「あ~。これで時間だな。
戻ってこない約2名は死んだか逃亡による除隊として本部に報告する。
これで今日は終了。
各自宿に戻って7時間休息後、荷物をまとめて宿の入り口に集合。
汽車で次の目的地へ向かう。
てことで、解散」
「あ~、錆兎、ちょっと待て。
お嬢ちゃんのことでな」
と、ちょいちょいと錆兎に手招きをする。
「義勇はどうですか?」
と、それに駆け寄ってくる錆兎…と、それについてくる不死川。
「おめえは呼んでねえよ」
と、こちらから少し悪態をついてみると、向こうも
「こっちも別にあんたと話してえなんて思っちゃねえよ。
ただまたこいつに変につっかかられたらと思うだけで…」
「それこそお前には関係ねえだろうよ」
と、実はあちらから絡んでこられたらそれだけ人となりがわかりやすいので、わざわざ煽るような言い方をさせてもらったのだが、それに激しかける不死川を静かに制したのは錆兎だった。
「すまない、実弥。
先に義勇の容態を聞かせてくれ。
わざわざ呼ばれたということは、何か変わった事があったということだろうから」
「お、おう」
それに不死川も急に気遣わし気な表情になる。
この不死川の心配しているような様子が演技だとしたら、随分細やかなものだと宇髄は感心した。
「お嬢ちゃんだけどな、錆兎に渡された薬は渡して、俺はあたりを見に戻って、一旦は瓶を回収がてら様子を見て、また外に戻ったんだが…それからしばらくしてまた念の為様子を見に行ったら死にかけてた。薬の中身をこっそり捨ててたらしい」
「…それで…?…」
坊っちゃんが一気に顔色を失くす。
ぎゅっと握った拳が震えた。
必死に平静を保とうとしているのがよくわかる。
「なんで…とは聞かないんだな」
ここは可哀想だが、他に知らしめるためには坊っちゃんが一番傷つきショックを受けるであろう様子を見せなければならない。
だから理由を言う気は満々だったのだが、宇髄が言うまでもなかったらしい。
「俺の…負担にならないように…。自分といることで俺の経歴に傷がついたりしないように…何度もそのことでは義勇とは揉めているから…」
青ざめて震えながら必死に泣き出すのをこらえているかのように言うその姿は、悠々と鬼を叩き斬っていた時の力強さなど欠片もない。
ただ、大切な身内を失いかけた13歳の少年の姿だ。
「あ~…知ってたのか。じゃあ話は早い。
お嬢ちゃんは自ら薬を飲まないって選択をしてくれたわけだが、俺はお前さんの師匠からお館様に依頼があったんで、お嬢ちゃんを死なせないようにするってのも今回の任務に含まれている。
だから医療所の方から緊急用に渡されたかなり強い薬を使わせてもらった。
でも強い薬だからな?早々飲めない。少なくとも今回の任務期間中は次何かあったら終わるからな?」
「…わかりました…義勇に会っても?」
「おう、テントの中だ。ついでに宿に連れ帰ってやれ」
宇髄がそう言うと錆兎は小さく頭を下げてテントへと駆け込んでいく。
そうしてその場に残された2人。
空気は一気に一方的に険悪なものに変わった。
「お前…まさかわざとじゃねえだろうなァ」
残された不死川がギロリと睨んでくる。
「あぁ?んなわけねえだろうがっ!俺だってお嬢ちゃんは死なせんなって上から言われてんだ」
「じゃあ、ただの阿呆かァ?
薬なんて一瞬で飲めんだから飲むまで確認しとくのが仕事ってもんじゃねえのかァ?!
あいつがどんだけ嬢ちゃんのこと大事にしてるか、わかってんのかァ!!
預かったからには責任持てやァ!!」
ああ、いい具合に広めてくれんなぁと、宇髄は内心ほくそえんだ。
こいつが鬼の手先だろうと手先じゃなかろうと、今はちょいと利用させてもらおうか…。
「そんなの俺には関係ねえよ。
俺の任務はお前らの子守とお嬢ちゃんを最終日までは生かして返すってことまでだからなっ」
「ざけんなっ!」
と激高して掴みかかってくる寸前、テントの中からお嬢ちゃんを抱えたお坊ちゃんが本当に真っ青に青ざめた錆兎が血の気を失ってぐったりしている義勇を抱きかかえてでてきたことで、不死川の注意はそちらに向かったようだ。
「嬢ちゃん、大丈夫かァ?」
と、宇髄をスルーで錆兎に駆け寄っていった。
「錆兎、何か俺にできることはあるかァ?」
大事そうに…を通り越して、本当に壊れものでも扱うように、己にとって誰よりも大切な相手なのだろう少女を抱えながら肩を落として歩く友人に追いつくと、実弥は2人の顔を覗き込んだ。
「…お前は…優しいやつだな」
と、やはり声に力はないが、ホッとしたように言う友人、錆兎。
とても強くて賢いのはわかるのに、真っ直ぐに育ちすぎたのかどこか不器用な性格で、実弥からすると世慣れてなさすぎて危なっかしい。
それでもその心がどこまでも綺麗で優しい事が感じ取れてしまうので、支えたくなってしまう。
そんな錆兎がそこまで大切に思うぎゆうという少女だって同じように純真なのだろう。
錆兎の話からすると、どうやら絶対に鬼とは無関係の師匠を持つ彼が今ここにいるのは、彼が大切にかかえているお嬢ちゃんの側がその疑惑のある師匠についていたかららしい。
──自分といることで俺の経歴に傷がついたりしないように…
と錆兎が言っていた言葉の通りの理由で、彼女は自らの命を絶とうとしたのだろう。
せっかく生きているというのに、やりきれない話だ。
実弥にも昔はそんな風に守ってやりたい大切な相手がいた。
もっともそれは恋人ではなく、家族…弟や妹たちだったが…。
本当に本当に大切だった。己の身に変えても守ってやりたかった。
実弥は7人兄弟の長男だったので、何かあれば一番に犠牲にするのは己の身だと思っていたのに皆鬼に殺されて、自分一人残されてしまった。
正確にはすぐ下の弟だけは助かったが、鬼狩りの道を選んだ自分といて同じ道を選ばれても嫌なので、親戚の家に預けたきり会っていない。
だから守るべき大切なものを守りたい錆兎の気持ちは痛いほどわかる。
おかしな話だが、錆兎の嬢ちゃんは実弥が守りたかった相手ではないのに、己の身にかえても錆兎に彼女を守りきらせてやりたい、などと思ってしまっているくらいだ。
「俺は…もう守るもんを全部失くしちまったからなァ。
まだ守るもんが残ってるお前にはそれを守らせてやりてえだけだ」
今日一晩一緒にいる間に、互いの事情その他はなんとなく話したので、錆兎はそのあたりの実弥の事情は知っていた。
「…自分が失くしても俺には失くさせまいとしてくれる実弥はやっぱり優しいと思うぞ」
ガシガシと頭を掻きながら言う実弥に、錆兎は小さく笑った。
錆兎も錆兎の嬢ちゃんも本当に綺麗すぎるほど綺麗で、優しすぎるほど優しい。
こんな汚い世の中を渡っていくのは困難なくらいに…。
「俺は特に優しくはねえけどなァ…信頼はしとけェ。
俺はあのクソ柱と違って、嬢ちゃんを傷つけるようなこたぁ言わねえし、一緒に守ってやるからなァ。
守れなかった俺の大事な相手達の代わりに守ってやる」
「ああ。ありがとう。頼りにしてる…本当に…」
と、錆兎のその言葉に、なんだか心がほわほわと温かくなる。
弟妹達を失くして1人きりになって、己の稀血を撒き散らせながら失うばかりだと思いつつ、全てを失って最後に命が尽きるまで…なんて思っていたのが嘘のように、気分が高揚した。
人は1人では生きられないなんて、昔の人間はよく言ったもんだ。
確かに呼吸をして心臓を動かして寝て起きて飯を食ってと物理的には生きていたとしても、本当に1人きりになれば人間は心から死んでいくのだと、実弥はいま生き返った気分でそう思った。
現場からすぐ、徒歩20分ほどの所にある鬼殺隊の協力者が経営している藤の家という宿につくと、そこには戻った隊士のために布団が敷いてある。
ほとんどは雑魚寝だが、それもお館様の指示ということで錆兎と義勇は二人部屋に寝ていた。
今晩はそこに実弥も自分の荷物を持ってついていく。
「…実弥は…ここにいても良いのか?怒られないか?」
と聞く錆兎。
別に実弥が一緒なのが嫌だとかではなく、単純に心配をしているのはわかる。
「あ~…だって嬢ちゃん具合悪いしな。
容態が悪化したら即対応する人間が必要だろォ?
でも時間まで寝てる可能性の方が高いから、起きてから一緒にいてやるために錆兎は今寝ろォ。
俺は万が一に備えて今は起きて様子見てて、列車の中で寝るから」
そう、そのためだ。
あの腹の立つ偉そうなだけの柱の男と違って、自分はちゃんと守ってやるのだ、という思いで実弥が言うと、錆兎はぽかんと目を丸くして固まって、次の瞬間
「助かる…本当に助かる。ありがとう」
と、破顔した。
そうして今回は皆がそうしているように、着替えるのは起きて風呂に入った後でいいと、錆兎は羽織と隊服の上だけ脱いで、嬢ちゃんもそうしてやって、先にそっと布団に寝かせると、自分もその横の布団に潜り込んで爆睡する。
今日の任務の時は嬢ちゃんなしで特に気を使うものもなく鬼を斬っていく錆兎の剣技を間近でみたわけなのだが、正直すごかった。
実弥と同い年であるらしいのに、実弥の師範よりすごかった気がする。
そんな錆兎でもやはり疲れるのだろう。
無理もない…か。
彼は1人で自分の身だけではなく、身体を壊した嬢ちゃんのことも背負っている。
実弥は夏組だったから何度か鬼狩りの任務についたこともあるし、時には女性隊士と一緒になることもあったが、目の前に横たわる嬢ちゃんは彼女達よりずっと脆くか弱く見えた。
いや、女性隊士どころか、普通の町娘達と比べても脆いのではないだろうか…。
透けるように真っ白な肌が今は血の気を失って青ざめているから余計にそう見える。
それでいてどこかお育ちが良さそうな雰囲気があるので、本当は嬢ちゃんというよりどこぞの深窓のお姫さんという方が似合う気がした。
錆兎の方もどこかお育ちの良い武家の若君のような感じなので、似合いだと思う。
そんな事を考えながら眠る二人を眺めていると、ケホっと嬢ちゃんあらため姫さんが小さく咳をした。
そうして少し苦しげに胸元を抑えるので、
「…姫さん、大丈夫か?錆兎を起こすか?」
と声をかけると、そこで初めて実弥に気づいたらしい。
少し咳き込みながら涙目になって起こさないでくれと哀願されたため、
「じゃあ、少し水を飲んどけぇ」
と、水差しから湯呑に水を注ぐと、片手で半身を起こさせてそのまま身体を支えて湯呑を口元に持っていってやる。
むせないようにゆっくりゆっくりと飲ませると、少し落ち着いて来たようだ。
確かに実弥は年齢のわりには手足もわりあいと大きい方ではあるが、湯呑に触れるぎゆうの手は実弥よりも一回りほど小さくて、この手で刀を振るうのかと思うと、どうにも痛々しく感じてしまう。
「…さねみ……」
「…あ?」
「…ありがとう。…でも大丈夫だから…」
「大丈夫じゃねえだろうがァ」
まともに言葉を交わしたのはこれが初めてな気がする。
細く柔らかい声。
同い年とは思えないほど、どこか儚い。
「別に鬼殺隊に入ったからって全部男並みにする必要はねえんだからなァ」
鬼じゃなくとも実弥程度でも乱暴に触れれば折れてしまいそうなその体を飽くまで支えてやってそう言えば、ぎゆうは少し目を丸くしてぽかんと小さな口をあけて呆けた。
少女じみた顔がさらに幼くあどけなくなる。
そうして綺麗な眉を寄せて
「おれは…男だから、男並みのことを出来ねばさびとに迷惑をかけてしまう」
と、ひどく思いつめた様子で言うので、実弥はため息をついた。
本当に…ぎゆうは必死すぎて色々がめちゃくちゃだと思う。
錆兎の話だと錆兎の師匠には自分は鬼と繋がっていてこのままだと錆兎に迷惑をかけてしまうから錆兎に気づかれぬように殺して欲しいと頼み込んだということだ。
しかしながら、ぎゆうは最終選別で鬼から受けた傷から入った癒えぬ鬼の毒のせいで身体を病んでいて、それが原因で死にかけているのだから、鬼と通じているわけがない。
鬼と通じているなら、鬼の側は鬼殺の才が抜きん出ている錆兎を確実に害せるぎゆうに死なせるほどの怪我はさせないだろうし、ぎゆうも錆兎のために死のうとする意味もないではないか。
冷静に考えればわかってしまう嘘をついてまで錆兎の負担にならぬようにとするぎゆうのことだ。
今のこの発言も…その一環なのだろう。
こんなにほわほわとしていて細くて脆くて儚げで、どこか良い匂いまでするような13歳の男がいてたまるか、と、実弥は思うわけだが、病人相手に意地を張り合っても仕方がない。
話を合わせてやっておくことにする。
「はいはい。そうだな、お前は男だな。
でも病人なのは確かだし、お前に何かあったら錆兎が泣くから無理はしないでおけ。
もしお前が自分のことで錆兎の負担になると思うなら、俺がその分を引き受けてやるから。
俺にとっても錆兎は大事なダチだからなァ」
と、ちびりちびりとぎゆうが水を飲み干し終わった湯呑を置くと、実弥はそう言ってぎゆうを布団に横たわらせた。
「起きたら移動だし、良いから寝とけェ。
錆兎が心配するぞォ」
と、横たわったぎゆうに布団をかけると、弟妹達を寝かしつけてやって居た頃のように、布団の上からぽんぽんと軽く叩いてやる。
「…さねみは…?…寝ないで…大丈夫なのか?」
青ざめた顔。
一応咳や喘鳴は止まっているものの、まだ若干苦しそうな浅く早い呼吸をしているくせに、この娘は何故他人の心配なんかをしているのだろう…と、そんな優しい気持ちで伸ばされる弱々しい手をそっと取って、実弥は布団に入れてやる。
その上で
「俺は列車の中で寝るって錆兎とはちゃんと相談して決めてっから、安心して寝なぁ」
と、言ってやると、ようやく納得したらしい。
「…うん…おやすみ…」
と、錆兎のお姫さんはそう言って青白い瞼を閉じた。
こんな優しい娘の何を見て鬼の手先と思っていやがんだ!とか、実弥は腹立たしく思うとともに、互いが互いのために身をけずるように生きている2人に痛々しさを覚えて、久々に少し涙をこぼす。
それを羽織の袖口でぐいっと拭いて、
──鬼殺隊のクズ共からも鬼のクズ共からも、俺が守ってやるからなァ
と、そう心に思いつつ、実弥は錆兎が起きるまで、新たに出来た自分にとっての大切な者である二人を1人見守り続けた。
不死川実弥…彼は粗暴にみえて実は人情家の下町育ちの長男である。
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