鬼舞辻無惨の間者は宍色の髪の少年の夢を見るか?_11_初任務…初対面の同僚のこと

──義勇っ!ダメだっ!俺が守れる範囲から離れるなっ!!

初任務のことである。
大勢での長期の任務。
簡単に言えば全国鬼退治旅行。

今年入隊したばかりの癸の隊士を中心に、壬、辛、庚までの隊士が20人ばかり。
引率の若い柱に連れられて3箇所ほど鬼が出没するという山の山狩りをする。

最初は近場の山で、夕方に山の麓に集合。
今年の新米が主な人員とあって、どこかで見た顔が一人ばかりいたが、もちろん錆兎と義勇が受けた回は生存者は5人だったので、今年の新人といってももう数ヶ月も前に選別をクリアした先輩の癸もいて、本当に任務についたことのないのは、錆兎達ともう一人の3人きりだったのだが…。


「あ~、俺様は宇髄天元。先月柱を拝命したばかりの柱としては新人だ。
わかっていると思うけどな、新人と言えど柱だ!
てめえらとは身分が違う。神だと思って言うことを聞けっ!」

と、全員揃ったところで、派手な化粧を施した錆兎達よりは年長ではあるが、まだ十代も中頃なんじゃないだろうかと思われる青年にかまされた。

みな一瞬唖然として、それからざわめきが広がる。
萎縮する者もいれば、不信感をあらわにする者もいれば、相手がなりたての若い柱だからだろうか…反発をする者もいた。

現に錆兎と義勇の隣りにいた同い年くらいの傷だらけの少年は

「ケッ!偉そうなことを。自分が強いからって言うことが正しいってわけじゃねえだろうがっ」
と、吐き出すように呟く。

それは単なる独り言だったのだろうが、壇上代わりの岩の上に立っていた柱宇髄の耳には十分届いたらしい。

「ほ~い、そこの馬鹿!訂正しといてやる。
お前よりは遥かに俺様は正しい!
鬼殺隊に居る限りは鬼を倒せてなんぼだっ!
悔しかったら功績をあげてここまでのぼりつめてこい!」
と、瞬時に目の前に飛び降りてきて、その襟首を掴む。

そして何故か錆兎の方に視線を向けた。

「そっちの元柱の優秀な愛弟子の坊っちゃんは無事育てばいずれは柱まで登ってくるのかも知れねえけどな?
生き残れるかわからねえ今の時点ではただの雑魚だ」

と、その言葉にそれまで怯えたような目で宇髄から隠れるようにしていた義勇が、口を開いて前に出ようとするが、錆兎は黙ってそれを止めて義勇を後ろに留める。
が、その動きは当然宇髄の視線に入っていたので、今度は

「そっちの嬢ちゃんは何か言いたいことでもあんのかぁ?」
と、矛先がこちらに向いたようだ。

しかし傷の少年は自分の発言から逃げることもそれをごまかすこともする気はないらしい。

「っざけんなァっ!そいつらは関係ねえだろォが!言ったのは俺だァ!他に絡んでんじゃねェ!!」
と、なんと宇髄を自分の方に引き戻そうとする。
たいしたやつだ…と、錆兎は感心すると共に、少年に好感を抱いた。

「あ~!雑魚は黙ってろっ!」
と、しかし宇髄はそんな少年を引き剥がしにかかる。

このままでは柱と新人の乱闘になりかねない。
それはさすがに宜しくないだろう…錆兎はそう判断して介入することにした。

「確かに…師範は偉大な人で、その偉大な師範に長い間てまひまをかけて育ててもらった身としては、そこまで上り詰めて鬼狩りに尽力するのが使命だと思っています。
ただ、師匠がどれだけ偉大でも俺自身の力不足で届かない、そんな可能性も多々あるかもしれません。
そうならぬよう日々鍛錬に勤しみつつも、こうして任務を着実にこなして行きたいと思っているので、そろそろ夜も更け、鬼も現れる頃ですし、任務の指示をお願いします」

淡々と言う錆兎に、宇髄は小さく息を吐き出して、無言でまた岩の上に戻って言った。

「じゃあ、功績あげたくて仕方ねえ奴もいるってことで、そろそろ鬼狩り開始するぞ~!
とりあえず、やることは一つだ。
山に入り鬼を狩る。
で、夜明けになったらこの場所に集合な~。
で、1時間は待ってやる。それを過ぎても戻らねえやつは置いていく!
以上!!解散っ!!」

と、揉めたわりには実に大雑把に任務の始まりを告げて、宇髄自身はそのまま岩にあぐらをかいて座り込んだ。



まあ…宇髄の言葉ではないが、たとえ宇髄がどういう人物であれ、錆兎がやることは一つだ。

「じゃあ行くぞ、義勇。身体のこともあるし、俺が守りきれる範囲から離れるなよ」
と声をかけると、義勇の手を引いて鬼狩りのために山の中へと入っていく。


実際に鬼に対峙するのは藤襲山の最終選別以来だ。
しかしあの時とは違って、手には自ら選んで作ってもらった自分自身の日輪刀。
錆兎のそれは夜目にも眩しい日に照らされた海のような明るい青で、義勇のは静かな森の湖のような落ち着いた青。

実戦で使うのは初めてなのに、ずいぶんと手にしっくりと馴染む気がした。


鬼殺隊隊士としては全く鬼を斬れねばまずいし、しかし義勇は鬼を斬ったことがない。
だから錆兎は注意深く、まるで仔に狩りの練習をさせる野生動物のように、弱そうな鬼を選んでいくらかの斬撃を入れて動きを鈍くしてから義勇の方にそれを流してやり、強そうな鬼は自分が一気に首を刎ねる。

義勇の方は一応師範について剣術は学んではいるし、なによりなにかあれば錆兎が補佐に入るという安心感があるのだろう。

流れる水のように綺麗な太刀筋で最初の一体の首を刎ねた。
そして、呆然と刀を握る自分の手元に視線をやって立ちすくんでいる。

無理もない。
錆兎は自分でそうと望んで物心ついた頃から刀を握り、初めて鬼を斬ったのは悪鬼滅すべしという勢いでのことだったが、義勇は違う。
身内を亡くして引き取られたのが鬼狩りの育て手のところで、他に生きて行くすべを与えられなかったからだ。

初めて生きているものの首を刎ねたとなれば、それなりに精神的な衝撃があるだろう。

「義勇…大丈夫か?少し休んでいるか?」
と、声をかけてやると、はっとしたように顔をあげ、

「いや…大丈夫。ちゃんと…出来たなって思っただけだ」
と、義勇は小さく首を振った。


なので、
「わかった。次に行くぞ。
でも病み上がりだからな。無理はするなよ?」
と、本人が大丈夫と言うのでそこで自分が立ち止まるのも…と、錆兎は義勇を促してさらに山の奥へと進んだ。


鬼は随分と多くいた。
近くに街がないため大きな被害は出ていないが、街道を行く旅人の安全のためにというだけでも山狩りが必要なくらいなのだから、当然と言えば当然かも知れないが…。

奥に行けば行くほど当たり前に鬼が増えて、適度に義勇に流してやることも難しくなっていく。

錆兎とて初の任務だ。
藤襲山の鬼よりは大分強い鬼が多数押しかければ楽なわけではない。

義勇は初めてで慣れていないので錆兎よりも鬼を斬るのに体力も使うし、そろそろ呼吸を使わせるのをやめさせた方が…と思うものの、なかなか撤退のタイミングがつかめない。

「義勇、なるべく俺の側にいて、そろそろ必要以上の呼吸の使用を控えろ」
と、声をかけるも、義勇は自分も役に立たねばと思うのだろうか…むしろ錆兎から距離を取って刀をふるおうとする。

「義勇っ!ダメだっ!俺が守れる範囲から離れるなっ!!」

とうとう守ってやれる間合いを離れてしまった瞬間、錆兎は叫ぶが、義勇はきかない。
まずい!と思うものの、目前の鬼を倒さねば、それを追うことすらできない。

ぜい…と、喘鳴が聞こえる。
義勇の呼吸に異質なものが混じり始める。

後ろで膝を付く気配。
まずい、まずい、まずい、どうするっ?!

目前の一体を切り捨てて走り寄ろうとするも、次の一体が迫ってくる。

幸いにして義勇がいるのは錆兎の後方で、脇から出てきた鬼を一体斬り捨てたところだったので、鬼はいないが…緊急用の薬を飲ませてやらねば毒が回る。

焦りながら鬼を斬り続けていると、後方から風が吹いた。
一陣の緑の風が…

ざしゅっと錆兎が切り捨てようとしていた鬼の首を緑の刀が撥ね飛ばす。

──後ろの嬢ちゃん連れだろォ?ここは引き受けてやるから見てやれェ
と、並んで刀を振り始めたのは、さきほどの傷だらけの少年だ。

──すまん!助かるっ!!
と、錆兎は深く考えることもなく、そこで戦線を離脱して、義勇に走り寄った。

「…さび…と……ごめ…ん」
ゼイゼイと浅く息をはきながら力なく見上げてくる義勇を片手で支えると、錆兎は懐に入れた小さな薬瓶を取り出して、

「大丈夫だ。薬飲ませてやるから、ちゃんと飲み込めよ?」
と、それを口に含むと義勇の口に流し込む。

それをコクンと飲み込むのを見届けて、前方で鬼を斬り続ける少年の元に戻ろうと立ち上がりかけたが、そこで当の少年から

「そのまま居てやれェ」
と、制止の声がかかった。

「後方にいても鬼が出てこねえとは限らねえからなァ。
万が一、守りきれずになんかあったら絶対に後悔すっぞォ。
ここは引き受けてやるから、守っててやれェ」

鬼を容赦なく斬り捨てながら、しかし声音がどこか優しい気がした。

「すまん。恩に着る」
と、錆兎は少年の厚意甘えることにして、

「義勇…少し寝てろ。
ついていてやれることになったから…」
と、義勇の身体を自分にもたせかけた。


こうしてそのあたりにいる鬼を一掃。
そこで少年は改めて錆兎を振り返る。

そして、とてとてと歩いてきて

「そっち、大丈夫だったかァ?」
と、そう言うと、義勇を抱えた錆兎の前にしゃがみこんだ。

「ああ、薬を飲ませたら落ち着いた。
本当に助かった」
と言う錆兎の言葉に、少年は

「そいつぁ良かった」
と、任務前の宇髄に対する態度とは一変して、ずいぶんと優しく邪気のない笑みを浮かべる。

「やっぱ、守るモンがあるうちは、守ってやりてえよなァ。
まあ、同じ任務についたよしみだ。今日は一緒に助けてやらぁ」

「ありがとう。俺は錆兎、鱗滝錆兎。こっちは義勇。冨岡義勇だ」
と、錆兎が手を差し出すと、

「実弥だ。死なない川と書いて不死川実弥なァ」
と、少年実弥はそれを握り返した。


こうして錆兎が義勇を抱きかかえ、鬼が出たら実弥が斬って進んでいく道々、実弥が聞いてくる。

「錆兎の師匠って元水柱って言ってたよなァ?」
「ああ、鱗滝左近次先生だ」
「その先生とやらは…別に失踪してねえんだろォ?」
「ああ、ついこの前、先生の所に帰ったばかりだしな。ソレがなにか?」

失踪した育て手と鬼の関与の話については鱗滝から聞いて知っているが、何故いきなりその話が?と思っていると、

「だよなぁ…元水柱ならそんな疑念を持たれる事ねえもんなァ」
と、実弥はガシガシと頭をかいた。

「どういうことだ?」
と錆兎が聞くと、実弥が
「お前って…ついこの前の選別組だっけ?」
と聞いてくるのでそれに頷く。

「あ~…それなら知らないかも知れねえけどな…」
「失踪した育て手と鬼の関与のことなら、この前帰ったときに先生に聞いたぞ?」
「ああ、知ってんのか。それなら話がはええわ。
お前は気づいてないのかも知れねえけどな、今回の任務に駆り出されてんのは、ほぼ、失踪した育て手の弟子。
つまり鬼との関与を疑われている隊士ってわけだァ」
「…実弥も…か?」
「おうよ。今回、新人とは言え柱が仕切ってんのは、もし裏切り者がわかったら始末つける為だと思うぜェ?
返り討ちにあわねえようになァ」
「なるほど…」
「そこで、だ、お前なんでここにいんだろうなァ?」
「…さあ?でも任務に付いている時点でやることは鬼狩り一択だろ」

錆兎としては極々当たり前の事を言ったはずなのだが、非常に複雑な顔をされた。
そして、はぁ~っと大きくため息をつかれる。

「おぼっちゃまは本当にまっすぐにお育ちで……」
「む…どういう意味だ」
「いんや、お前はそのまんまで良いと思うわ。
今回は…お前のことは俺が気をつけてやるから、お前は嬢ちゃん気をつけてやれェ」
「……?…ああ、ありがとう?」

その後、任務前の説明の時は悪かったと謝罪され、なるほど、もしかしてそれでわざわざ探し出して助けてくれたのだろう、悪いやつではないらしいと、納得した。

これが錆兎と不死川実弥…のちの風柱となる少年との出会いである。








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