鬼舞辻無惨の間者は宍色の髪の少年の夢を見るか?_20_命の回収

全く運がない…と、実弥は死を前にして思った。


それは任務からの帰りのことである。

本部で報告を済ませた時にはもう夜で、鬼が出ても大変なのでなんなら泊まって行っては?と勧められた。
だが柱が鬼を怖がってどうする、それこそ鬼が出たなら行きがけの駄賃ならぬ帰りがけの駄賃に首を刎ねてやると言ってそのまま帰路についたのだが、なんとその途中で本当に鬼に出くわす。

それだけならたいしたことはない。
柱ともなれば鬼などおそるるに足りぬ。
飛んで火に入る夏の虫といったところだ。

そう…普通の鬼ならば…だが……でくわした鬼はよりによって上弦だった…
上弦を一体倒すのに柱が3人欲しいと言われている。
なのに他の柱はそれぞれ地方に散っていて、1人きりの時に出会った鬼が上弦。
しかも参。
つまり無惨を除けばこの世に存在する鬼の中で3番めに強い鬼である

当然惨敗中だ。
致命傷や動けなくなる傷は避けているが、たった今、刀が折れた。
日輪刀は特別な刀なので当然予備などない。
かといって逃げられる気もしないし、あとは殺され待ち状態で、生への未練がくるくる回った。

家族を亡くして以来いつ死んでも構わないなどと思っていたのに、その後の人生の中で意外にたくさん大切なものが出来ていたらしい。

その中で一番大きなものが親友と彼が大切にしているお姫さんだ。

山で純粋無垢に育った親友も街で暮らすうちにだいぶ色々に慣れて、昔のように悪い人間に簡単に騙されたりする心配はなくなってきたが、彼がこよなく愛するお姫さんは身体を壊したままで、無理をすれば命に関わるのも記憶をなくしていて難しい立場にあるのも相変わらずなので、できればずっと二人の力になってやりたかった。

ああ、でも俺の人生もここで終わりかぁ、ちくしょう!!
と、そう思いながらも、せめて一矢報いようと折れた刀を構えた時だった。

こちらに向かって構えていた上弦の参の動きがピタリと止まった。
そして、実弥のことなど存在しないかのように何か遠くの方向に視線をやっていたと思うと、いきなりそちらに向かって矢のような速さで飛び去っていく。

…へ?

唐突なその行動にぽか~んとしつつも、撤退するなら今だと思う。
思うのだが、死を覚悟したところからの一気に変わった展開に力が抜けて身体がいうことをきかない。

そうして逃げることができないまま5分ほどたったあと、上弦の参が飛び戻ってきて実弥は自分が命をつなぐ好機を逃したことを後悔した。

だが、それも一瞬。
ストン!と目の前に飛び降りた鬼の腕に抱えられている相手をみて顔色を変えた。

真っ赤に染まった白い見覚えのある羽織は親友のもので、しかしそれをまとっているのは親友ではなく、普段は男のなりをしているのに珍しく青い小花模様の女らしい着物を着た親友が大切にしている少女である。

「…お…姫さんにっ!!何しやがったああぁぁーーー!!!!」

怒りの力というのはすさまじいもので、自分の命を繋ぐために撤退をと思った時にはあんなに言うことを聞いてくれなかった身体は秒で動き、実弥は折れた刀を放り出して素手で鬼に殴りかかった。

まだ新人の頃、初めて任務で出会ってから2年間。
そう2年間彼らをずっと見守ってきた。

親友が病んだ身のお姫さんをそれはそれは大切に必死に守っているのを見守り続けてきたのである。

彼女が親友にとってどれだけ大事な相手なのかを実弥は胸が痛くなるほど知っている。
その大事な大事なお姫さんが血まみれになって鬼の手に抱きかかえられているのを見て、実弥は理性を失った。

鬼は…しかも上弦ほどの鬼はいくら鍛えて剣技が優れて柱にまでなっているとはいえ、15歳の少年が殴ったくらいではダメージなど全く与えられるわけがない。
それどころか拳で触れる事もできず軽く避けられて、避けた先に追っていくと、思い切り蹴り飛ばされて吹っ飛んだ。

鬼は実弥にはまるで興味を持たなかったようだが、実弥の言動と行動には興味を持ったらしい。

「…この娘の知り合いか…なるほど。
では貴様が”錆兎”なのか?」

打ちどころが悪かったのか、一瞬頭が朦朧として聞き取れずにいたら、今度は音もなく目の前に来て

「答えろ!貴様が錆兎なのか?
この娘とはどういう関係だ?好きあった仲なのか?」
と、ぐいっと襟首を掴まれた。

敵わない…全く敵わない。
それでもお姫さんだけは…お姫さんだけは助けて錆兎の元に届けてやらねば……

その瞬間、実弥の脳裏に浮かんだのはそんなことで、誰よりも鬼を憎んでいる彼からすると何より屈辱的なことではあるが、

「…頼む……そのお姫さんだけは助けてやってくれぇ。
食うなら俺を食えばいい。稀血だから美味いと思う」
と、鬼に頭を下げたが、

「そんなことはきいてはいない。
お前がこの娘が好いた男なのかと聞いている」
と、鬼にまた軽く蹴られた。

これは…どう答えるのが正解なのだろうか…
実弥は回らなくなった頭で必死に考えたが、少なくとも鬼がぎゆうを殺す気ならすでに殺しているだろうし、この答えはぎゆうの生死には関わらないのかも知れない…。

そんな結論がでかけた時、上弦の参、猗窩座はフン!と鼻を鳴らした。

「俺は女は喰わんし殺さぬ主義だ。
この娘は橋の上で”錆兎”に贈られた大切なかんざしを川に落としてしまったから拾うのだと川に飛び込もうとしていたから、俺が川からかんざしを拾ってきて保護しただけだ。
貴様が”錆兎”でこの娘と好きあっている仲なら仕方ない。
貴様は殺さずにおいてやるから、さっさと娘を連れて帰れ」

…あ~、そう言えば…と、実弥はここで思い出した。
女隊士達の中で女を殺さない主義の上弦に出くわしたという噂があったが、こいつだったのか。

それならここでそれに乗じて撤退が正しいのかもしれないが、相手は一応筋を通している。
だからもし嘘がバレた場合に、自分だけではなく錆兎にまで迷惑が及ぶ可能性があるかもしれない。
と、少し迷ったが実弥は正直に申し出ることにした。

「俺は錆兎じゃない。
錆兎は俺の親友で、お姫さんは錆兎が誰より大切にしてる子だぁ。
絶対に無事にやつの手元にもどしてやりてえ」

そう言うと、鬼は少し目を丸くして、それからにやりと笑って

「なるほど。黙っていれば助かるというのに、貴様は随分と正直者だ。
愚かだが俺は正直者は大好きだ。
特別に見逃してやる。娘をさっさと医者に見せてやれ」
と、なんとぎゆうを実弥に手渡してくれた。

「なんだかわかんねえが、こればかりは礼を言うぜぇ。
助かる」
と、実弥はなんとかかんとか立ち上がってぎゆうを受け取って抱えあげると、鬼の気が変わらぬうちにと歩を進める。

羽織を染めていた血はどうやら鬼に怪我をさせられたというものではなく、ぎゆうが吐いた血らしいのが、口元に残る血のあとでわかった。
おそらく毒がまわったせいなのだろう。
鬼に言われるまでもなく、一刻も早く医者に見せねばならない。

錆兎の今の予定はわからないし、あるいは屋敷で待っている可能性もあるが、とりあえずの行き先は水柱屋敷ではなく本部に併設されている医療所だろう。


──お姫さん、死ぬなよ、絶対に死ぬな

上弦との戦いで身体はボロボロで疲労が限界を告げていたが、実弥は夜の街を走った。
最終選別の時につけられて以来2年の付き合いになる鎹鴉は心得たもので、医療所に急を告げるために飛んでいってくれる。

なので医療所の近くまで来ると隠が出迎えて運ぶのを変わってくれた。
バタバタと戻ってくる鎹鴉に礼を言うと、実弥は錆兎に急いで連絡をいれた上で、自身の手当を受けに診察室へと足をむけた。





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