鬼舞辻無惨の間者は宍色の髪の少年の夢を見るか?_10_疑惑と誓い

「ぎゆ~!お風呂入ろう!お風呂っ!」
「禰豆子っ!お前、この前も錆兎兄さんにダメって言われただろうっ!!」
「え~?だってぎゆうは可愛いから大丈夫だよ?」
「義勇さんは年上の男性なんだから可愛いなんて失礼だろう!
第一可愛い可愛くないの問題じゃないっ!
いくら義勇さんが可愛くても異性なんだから一緒にお風呂はダメだっ!」
「…炭治郎…あんたも可愛いって言ってる」
「あ、すみませんっ!そうじゃなくて…っ!」

狭霧山の山頂の掘っ立て小屋はいつもにもましてにぎやかだ。

義勇が退院して錆兎と真菰が用意した新居に移った翌日、錆兎は真菰とともに義勇を連れて狭霧山に帰ってきた。

錆兎が一目で義勇を好きになったように、水の呼吸鱗滝一家のNOUKINな子ども達はやっぱり義勇を囲んではしゃいでいる。

特に禰豆子は義勇が真菰と変わらない隊服を着ているからだろうか、あまり男という認識を持っていないらしく、義勇がぽやぁっとした大人しい少年であることを良いことに、その長めの髪を結い上げたりと懐いていた。

あまりに過度にまとわりつく時は炭治郎か真菰がなだめるが、義勇自身はあまりそういう事を不快に感じないのか、最初はとまどっていたものの、今はにこにこと対応している。

連れてきて全員に紹介。

それから鱗滝に義勇の容態を含めていくつか聞きたいからと言われて鱗滝と義勇が二人で話している間に、錆兎は錆兎で慌ただしく往復していたためまだきちんとまとめていなかった自分の荷物を街の新居に持ち帰れるように整理した。

その後は以前約束してくれたように炭治郎が作った飯を食い、そろそろ風呂でも入って寝るかとなった時のことだ。

「錆兎、少し話がある。来なさい」
と、勢揃いした子ども達とその一人が連れてきた客に目を細めていた鱗滝が、ぽん!と錆兎の肩を叩いて立ち上がる。

「はい?わかりました。
真菰、これを頼む」
と、こんな時に何故自分だけなんだろうと思いながらも、錆兎はそう答えて、真菰に義勇の薬を託して同じく立ち上がった。



こうして二人で移動した鱗滝の部屋。

子どもの頃は自分だけ叱られる時によくこうやって呼ばれた事を思い出して、最近はそんな事も久しくないのに少し落ち着かない気分になる。

そんな錆兎に鱗滝は
「大事な話だ。少し長くなるから座りなさい」
と、促した。

いつもつけている天狗の面で表情は見えないが厳しい気配。
やはり説教か?でも何に対して?と思いつつそこに正座すると、鱗滝はちらりとにぎやかだった茶の間の方に一瞬視線をむけて、その後、錆兎を正面から見据えた。

そして
「お前はあの子とずっと生きていくつもりか?」
と、いきなり確信から入られて、錆兎は驚きに目を丸くする。

これはどういう意味で聞かれているのだろうか?
先生の厳しい表情からすると反対されている?

そんなことが脳裏に浮かんだが、反対されたからと言って諦められるようなものではないと腹をくくった。
最悪の場合、破門もありうるのか?と思えば悲しかったが、ごまかすなど男らしくもないし、長い間手をかけて育ててくれた先生に対しても不誠実だ。

「はい。そのつもりです。
ずっと共にあって守って生きたいと思っています」

膝においた拳をぐっと握りしめて鱗滝の面をしっかりと見据えてそう言うと、彼は
「…そうか…」
と、何かを噛みしめるように、そう答えた。

別に怒りや失望のようなものは感じない。

「お前がわしや兄弟弟子達に引き合わせたいということは、軽い気持ちでのことではないというのは、確かにそうだな…。
覚悟があってのことだろうし、それはそうそう揺るぎはしないだろう」

と、さらに続けられる言葉に、

「…先生?」
と錆兎が首をかしげると、

「お前が選んだ道はあるいは茨になるかもしれないが、ききなさい」
と、鱗滝はあらためて錆兎にむきあった。


その後、その口から出てきた言葉は衝撃的なものだった。

「これはまだ極秘事項だが、お前が連れてきたあの子義勇は、鬼殺隊本部から鬼との関与を疑われている」

は???
あまりに考えられない話に錆兎は唖然とした。

「でも先生っ、義勇は…っ!!」
と、身を乗り出す錆兎を鱗滝は
「まあ、先に全て聞け」
と制して話を進めた。

「最初から話すと、半年ほど前、とある鬼殺隊士から鬼側へ情報が漏れていたことが発覚。
その後に調べてみればその兄弟弟子達からも同様の事が起きている事がわかった。
つまり、同じ育て手に師事した弟子達が皆鬼と通じていたということだ。
それで本部ではこのことを重く見て、他にも同様の育て手がいないかと、秘かに育て手の調査を開始した。
その後、半年でかなりの数の育て手が行方不明になった。
が、それが全て鬼と関与しているというわけではない。
その数の多さから、おそらく誰が関与している者を送り込んでいるのかを隠すために、関与していない育て手が秘かに殺されているという可能性もあると考えられている。
義勇の育て手である柳沢松庵もその行方不明になった育て手の一人だ」

なるほど…だからいなかったのか…と錆兎は先日義勇の荷物を取りに行った時に、弟子が入院中だというのに育て手が不在だと聞いて不思議に思ったのだが、そういうことだとすればそれも頷ける。

「現在、行方不明になった育て手の弟子の鬼殺隊士は全て尋問を受けているが、義勇の場合は重傷を負っているということで、まだ疑惑どころか師匠が行方不明になっているということも伝えていないとのことだ。
だから記憶の混濁についても、本部も半信半疑らしい」

「先生は…義勇を疑っているんですか?」

腹の底から湧き上がる不快感。
尊敬する師匠で育ての親の鱗滝に関して批判的な思いを抱いたことなど、錆兎はこれまで一度もなかった。
でも…自分が両方を信じていた時に、それと言わずに自分の大切な相手がそういう目で見られていたのかと思うと、どうしようもなくもやもやしたものが沸き起こってきてしまう。

そんな錆兎の気持ちも正確に読み取っているのだろう。
鱗滝は小さくため息を付いた。

「欠片も疑念を持たなかったとは言わない。
だが今回会って我が家に受け入れて見ようと思ったのは、それよりもお前の目を信じていたからだ。
お前も知っての通り、わしには他人の感情を嗅ぎ分ける鼻がある。
自分が会ってみて確かに大丈夫だと思えば、おそらく今後色々鬼殺隊の方から言われるであろう時に口添えができる。
もし本当に謀っているような相手だと思うなら、炭治郎や禰豆子の身の安全のためにも家には入れずこちらから出向いている」

「…では……」

実際今、真菰が居るとは言え、2人は義勇と一緒にいる。
つまりは疑いが完全に晴れているということか…?と、錆兎が安堵の目で見れば、鱗滝は少し考え込んで、そして口にした。

「正直に言うが、これはお前の胸にのみとどめなさい」
言われてよほどのことと覚悟をして頷いた錆兎だったが、鱗滝の口から出てきた言葉はその予想すら超えて衝撃的なものだった。

「わしと2人になった時、義勇はまずわしにお前が傷つかないように自分を殺して欲しいと頭を下げてきた」

「え……っ……」
手が…全身が震える。

「一体それは……」
「自分は鬼に関与しているから、自分といるとお前に迷惑をかけるから…と…」
「嘘だっ!嘘ですよねっ?!」

もし本当に義勇が鬼に関与しているとすれば、鱗滝が彼を自分の目の届かない状況で炭治郎や禰豆子達といさせるわけがない…。
そんな一縷の望みにかけてそう返すと、鱗滝は驚いたことに

「ワシにもわからん…」
と、首を横に振った。

「先生がわからない…なんてことが?」
と、驚く錆兎に、鱗滝は小さく頷いた。

「そう言った時の義勇の感情が強すぎて、他の感情が読み取れなかった」
「強すぎ…る?」
「お前に害が及ぶ事に対する恐怖と不安…
本当に鬼と通じていた…という可能性が皆無とは言えないが……本当に記憶がないのだとすれば、あるいは病室で今回の育て手の失踪の顛末を聞いた可能性もある。
そして松庵の不在を鬼の関与によるものだと判断して、それならばおそらく自分も…と思ったのかもしれない。
黒だと言えばワシが成敗するだろうと思っての発言とも考えられる。
だが、それもわからん。
結局、わしは証拠がない以上、隊士である義勇に手を出すことは鬼殺隊の規則に触れることを言い含めて諦めるように言ったが…もし義勇が本当に鬼と通じていたとしたら…お前はどうするつもりだ?」

色々が初耳であり、急に言われて混乱はした。
しかし錆兎はとっくに決意をしてしまっていたのだ。
今更それを変えることはない。

「もしそうだったら、俺を破門してください。
俺は義勇を守っていくと決めてしまったので。
本当に鬼と通じてたとしても、義勇は鬼じゃない。
もし通じていたとわかったら、手を切らせます。
そうして鬼殺隊を除隊して、俺個人として鬼を斬り続けます」

その言葉に鱗滝は小さく頷いた。

「なるべくそれとなく…それを伝えてやりなさい。
少なくとも自分の身を犠牲にするのも厭わないほどお前に善意を感じていることは確かだ。
あと確かなのは、右肺がかなり毒にやられている。
だから左肺だけでまかなえる範囲を超えて呼吸を使えば、かなり危険な状態になると思うから、注意してやれ。
炭治郎と禰豆子がまだ残っているから、全面的に表立ってとは約束してやれんが、出来る限りの助力はしてやるから何かあれば連絡しなさい」


「はいっ!先生、ありがとうございますっ!」
錆兎が思い切り頭を下げていうと、鱗滝が頷く。

「じゃあもう行きなさい」
と言う師匠にもう一度頭をさげて、錆兎は義勇のいる茶の間へと戻っていった。



それを見送る師匠鱗滝の目には複雑な色。

齢3歳にして家庭というものから引き離されて剣術家としての人生のみを送ることを余儀なくされた愛弟子に剣術と離れたところで大切な家族のような相手が出来るのは喜ばしいことではあるが、厄介な相手を好きになったものだ…と、正直思う。

本当に義勇に記憶がないとすれば、いつまでも疑惑が晴れない。
そうすると、どちらにしろ今後色々と言われる事もあるだろう。
そうした時に錆兎はどう支えていくのだろうか…と思うと、やはり気がかりは気がかりだ。

山で剣術に明け暮れて育って、真っ直ぐすぎるきらいのある弟子なので、深刻な自体が迫る前に、そのあたりを多少なりとも補佐してもらえる良い人間関係を築ければ良いのだが…

(…あまり特別扱いは良くはないのだがな……)
と、思いつつも、鱗滝は元水柱の鱗滝左近次として筆を取る。

難しい状況に置かれるであろう愛弟子が少しだけ人間関係が楽になるように配慮してやって頂きたい。
その代わり彼は絶対に鬼殺隊の中でも人より抜きん出た才を発揮してくれるだろうから…と。
相手は産屋敷耀哉。お館様と呼ばれる鬼殺隊の頂点である。




錆兎が戻るとまだ風呂騒動を続けていたらしい。
真菰がそれなら自分と入ろうと禰豆子に言っているようだが、禰豆子が義勇は当分こないのだろうからと粘っている。

「あ、錆兎ちょうどよかった。なんとか言ってやってよ」
と、錆兎が部屋に入ると真菰が困った顔をして見上げてきた。

「お兄ちゃんとは一緒に入っているのに、なんで錆兎にいや義勇はだめなの?!」
と、膨れている禰豆子。

「あ~それは……」

珍しく炭治郎が言い淀んでいる。
確かに異性と言えば炭治郎も異性なのだが、炭治郎とは確かに風呂にはいることはあった。

本当の兄弟ではないから…というのは簡単だが、この家で、兄弟弟子の中でそれは言いたくないらしい。
気持ちはよくわかる。

禰豆子も外に出て他人に触れるようになればそのあたりの恥じらいというのも出てくるのだろうが、それまでにはもう少しかかるだろうし、さて、どう説明をしたものやら…と思いつつ、今回はとりあえず一度きりだし良いだろうと、錆兎はそれには触れないことにして口を開く。

「…今回はぎゆうは怪我してるからな。
体力も落ちてるし傷に触れないように倒れないように介助が必要だから俺が一緒に入るから。
負担をかけないようにしてやらねばならない。
義勇を支えるのは禰豆子には無理だろう?
あ~…でも肩を怪我しているから、風呂からあがったらすぐ洗った髪を誰かが綺麗に拭かないと傷に水が触れてしまうな…」

「わ、私がやるっ!拭いてあげるっ!」
錆兎が言うのに、禰豆子が勢い込んで手をあげた。

真菰と炭治郎がそれを見て、うまいなぁ…と苦笑している。

「う~ん…力は要らないが、傷に触れないように注意してやらねばならない。大丈夫か?」
と、そこでそれがいかにも難しいものであるかのように言う錆兎に、

「大丈夫っ!出来るっ!」
と、目を輝かせて言う禰豆子。

「そうか、では大切な役目だが禰豆子に頼もうか」
と、最終的に錆兎が禰豆子の頭を撫でると、

「手ぬぐい用意してくるー!!」
と、禰豆子がぴょんっ!と立ち上がって、ぱたぱたと走っていった。

「錆兎って……」
と、それを見送って真顔で口をひらく真菰。

「…な、なんだよ…っ」
「子どもの扱いが妙に上手いよね…」
「え?そうか?」
「禰豆子は鱗滝さんの次に錆兎の言うこと聞く気がする…」
という真菰の言葉に、炭治郎も
「俺は禰豆子の兄で長男なのに…」
と、うんうんと頷いてうなだれる。

「あ~…それは……」
「「それは?」」
「俺が一番ここにいるのが長いからだろ。
他意はないと思うぞ」

と、錆兎はそれは一部がややこしく落ち込まないうちにと、そう切り上げて、

「じゃ、義勇、風呂に入ろう」
と、義勇を助け立たせて風呂場へと引っ張っていった。



狭霧山には温泉が沸いていて、風呂はそれと川の水を適温になるよう混ぜて引いていて、かけ流しになっている。
それが全てがささやかなこの掘っ立て小屋の唯一の贅沢と言えば贅沢だ。

義勇が着物を脱ぐのを手伝ってやると、白い肌に生々しい傷跡。
それにさらりと艷やかな黒髪が落ちるさまになんだかおかしな衝動が沸き起こってきて、錆兎は

「とりあえず…髪を洗うまではあげておこう。
傷口につくからな」
と、結紐で手早くその髪を高い位置で結んだ。

すると細い項が顕になって、それはそれで何か気恥ずかしい気分になるのだから、しょうもない。

正直…つい数年前まで真菰と一緒に風呂に入っていたし、禰豆子に至っては去年までは風呂にいれてやっていたのに、何故いまさら同性と風呂に入ってこんなにいたたまれない気持ちになるのか、自分自身でもわからない。

それでも傷に触らないように、自分で手を伸ばせば痛むだろうから髪を洗ってやらねば…と、髪に集中するが、しっとりと手に馴染むサラサラの黒髪に、息を飲むことになる。

鱗滝錆兎13才…剣術に関しては人並み外れていても、精神はどこまでも思春期の少年だった。


「これでよしっ!」
と、なんとか頭を洗い終え、軽く髪を絞って手ぬぐいで上にまとめてやる。
色々と煩悩を振り切ってやり終えた達成感はこの上なかったが、そこで、はっと気づいた。

…身体…どうしよう!!!

髪より難関だ…と、内心頭を抱えるも、青少年であることより義務感が勝り、錆兎は手ぬぐいを湯で濡らして絞ると、

「肩口から胸あたりまでは傷が湯に触れてしまうと痛むかもしれないから、絞った手ぬぐいで拭くな?
で、背中の下のほうは流してやる。
あとは自分で洗えるか?
痛むようなら言え。洗ってやるから」
と、怪我をしている右肩を傷口を避けるようにそっと拭いてやる。

すると義勇が小さく笑った。

「なんだ?」
と、錆兎が首を少しかしげると、義勇は柔らかな声で言う。

「錆兎って…本当にお兄さんなんだなって」
「は?」
「いや…優しいし面倒見が良いし、さっき禰豆子が一番おっきなお兄ちゃんて言ってたんだけど、頷けてしまう」
「あいつ…そんなこと言ってたのか。また炭治郎が拗ねるぞ」

はぁ…と息を吐き出す錆兎に、義勇は、
「でも炭治郎も錆兎は兄さんだって言ってたし…
俺も…会った時から気づいたらなんとなく頼ってしまっている」
と、続けた。

「俺はそんな風に誰かのためになるような人間ではないし、逆に俺を心配するような人間はいないのだろうけど…錆兎だけは気にしてくれる…。
本当に俺みたいな何の役にも立たない人間が、みんなに頼られて必要とされている錆兎の手を煩わせていると思うと、申し訳なさすぎて…」

そう言って小さく笑うその細い肩が胸が締め付けられそうなほど悲しくて、

──ぎゆう…っ…

と、正面に回って抱きしめたのはいいが、はらりと落ちる座っていた義勇の上に置いていた手ぬぐい。
寒さに少し固く芯を持った胸の尖りと下肢を直接感じることになって、錆兎は固まった。

どきん、どきんと己の心臓が口から飛び出てしまいそうだ。
それが義勇に知られてしまったらどうしよう…と、ほおがか~っと熱くなった。

──…さび…と?

不思議そうに見上げてくる青みがかった瞳。
それにはっと我に返った錆兎は、ぱっと義勇の身体を離して、

「いきなりすまん!傷大丈夫か?
俺がゆっくりしすぎていたせいか、身体も冷えてしまっているな。
先に湯に浸かってくれ」
と、義勇を湯につけてごまかした。

そうして義勇に背を向けた状態で自分の頭や身体を洗いながら頭を冷やし、少し落ち着いてきたところで、自分も湯船に浸かりに行く。


「義勇…さきほどのことだが……」
「さきほどの?」
「ああ、誰もお前を心配しないと言ったあれだ」
「ああ、」

「俺がする。
亡くしたらしいお前の家族の分、師匠の分、全部あわせたよりもずっとたくさん俺がお前を気遣うし、何があっても守るから。
お前が寂しさなんか感じないくらい、ずっと一緒にいる」

──だからずっとそばに居てくれ…

湯船の中で向き合って錆兎が言うと、義勇の青い目がまんまるになって、こぼれ落ちてしまうんじゃないかと錆兎が心配になった時に、目の代わりに透明な涙の雫がころんころんと目の縁から転がり落ちた。

「…で…でも……っ……」
「負担じゃない!お前に俺が必要だからじゃなく、俺は俺にお前が必要だから一緒にいるんだ」

義勇がおそらく自己否定的な紡ごうとしたのを遮って、錆兎はそう言い切った。

「お前を守る。そして最期まで看取ってやる。
だが、…お前が死んだらすぐ俺も逝く。
守ると言ったら黄泉路まで。
跡を追って死出の旅路でもお前を守るからな」

義勇が自分の事を想うなら、それを理由に容易く死なせたりはしない。
自分は想うだけじゃなく想われる覚悟もするかわりに、義勇にもそれをしてもらう。

それは13歳の子どもの誓いとしてはずいぶんと重たいものではあったのだが、口にしたからには男として絶対に守るつもりだし、誓ったことへの後悔は微塵もなかった。




そしてその夜…

──眠れないのか…?

にぎやかだったのが嘘のように静かな夜。
義勇は錆兎と共に錆兎の部屋に並んで寝ていると、錆兎からそう声をかけられた。

本当なら…今頃生きてはいないはずだった。
死ぬために来た狭霧山だったのに、錆兎の師匠と兄弟弟子総出で温かい歓迎を受け、結局命を永らえているのをどう捉えたら良いのか…と、小さく吐き出した呼吸を聞かれたらしい。

「…ごめん。起こした?」
と、暗い部屋の中で錆兎が横たわっている布団の方を見れば、

「いや…起きてた。
俺は別に大丈夫だが、お前は体力が落ちてるからな。
ちゃんと眠らないと」
と、身を起こし、そして義勇の布団に潜り込んできたかと思えば、子どもを寝かしつけるように、ポンポンと布団の上から一定のリズムで軽く叩く。

こんなこと、幼い頃に姉にやってもらって以来だな…と、なんだか懐かしい気分で、眠気の訪れを感じ始めると、自然に出るあくび。

真菰の姉発言もそうだが、なんとなく…錆兎達といるとどこか温かくて、幸せな気持ちになる。
そこで生きていたい…そう思う。

そんなこと…思っても叶うはずがないのに……

二人きりで話す機会を設けてもらえたため、確実に殺してもらうために錆兎の師匠には全てを正直に話したつもりだったのだが自分の言い方が悪かったのだろうか…殺してもらえなかった。

隊士同士の命の取り合いは不可という鬼殺隊の規約を理由にあげられたということは、信じてもらえなかったのだろう。
殺されなかったのは生存を認められたからではない。

ここは錆兎の実家のようなもので義勇のそれではないから、義勇が鬼の側の人間だと判明した時に都合よく来られるものではないし、そうなると義勇はやっぱり自分で死ぬしか無いのだ。

錆兎は義勇と離れる気がないと言っていたから、できれば…鬼の側の人間だということが知れて一緒にいる錆兎の経歴に傷がつかないように、それとなく…

でもそれまでは…少しだけこの温かさを甘受してしまってはダメだろうか…
そんなことは絶対に許されるはずがないのに…

そう思ってしまうほどには錆兎の温かさは心にも身体にも心地よかった。


──さび…と……
──…ん?

もうだいぶ眠くなって舌が回らなくなってきた口で問いかけると、義勇を抱え込むように横たわっていた錆兎の視線が下に動き義勇のつむじのあたりに向けられる気配がする。

──…なんだ?ぎゆう…
と、柔らかく返ってくる問い。

鬼を滅する時はあんなに鋭く力強い錆兎が、こうして義勇に問いかける時はこんなに優しく柔らかい。
どこまでも高潔なのに慈悲深い。
そんな剣技も心根も素晴らしい錆兎のことだから、いつか師匠と同じく水柱にだってなるだろう。

だからこそ…自分みたいに薄汚れた人間に巻き込んで、その経歴に傷をつけるようなことがあってはならない。

だから…だから…だから…

──もし俺が嫌になったら…遠慮なく切り捨てて欲しい…

そう口にすると

──そんな時は絶対に来ない

と、間髪入れずに返ってくる。

ああ、そう、だよな…錆兎は切り捨てられない…それをするには優しすぎる…
だから…やっぱり俺は自分自身で自分の身の始末をつけなくては…と思うと、心細さと不安でいっぱいになった。

そんな義勇の不安を、聡い錆兎はそれを察したのだろうか

──大丈夫…義勇、大丈夫だ。俺がずっと側にいてやるから心配するな

と、やっぱり布団の上から優しい手付きでポンポンとなだめるように軽く叩くので、悲しいのか嬉しいのか切ないのか…とにかくわけのわからない感情が渦巻いてきて、義勇は泣きながら眠ってしまった。









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