鬼舞辻無惨の間者は宍色の髪の少年の夢を見るか?_05_透明な命

たとえ夜に移動することになったとしても、錆兎はそんじょそこらの鬼に遅れを取る気はないのだが、おそらくこの様子だと最終選別を終えて休みなく戻って万全じゃないという事を理由に、夜が空けるまでは返してもらえそうにない。

錆兎はその事を悟って今後何か尽力を願うこともあるかもしれないしと、最初から全て話すことにした。


最終選別で向かった藤襲山。
そこには錆兎の他にも大勢の子ども達が集まっていた。
みな当然一様に緊張をした顔はしているが、錆兎は違う。

本来の選別の突破条件の7日間生き残るのは当然として、一体でも多くの鬼を倒して一人でも多くの同期を助け活かすことを目標としていた。

そのために剣技を学び呼吸を学び、応急処置や野外での食料調達など、直接鬼を倒すのとは関係ないことまで学んで準備をしてきたのである。

もちろん現実はいつだって理想の通りにはいかないのは錆兎だって理解はしているが、それでも出来る出来ないではなく、やるかやらないかだ。

自分ができる最善を為す、その一念でそこに立っていた。

そんな風に勢い込んで係の説明を聞いていた錆兎はふと隣に立つ少年の様子がおかしいことに気づく。
青ざめてひどく震えている。

もちろん皆緊張するのは当たり前だが、その緊張とはどこか違う。
明らかに体調が悪いのか、ありえない話だがこの選別を受けるのを強要されていて気がすすまないレベルで怯えているか…。

まあ後者なら逃げるだろう。
だから前者なのだろうな…と思い、助け活かすことの第一歩ということで声をかけた。

──大丈夫か?…寒いのか?

そう声をかけた時の少年の目が忘れられない。
まるで救いのない場所でひどく追い詰められて絶望していた時に救いの手を差し伸べられた時のような…驚いたような…縋るような目。

深い蒼い瞳が揺れてやや光のある青い目になる様子の美しさに、錆兎は息を飲んだ。

それでも小さく震えながら、どこか眩しそうに自分を見つめてくるその少年に、さらに

「体調が悪いのか?なら…選別は見送った方がいいと思うぞ?
7日間の長丁場だ。途中で倒れでもしたら命取りになる。
選別を受けるのが一年伸びるのは厳しいかも知れないが、命を落としたらなんにもならないぞ」

と、声をかけてやると、

──…大丈夫…体調は悪くない。ありがとう…
と言うが、どう見ても大丈夫そうには見えない。
答える声すらひどく震えている。

体調不良から来るものではなかったとしても、少なくとも寒気を感じているのは確かではないだろうか…

放っておくこともなんとなく出来ない気がして、

──では、寒いのか?
と、更に問うと、

──…少し……
という応えが返ってきたので、錆兎は少し考え込んで、では…と、

──選別が始まってしまえば動くことになるから嫌でも暑くはなるだろうが、説明の間はそれを羽織っておくといい。

と、自分の羽織を脱いで少年に羽織らせてやった。

そしてこれは正解だったらしい。
少年は錆兎の羽織をはおりながら、ほぉっと息を吐き出した。
震えもとまっている。

錆兎は特に寒さも感じなかったが、それは狭霧山の寒さに慣れているせいだったのかもしれない。

ほわっとした表情で錆兎の羽織に包まる少年はなんだか可愛らしい。
背丈は大して変わらないと思うが、肩幅や腕の太さなどがずいぶん違うのでどこか羽織もぶかぶかで、小柄に見える。

男の格好をしているから少年なのだろうが、どこか優しげで少女と言われれば頷いてしまえるような感じがした。

むしろこれが少女だとしたら、自分は男でお前は女なのだから当たり前、と、手を引いて守ってやる口実もできたのにな…と、そんなことすら思う。

そして係の説明が終了。
解散と相成った時に少年に聞いた名前は”ぎゆう”。

漢字なら確かに男だが、平仮名なら女子の名前というのもありなんじゃないだろうか…
などと思って、慌ててそんな考えを打ち消した。

男の格好をしているのだから確かに男なのだろう。
守ってやりたいと勝手に思ってその口実になるからと、女子なのでは?などと勘ぐるのはあまりに失礼だ。

自分なら憤死ものだ…と、錆兎は考え直し、それでも未練がましく

「俺はおそらくあちこちを走り回っていると思うから、困った事があればでかい声で呼んでくれ。
もし近くにいるようなら駆けつけて助けるから!」
と言いおいて、そんな考えを振り切るように森の方へと走っていった。


集合場所を出てそうは行かないくらい近くにも鬼はいた。
なにしろ普段は藤の花に囲まれて外には出られず人も来ないので、ここの鬼は皆飢えている。
だから最終選別の時は久々の食事時だ。
鬼も気合が入っている。
解散後すぐに喰える位置に待ち構えていた。

が、それも錆兎の敵ではない。
自慢ではないが、錆兎の祖父は水柱だった鱗滝の継子だ。
かなりの呼吸の使い手で、鱗滝の跡を継いで水柱になるのは確実だと言われていた人物らしい。

そんな祖父は13の年から7年鬼殺隊隊士として働いたが、水柱の座も間近な20の時になんと上弦の鬼とやりあって、夜明けで引き分けて命をつないだものの、その時の事が原因で25になるまでには寿命が尽きると判明。
それなら後世につなげるように…と、そこで引退。
所帯を持って、錆兎の父が生まれて3年後にこの世を去った。

祖父の髪は錆兎と同じこの国ではかなり珍しい宍色で、錆兎の家系では宍色の髪の男は剣技に優れた男に育つと言われている。

そんななかで、祖父の唯一の子である錆兎の父はあいにく宍色の髪には生まれなかった。
志半ばで鬼殺隊を去った祖父の思いを引き継ぎたいと思っていた祖母は、自身が宍色の髪の男子を産むことができなかったことにひどく落胆もしたし、己を責めたらしい。

だからその父の子として宍色の髪を持った錆兎が生まれた時は狂喜乱舞し、24で命を落とした祖父のこともあり、限られる命ならば少しでも早く修行を始めて少しでも長く剣士としての人生をと、齢3歳の時に鱗滝の元へと弟子入りさせただけでなく、里心がつかぬようにと、なんと養子縁組まで頼み込んだ。

もちろん鱗滝とて始めはそれを拒んだが、それが祖父の悲願で、さらにその想いを知る祖母、そして父の悲願でもあるということ、そしてなにより錆兎自身が祖父に瓜二つだったということもあり、何回も頼み込まれて最終的に折れた。

だから錆兎は物心ついた時から鱗滝左近次の養子にして一番弟子、鱗滝錆兎なのだ。


そういうわけで、今まで最終選別を突破してきた兄弟子達の誰よりも長く鱗滝に師事して、山の麓に迷い込んだ鬼を斬ったことさえある。

そんな錆兎にとっては、ほとんど人を喰らうことができずにいた弱い鬼を斬り捨てるなど、赤子の手をひねるようなものだ。

そうして斬って斬って斬り捨てることで、身分も上がれば、鬼を50体倒すという条件を満たす足しにして、柱の座にも近づける。
そして何より鬼が減ることによって、同期の命を少しでも多く救えるのだから、言うことはない。

だからとりあえず他が通れる道を開けてやろうと、その辺りにいる鬼を斬りまくった。

そうして20分ほど。

もう見渡すあたりに鬼はいない。
次に行くか…と、移動する。

師匠にもらった刀をひっさげて、まだまだ準備運動くらいの気持ちで走った先に見えたのはとんでもない光景だった。

「避けろーーー!!!!」
と、叫んだ声は届かないほど遠い。
なのに錆兎にははっきり見えてしまった。

義勇だ…
そして少年に迫る鬼の鋭い爪。

間に合わない!!
思わず投げた鞘がわずかに鬼の攻撃の矛先をそらして、喉に向かっていたそれがそれでも肩先を切り裂いた。

──肆ノ型…打ち潮
走りながら呼吸を整え、勢いをつけて飛び込んで鬼の首を落とす。

そしてもう一体、草むらで候補者を喰らっていた鬼の首も同様に斬り落とし、あたりを見回して、それ以上鬼がいない事を視認。

そう…本当は視認する必要もなく気配でわかる。
でもそうやって義勇に視線を向けるのを少しでもあとにしたかった。
本当は早くしなくてはいけないのだけれど…それがあまりに痛々しくも悲しくて、胸がずきりと痛む光景だったから…

悲しさと絶望と諦めの色を浮かべて、ガラス玉のように澄んでいるのに光を失くした青い目をただ呆然と見開いている。

それだけで、無理にでも側に居なかった自分を錆兎が悔いるのには十分だった。
だが、悔いてばかりも居られない。

「何かあったら叫べと言っただろう」
と、言いながら駆け寄って、傷の具合を見る。

ざっくりと切り裂かれた肩。
出血がひどいのでとりあえずは止血して、あらかじめ姉弟子の真菰に聞いていた川のあたりできちんと手当をしようと、言葉どころか反応もない義勇を横抱きにして、移動を始めた。

熱がある…身体が熱い…そう思っていたら、腕の中で義勇はぐったりと意識を失っている。
それにひどく焦って足を早めると、真菰の言った通り川にたどり着く。

錆兎はそこで一瞬迷って、しかしこちらの方が急務だろうと、飲料用に持ってきた煮沸済みの綺麗な水で、義勇の傷を洗い流し、持参した傷薬を塗り込めた綺麗な布をあてた。

ひどく震える身体。
錆兎よりずっと細くてどこか頼りない。

「死ぬなよ…俺が絶対に守るから…」
と、聞こえていないのを承知で言うと、少しでも熱を分け与えようと、錆兎は傷口に触らぬよう、義勇の左肩をそっと抱いて自分に抱きつくようにもたれかからせ、義勇の物と自分の物、2枚の羽織をその上からかけてやる。

浅い呼吸。熱いのに震える身体。
解熱剤を飲ませたいが、意識が戻らないと喉につまらせてしまうだろう。

頑張れ…頑張れ…生きろ…

もうこれ以上はどうして良いかわからず、錆兎は布団代わりの羽織の下で自分より一回りほど小さく細い義勇の手をぎゅっと握った。

そうして義勇が目を覚まさないまま夜明け。

義勇の事はひどく気になったが、とりあえず自分には鬼が出ない日中の間にやるべきことがある。
義勇を休ませているこの場の安全の確保だ。

鱗滝がやっていたように、義勇のいる場所を中心に罠をはっていく。
そうして夜明けから数時間に渡って罠づくりに勤しんで、おおよそ満足の行くくらいに罠を張り終わると、今度は石で炉を組んで火を灯し、川の水を煮沸する。

それを冷まして、昨日義勇の傷口を洗うのにかなり使用してしまった綺麗な飲料水を補充した。

そうしてやるべきことを全て終えると、また震える義勇を温めるために木の下に戻って抱きしめる。

安全を確保するための罠も多めに用意した飲料水も、義勇がこのまま死んでしまえば全て無駄になる。

そう考えて、──いやだ!!と、錆兎は強く思った。
そうして義勇を抱きしめる腕に力を込める。

鱗滝先生なら…きっと状況判断を誤ったりはしなかっただろうし、真菰ならもう少し病人にどうしてやれば良いのか色々知っているだろう。

剣術に関しては誰よりも学んできた自負はあるが、他の事も教えられる事以上に自分から研鑽を積むべきだった…と、錆兎は自分のこれまでの行動を後悔した。
自分は未熟者だった…と、初めて思う。

思えばあの時、過度な保護は好ましくない、と、適度な距離を取って守ろうとしたのは、義勇の男としての矜持ではなく、お節介な奴と思われたくない自分の矜持だったのかも知れない。

まだ安全な場所にいてさえ不安げでどこか心もとなかったのだ。
どう考えてもいきなり危険な場所に放り込まれて生き残れるはずがない。

鬼が人を喰っているのを目の前に、自分に鬼の刃が向かっていてさえ、逃げることすらできなかったのだ。
そんな相手だと薄々感じていたのに放置した。
そのことにひどく胸が痛む。

「…ごめんな…今度こそちゃんと守ってやるから、目を覚ませ…」

そう言って思わずそっと擦り寄せた頬は、まだふっくらと子どもらしさを残していて、それがより痛々しさを感じさせた。

そうしてさらにしばらく後、腕の中でもぞっと小さく身体が動く。
ハッとして見下ろすと、ゆっくりと開く白い瞼。
その下から澄んだ青い瞳が見えてきてホッとする。

まだ意識が半分戻っていないのだろう。

「良かった…意識が戻ったか…」
と、声をかけてもぼんやりと錆兎を見つめるばかりだが、それでも意識を失っている状態じゃなければ、飲み込むくらいはできるだろうと、用意していた解熱剤を椀に入れて飲ませようと口元に持っていくが反応がない。

さてどうする…と、錆兎は悩んだ。
薬を飲ませねばどんどん熱に体力を奪われていく。
鼻をつまめば口を開けるか…と思わないでもないが、そういう流し込み方をすればむせるだろう。
状況が状況だけに薬もあまり多くは持ち合わせていないし、無駄にはできない。

よし!仕方ない。
女子でないなら、問題ないだろう。

「しかたない…。飲ませてやるから、ちゃんと飲み込めよ。
あまり余分には持ち合わせていないから…」
と、言って錆兎はそれを自分の口に含み、口移しで義勇に飲ませた。

舌先で唇をこじ開けるようにして流し込んだそれを、やはり抵抗なくコクリと飲み干すところをみれば、おそらく目覚めているものの、まだぼんやりしているのだろう。

こういう飲ませ方があるんだよ、と、それを教えてくれた真菰がふふっと笑った顔が思い出される。

その時はよもや自分がそんなことをするとは思わなかったが、なかなかにうまくいったようで、思わず笑みが浮かんだ。

まあ…なんというか、ふにふにと柔らかい唇には思わず動揺しなかったかと言えば動揺したわけだが…。

初めての接吻…と、自らの事を思えば複雑な気分だったが、義勇の命には変えられないだろう。
というか、むしろ動揺したのは、それにあまりに不快感を覚えない自分の神経の方にかもしれない。

どちらにしても義勇の方は半ば意識がないようだし、そんな葛藤をするのも自分だけなので、自分が忘れればいいだけだ。


じっとしていると色々がくるくると回ってくるので、錆兎は気を紛らわせるように…しかし実際に必要なことでもあるので、義勇のために粥を作ることする。

それも真菰オススメの味噌椀ほどの大きさの鉄の鍋を出すと、そこに綺麗な川の水を汲み、さらに小袋にいれた米をサラサラといれて、それを火にかけた。

7日分ということで米もそれほど多くは持ってきては居ないので、二人で食べるには足りない。
だが、義勇は身体が弱っているし、自分は魚でも食える野草でも取ってきて食えばいい。
そう考えて、錆兎はおそらく熱でそう多くは食えないであろう今の義勇に合わせた少量だけの粥を作りつつ、自分は川の中に作っておいた罠にかかった魚を獲って焼いて食うことにした。

そうして粥ができると、焼いた魚も一尾ほぐして、その身と一緒に少しずつ口元に運んでやった。
すると、義勇はゆっくり、ゆっくり、それを飲み込んでいく。

錆兎はその時になって改めて、義勇の口がまるで子どもか女子のように本当に小さい事に気づいて、なんとなく落ち着かない気分になった。

その小さな唇と唇を合わせて、舌先でそれをこじあけて薬を飲ませた時の事を思い出すと、なんだか顔から火がでそうな気がしてくる。

最初は必死だったこともあってそれほど気にならなかったそれが、落ち着いてきた今、急に気になりだしてきてしまった。
もちろん、そんな事は間違っても表にはだせないのだけれど…


こうしてそれから6日と少し、最終選別の終わりまで、錆兎は結局そうして義勇の側に居た。
夜は怪我をした義勇の血の匂いを辿ってか、何体かの鬼が近づいてきたようだが、全て昼の間に仕込んでおいた罠にかかって抜け出せないまま夜明けを迎えて命を落としたようだ。

そうして夜が明けるとまた、壊れた罠を修理し、義勇のために薬草を、自分のために食える野草を集めて、義勇の待つ拠点へと戻る。

義勇は傷から毒でも入ったのかずっと熱が下がらずぐったりしていた。
それでもなんとか粥と僅かな塩焼きの魚、あるいは干した芋を粥に混ぜたものは食べてくれるし、水も飲める。

そうして時折起きている時に少しばかりの会話もした。
それで錆兎もなんとなく義勇の人となりがわかった気がする。

義勇は他を傷つけることを望まない。
本当は刀を握るのはあまり好きではないらしい。

それどころか花を手折る事すら厭うのだ。

それは錆兎が罠の修理から帰って来たときのことだった。
髪に花びらがついていたらしい。

白く細い指先を伸ばしてそれを取ってくれた義勇が、まじまじと花びらを眺めて、

──綺麗だな…
と、微笑むので、そう言えば途中で花が群生している場所があって、そこを通った時についたのだろうと思い出し、

──花が好きなら摘んできてやるぞ
と、言ったら、義勇はゆっくりと首を振って言ったのだ。

──せっかく咲いているのに、手折ったりしたら可哀想だから…
と。

俺はこの花弁でその美しさを感じるから十分だ…と、愛おしげに花びらに視線を向ける義勇に、錆兎はなんだか心の臓がぎゅうっと掴まれたような、妙に落ち着かないような気持ちになった。

錆兎は狭霧山育ちで、女子と言えば真菰と禰豆子くらいしか接することがなかったが、その二人はと言えば、花が可哀想どころか、花を取るために崖を登らされる錆兎の方が可哀想なくらいの要求をしてくることもしばしばあった。

義勇は女子ではないのだけれど、街に育てばこんなたおやかな人間に育つのだろうか…
と、根本的に自分達とは違う生き物のように感じる。

狭霧山の子ども達は男であれ女であれ、良くも悪くももっと力強く、生命力に満ちている。
どちらがより良いとは言えないが、少なくとも錆兎は義勇を好ましいと感じたし、側で守ってやりたいと思った。

だから当初の予定からは大きく外れることになったが、拠点から移動はしなかった。
ただ義勇を守って面倒を見て6日間を過ごし、7日目の朝を迎えて義勇を抱えて集合場所へと戻ったのである。








0 件のコメント :

コメントを投稿