたので、彼や彼の大事にしている相手を害しやすいこの任務中に害しにくるかどうかである程度割り出そうとしていたらしい。
「ま、今だから言うが、お前に一番気をつけてたんだけどな。
坊っちゃんに急接近してたから、白なら良いが、黒ならまずいし。
でもま、ずっと坊っちゃんに睡眠取らせるために番犬してたしな、大丈夫だなと判断した。
ということでだ、たぶん休息中に何人かここに来たと思うんだが、そいつらについて話せ。
そいつらは限りなく黒に近いし、確定出来れば良し、出来なくても坊っちゃん嬢ちゃんに極力接触させねえようにしねえとだしな」
「…本心…か?」
「おう、とりあえずな、任務の始めは20人で、今残ってんのは15人。
初日の2人はとにかくとして、あと3人減ってる理由は…まあわかんだろ?
処分すべきと思ってんなら注目を浴びずに減らすことくらいできるからな」
ゾクリとした…。
鬼殺隊の柱というより…こいつのほうがなんだか…
そう思って固まっていると、そんな実弥の心のうちなど見抜いているかのように、宇髄は淡々とした表情で言う。
「俺は鬼殺隊入るまえは忍者の家で育って、いわゆる抜け忍て奴になった時にお館様に拾われた身だ。
だから本来は柱の仕事じゃねえんだが、今回は諜報活動が半分くらい入るってことで、その頃の能力を買われてこの任務に付いている。
少なくとも俺は坊っちゃんは水柱に育つまでは保護するつもりでいるし、その障害にならねえ限りはお前に手は出さねえよ。
むしろお前がそれに協力するってんなら、可能な限り坊っちゃんと同じ任務につけるように手配はする。
ってことで納得したか?」
「…わかった。話す」
実弥は言って、それまで夜中に部屋を訪れた者、その他置いておかれていた薬瓶とメモ書きまで、全て宇髄に託すことにした。
「ってことで、これで最後だが…あのな…」
全てを話し終えたあと、実弥はちらりと寄り添いあうように眠っている2人に視線を向けた。
「姫さんは…錆兎のためなら嘘をつくから…本気にしねえでくれ。
まあ…馬鹿みたいにわかりやすいメチャクチャな嘘だから本気にするも何もねえんだけどな」
「あ~それはわかるから、安心しろ。
嬢ちゃんはどうやっても白だ。
むしろ嬢ちゃんが今後自分が黒だと言い出した時は俺も警戒するが、お前も嬢ちゃんの周りを警戒しろ。
たぶん坊っちゃんを追い詰めるために嬢ちゃんを死なせようとしてる奴が隠れてる。
そいつが黒だ」
「了解。一応いまはあんたは敵じゃねえってことで信頼しとく」
「そりゃあこっちのセリフだ。
ただし、表向きはあまり俺に対する態度を変えんなよ?
潜める立場なら潜んどいたほうが良いからな」
「そいつも了解だ。
…つ~か、錆兎と姫さんのことでは協力するが、あんたと馴れ合う気は元々ねえからな」
「お~そうかよ」
そんなやり取りを交わして、宇髄が帰ったあとは珍しく来訪者がいなかった。
そして…夕方の集合場所に集まったのは11人。
…4人減っている隊士は実弥からすると覚えのある顔ぶれだ。
…処分…という言葉が脳裏をよぎる。
「あ~?4人いねえな。
あと1日だってのに集団脱走かぁ?
昨今の若いもんは根性がねえなぁ。
とりあえず本部には脱走脱退ってことで報告するってことで、人数減ったがちゃっちゃと片付けるぞ」
と、何喰わぬ顔で言う元忍がおそろしい。
チラリと視線を向けるとにやりと底知れぬ笑みを返してくるのに、実弥は慌てて視線をそらした。
──ヘマはすんなよ?…ヘマしやがったら…
そんな声が聞こえてくるようで、どうにも嫌な感じだ。
「実弥?大丈夫か?」
と、横で顔を覗き込んでくる友人の清廉さに、いっそ感動を覚える。
薄汚い路地裏から一気に澄み切った山の山頂の空気を吸ったような気分だ。
「あ~、わりっ。相変わらず胸糞わりいやつがいやがるなぁと思っただけだ」
「こら、無用の波風はたてるな。男ならば瑣末なことより為すべきことを為すぞ。
さあ、行こう!」
夜だというのに、まるで絵物語の英雄譚の主人公のようにきらきらとした何かを撒き散らしているかのように感じるくらいには眩い。
もう妬む気もしないくらいの王道主人公な友人がこのままめでたしめでたしと言う人生を歩めるようにと切に祈りながら、実弥は前を走る錆兎を追って、暗い森に巣食う鬼を滅するため走り出して行った。
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