この任務中に斬った鬼の数は各々の鎹鴉が数えるということになっていた。
なので明け方に隊士が帰ってくると、まず斬った鬼の数を聞くため隊士達は鴉を連れて並ぶことになる。
冬組は義勇が休んでいるため2人きり。
錆兎ではないもう一人の方は一体も斬ることが出来ずにいて、身を小さくしている。
まあ藤襲山の鬼ですら斬れずに逃げ回っていたわけだから、隊服を着てすぐ鬼をサクサク斬れるようになるわけがない。
冬組だけではなく、もう1年近くになる春組の2人ですら、一晩もかけてそれぞれ仲良く2体ずつ斬るのがやっとだったので、まあ、そんなもんだろうと宇髄も納得する。
そんな中で異彩を放っているのは、元水柱様が幼年時から引き取って育てた愛弟子様なのは言うまでもない。
昨日は途中でお嬢ちゃんのお世話で脱落したので、それでも7体。
今日は一晩で10体。
2日でなんと17体である。
剣技もさるものながら、わずか13歳でこの数を斬り続けるとは体力お化けか?と柱の宇髄ですら引くレベルだ。
この山は今日で終わりで今日の日中は汽車での移動日だが、このペースで狩ればあと2箇所回るうちに、柱の最低条件の鬼50体を軽々と超してしまうのではないだろうか…
まあいい。たぶん祖父も水柱候補筆頭で当時の水柱の鱗滝左近次の継子をやっていたという血統書つきのお子様が英才教育をされて育ったのだから、これはこれで正常なのだろう。
驚くべきはそちらではない。
そのお坊ちゃんと一緒にいる傷の隊士だ。
たしか初日の説明の時に宇髄にたてをついた輩だが、別に鬼殺隊に対して敵意ありとか誰彼構わず喧嘩を売るとか、そういうタイプではなかったらしい。
昨日、お嬢ちゃんが倒れた時にそれを抱えて困っていた錆兎の補佐に入ったのはそいつだ。
元柱の愛弟子様がガシガシと倒していた場所を任されて、多少苦労しながらも引き継げるのがすごい。
その日はなんと6体。
そして今日の報告では5体の合計11体。
錆兎がいるから凄まじい気がしてこないが、彼はもう生い立ちからして新人扱いをするべき少年ではないので対象外として、夏組であるらしい新人としては、2日で11体というのは本当にとんでもない化け物だ。
なにしろ他は2,3年目の隊士でも多くて2日で6体なのだ。
ある意味、血筋と英才教育というものがある錆兎よりもすごいかもしれない。
さて、この抜きん出た隊士をどう見るか…。
「実弥、今日は5体か、すごいじゃないか」
と悪気なく笑顔で言う錆兎に
「…その倍斬ってる奴に言われたかねぇなァ」
と、拗ねたように言う少年、不死川実弥。
初日にフォローに入り入られたことで、年も同じらしいこともあってかすっかり仲がいい。
普通なら微笑ましいところなのだが、お嬢ちゃんの時と同様だ。
お坊ちゃんにはまだ鬼に関与しているかも知れないという相手にあまりに気を許して欲しくはない。
守るこちらの身にもなってくれ…と宇髄は思う。
「今日はこれから列車で移動らしいから、楽しみだなっ」
「お前、列車に乗ったことあんのかァ」
「いや、ない!物心ついた頃から師匠の住む山から出たことがない!」
「お~い、まじかァ」
「ああ!あれはもうすぐ10になる頃か。
街をみてみたくて護身に師匠の刀を一本持ち出して山を降ろうとしたら鬼に出くわしてな、それを斬り捨ててるうちに気づいた師匠に追いつかれて大目玉喰らって懲りてからは、出ようと思ったこともないな」
「ちょ、おまっ!!10にもならないうちにって…バケモンかァっ!」
「いや…普通に好奇心旺盛な年頃じゃないか?」
「そっちじゃねえェっ!!!
ああ、そっちじゃねえよなぁ…。
と、宇髄も遠い目になる。
10才で普通に鬼を斬り捨てるなんて、どんな育て方をしたらそんな規格外が出来上がるのか、もういっそのこと鱗滝左近次を下山させて、育成所でも作って隊士育成をさせたらいいんじゃないだろうか…
2人の会話を漏れ聞いた他の隊士がやはり何か違うものを見る目で錆兎を見ている。
「おう、坊っちゃん、一つ聞かせてくれや」
報告も一段落。
あと半時間ほどは遅れて戻るかも知れない隊士を待つだけとなって、宇髄は錆兎に声をかけた。
それに実弥が警戒心丸出しで視線で宇髄を威嚇する。
「てめえに用はねえよ」
とそれをいなして錆兎に近づくと、飛びかかってこようとする実弥の腕を錆兎が掴んで止めた。
「なんでしょう?」
と、感情的になることもなく、かと言って媚びることもなく、ごくごく普通に答えてくる錆兎に、むしろ自分の方が落ち着かない気分になりながら、宇髄は尋ねる。
「お前さ、今10になる前に鬼を叩き斬ったって言ってたよな?」
「はい。言いました」
「ってことは…その頃には全集中の呼吸を会得してたってことだよな?
今はもう常中させてるみてえだが、それぞれいくつくらいの時に会得してたんだ?」
「あ~…もう覚えていない頃から?
物心ついた時には師匠の元に居て、あまり理屈を理解しないうちに覚えていたようなので。
理屈的には師匠が弟弟子達に教えているのを見てそのあたりの存在を知りました」
言われて宇髄は絶句した。
隣の実弥も絶句している。
これが…天才。
いや、錆兎がというより、鱗滝左近次が天才だ。
そう言えば鱗滝左近寺に剣士として育てられた継子である錆兎の祖父は、1人で居る時に上弦とやりあって勝てないまでも命を繋いだと言うから、実力的には柱を凌駕していたといってもいい。
鱗滝は本人も水柱をしていたのだから剣士としても相当なものだが、そんな風に育てた子らがとてつもない実力の持ち主に育つというのは、剣士以上に育て手として他の追随を許さぬ才能があるのだろう。
これはもう本気で抱え込んで育成所で柱候補育成でもさせたほうが絶対にいい。
そうお館様に進言しておこうと宇髄はひそかに思った。
「お前…すげえなァ」
と、目をむく実弥に、錆兎はごくごく淡々と
「すごいのは先生の方だと思う。俺だけじゃないからな。
俺を引き取りに来た時にちょうど倒した鬼に親を食い殺されて、一人になったからと先生が拾って一緒に育った2歳年上の姉弟子も、最終選別の頃には全集中の呼吸を常中できてたし。
女だから少々腕力が足りなくて、それでも去年鬼殺隊に入って1年目で今は乙のはずだ」
と答えていて、”少々腕力が足りなくて”1年目で上から2番めの乙かよ、と、宇髄は頭を抱える。
恐るべき鱗滝一門。恐るべき鱗滝左近次。
そりゃあ、そんな天才的な育て手の依頼なら、本部も動くわな…と、宇髄は納得した。
実に無邪気に恐ろしい会話を続ける子ども達。
今度は錆兎の方が
「俺はむしろ日輪刀も師匠の指導もなしに1年間鬼を滅し続けた実弥の方がすごいと思うぞ」
と、実弥の方に言及し始めた。
へっ?!!!
と、宇髄はそれにも驚きの目を向ける。
日輪刀なしに?1年て言ったか?いったいどうやって??
「あ~、それこそ俺がなにかしたわけじゃなく、たまたま鬼を酔わす稀血に生まれたおかげだからなァ。
斬るのは鬼じゃなく自分てことなら誰だってできんだろォ。
あとは酔っ払った鬼を縛り上げて太陽にあてるだけだしなァ」
と、こちらもとんでもないカミングアウトをして、周囲の注目を浴びていた。
ああ、本当にこれをどう見れば良いんだろうか…
不死川実弥も確かに能力的には規格外だ。
その上で口は悪いが世慣れている感じで、少々まっすぐ純粋に育ちすぎた坊っちゃんに好意を感じていて、表面上はお嬢ちゃん共々守ろうとしているように見える。
見たままだったらまあ言うことはない。
能力的には柱並みでも澄み切った山の空気の中で育った坊っちゃんは少々汚い社会を知らなさすぎる。
街で暮せばいずれは知っていくことではあるが、それまでの間、騙されないように利用されないように誰かが居てやったほうが良いとは思うが、柱である宇髄がそれをやると坊っちゃんは下々の人間の事を知らないまま上に行ってしまうことになるだろうし、そういう意味では同期の不死川だったら理想的だ。
ただ、そう、問題はその理想的すぎるところだ。
万が一これが鬼と関係する隊士だったとしたら、一気に坊っちゃんが切り崩される。
あの坊っちゃんの能力を鬼の側にやられた日には、目も当てられない。
下手をすると柱の中から死者の1人くらいはでかねない。
敵か味方か、その判断がつかない。
少なくとも無条件に鬼殺隊に忠誠を誓っているかと言うと、そういうわけではないのは確かだ。
最初の説明の時は宇髄に反発して悪態をついたり、今だって宇髄が錆兎に声をかけようとすると、まるで錆兎を守ろうとするかのように噛み付いてくる。
それが単なる錆兎に対する友情からくるのか、あるいはそう見せかけて錆兎に鬼殺隊の柱が信用のおけない相手だと印象づけようとしているのか…
ああ、お嬢ちゃんの次はこいつの身辺調査が必要か…と、宇髄は内心チェックを入れ始めた。
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