鬼舞辻無惨の間者は宍色の髪の少年の夢を見るか?_18_第二の性

錆兎を見送ってため息をつきながら、義勇は今日手入れをしようと昨日かけておいた錆兎の羽織を洗うべく衣紋掛けから外して手に取った。


…錆兎の…匂いだ……

羽織を抱きしめてスンと匂いを嗅ぐと、なんだか寂しいのかなんなのか、自分でもよくわからない感覚にかられて、周りを錆兎の物で埋め尽くしたくなった。

そう思うと居ても立ってもいられなくなり、義勇は錆兎が今朝まで寝ていた布団を引っ張り出して、羽織を抱きしめたままそこにくるまってみるも、まだ足りない。
なので寂しくて悲しい気分になってきて泣きながら、タンスにしまっておいた錆兎の着替えを片っ端から出して布団の上を覆うようにばらまいてみる。

そうして錆兎の服に覆われた錆兎の布団の中で錆兎の羽織を抱きしめるとようやく少しだけ落ち着いて、昨日全く眠っていないこともあって眠気がどっと襲ってきて眠ってしまった。


頭がふわふわする。
体も熱を持ったように熱い。
すごく幸せな気もするがどこか寂しい気もして、なんだか涙が止まらずにくすんくすん泣いていると、温かい手が降ってきて頭を撫でてくれた。

…ああ、錆兎の手だ…と、ホッとして見上げると、涙で滲んだ視界に少しホッとしたような表情をした錆兎がいる。

──義勇、これから薬飲ませるから、ちゃんと飲み込もうな?
と、子どもに言い聞かせるように言うと、錆兎は水と錠剤を口に含んで義勇に口づけてきた。

ああ…風邪移ったら…とは思うものの、唇を重ねている時点でそういう意味ではもう手遅れな気がして、義勇はおとなしくそれを飲み込む。

そして錆兎が側にいることに安心してしまったのか、そのあとすぐに眠気が来て、義勇はまたうとうとと眠ってしまった。





昨日から義勇の様子がおかしい。
それは錆兎も感じていた。

それでも体調が悪いようには見えなかったし、何か落ち込んでいる様子もない。
本人も気付かれたくはないようなので気にしながらも軽く声をかけてみたら、このところ錆兎が任務続きで少し寂しいのだ、などと言われて、大丈夫だな、と、思った。

義勇は精神状態が悪い時はむしろ錆兎を遠ざけようとするので、一緒にいたいと言っているうちは困ってしまう系の隠し事はしていない。

だから今回の任務のあとに二人でゆっくりしつつさりげなく聞き出そうと思いつつ、錆兎は任務地に向かうべく水柱邸をあとにした。


そうして早朝の街を歩いていると、後ろからバン!と背中を叩かれる。

それに驚いて振り向くと、

「よお、早いな。任務か?
このところ水柱屋敷にも行ってないが、お前もお姫さんも元気か?」

と、いつのまにか後ろにいて笑って言う不死川実弥。
錆兎の新人時代からの親友だ。

鬼殺隊に入る頃には家族全員を亡くしていた実弥は義勇を家族として守りながら戦う錆兎をいつも助けてくれていて、元々の資質も高かったのだろう、今では錆兎と並んで若き柱、風柱を務めている。

わずかばかりの血の匂いをまとってこの時間に外にいるということは、任務帰りなのだろう。

「ああ、これから急いで北の方だな。
今夜あたりについて明日には帰れると良いなと思っているんだが…
義勇の様子でやや気になるところもあるし…。
もし実弥が今日時間があるようなら、少し様子を見に行ってやってくれないか?」

と、錆兎が友人の気安さで昨日からの一連の義勇の様子を話した上で依頼すると、実弥はどきっぱり

「逆だろ。お前が家に戻ってやれぇ。
任務の方を俺が引き受けてやるからよぉ」
と錆兎の肩をつかむとくるりと自宅の方に反転させる。

「いや、だって実弥は任務明けだろう?」
と、その申し出はさすがに申し訳ないし辞退しようとする錆兎だが、実弥は

「お前なぁ俺が連勤くらいで参るほど柔なわけねえだろぉ。
今回は思ったより軽い任務で予定より随分と早く帰ってきたから余裕だぜぇ。
本部には俺の方から連絡いれとくからお前はとにかく帰れぇ。
少しでもおかしいと思ったのを放っておいてあとで何かあったら死ぬほど後悔するからなぁ」

と、錆兎をグイグイと家の方へ押し戻そうとするので、これはもう何を言ってもきかないだろうということでありがたく実弥のその申し出を受けることにして自宅へとって帰ることにした。


そうして急ぎ帰るが、いつもならドアが開く音で飛び出てくる義勇が出迎えに来ない。
まあ昨夜眠っていないようだったので、あるいは眠っているのか…と、錆兎が中に入ると、台所にも居間にもいないので、やはり寝室か…と、さらに奥に足を向ける。

眠っているようなら起こさないようにと足音を忍ばせて部屋の襖を開くと、何故か漂ってくる甘い匂い…。
この匂いには覚えがある…。

錆兎が14の頃、こんな匂いに理性を失いかけたのを、当時ほとんどつきっきりくらいで面倒を見ていてくれた宇髄が止めて、薬をくれた。

それは本来は全ての人間が持っている第二の性が原因とのこと。
ほとんどの人間は特に影響がないので一般の人間には知られていないが、人間には見た目の性別とは別に、思春期あたりに発覚する3種類の性があるらしい。

海外で系統化された情報なので区分は西洋風で、α型、β型、Ω型と呼ばれている。

簡単にいうと、αは非常に優れた資質を持ち、βは普通、Ωは弱く華奢な人間が多く、Ωはさらに男女共にヒートという発情期が定期的にあり、その間に性交を行えば子を身ごもることがあるという。

このヒート時にΩはαを引きつけるフェロモンを放出するので、ヒート時のΩの側にいるとαも動物の発情時期のようになるとのこと。

そんなとんでもないことが起こりうるのにどうしてそれが知られていないかというと、αは数万人に1人ほどしか生まれず、Ωにいたってはさらに少ない。
おそらく10万人に1人いるかいないからしい。

つまり…非常に稀少なαがさらに稀少なΩに出会う確率は非常に低いのだ。

そんな稀少種ではあるのだが、鬼殺隊の柱となる人材の中にはαである者も稀にいて、柱が行動不能になることは当然避けねばならないということもあり、めぼしい人材は一定の年齢に達すると鬼殺隊が保護しているヒート時のΩにそれとなく引き合わされる。

錆兎もそれで誘導されて引きつけられそうになったのだが、その時にΩからしていたのが、こんな甘い匂いだった。

…とどのつまり…義勇はΩだったということか……

その時は宇髄にαの本能を抑制する薬をもらって飲んだら甘い匂いはわかるものの性衝動は収まったのだが、それからずっと定期的に薬を飲んでいるにも関わらず、今、なんだかひどくムラムラしている気がした。

これは…やばいのだろうか……

とりあえず錆兎は居間に取って返すと筆を取り、宇髄に事情を説明してΩ用のヒートの抑制剤を届けてくれるように頼む手紙を書いて鎹鴉に託す。

そうしてさてどうしようか…と、悩んだ。

万が一にも襲ってしまったらまずいと思うのだが、ヒート時のΩは随分と苦しいらしい。
義勇がいま苦しい思いをしているのなら、放置するのは可哀想だ。

俺が鉄の意志を持てばいい……ひとたび守ると決めたなら、男ならば背をそむけるな!
と、錆兎はそう自分を叱咤するとごくりと息を飲み込んで、思い切って寝室の方へと足をむけた。
そうして思い切って襖をあける。

…へ??
甘い匂いが立ち込める部屋の中央になんだかすさまじく奇妙なものがある。

畳んだはずの錆兎の布団が敷いてあり、その上には何故かありったけのものを引っ張りだしたのかと思われる錆兎の服。

下着も隊服も普段の着物も全てごっちゃになったものに覆われた錆兎の布団の中に義勇がいると思われる。

錆兎はまん丸くなった目をぱちくり。

一瞬反応に困ったが、とりあえず状況把握を…と、そろりそろりと部屋に足を踏み入れておそるおそる盛り上がった布団の中を覗き込むと、そこには錆兎の羽織をぎゅうっと抱きしめて、まるで子どものように涙の跡を頬に残して眠ってしまっている義勇の姿があった。

…やばい…これは予想外にやばいぞ…可愛すぎだろう?

確かに同い年なのだが錆兎の羽織を華奢な手にしっかりと握りしめたまま泣き寝入りしてしまっている義勇はあどけない愛らしさで、そんな相手にムラムラしている自分に罪悪感を感じて錆兎はへたり込んだ。

とにかく絶対にダメだ。
襲ったらダメだ。

頭を抱えてその場にしゃがみこんで脳内でそんな言葉を繰り返していると、さすが元忍者。
思ったよりも随分と早く宇髄が来てくれた。

「…お前…何してんだ?」
と、呆れた口調で言われてもありがたさしか感じない。

よく間に合わせてくれた。
宇髄様ありがとうございます!
と、思いながらも、錆兎はそれに

「いや…義勇が可愛すぎて俺死ぬかもしれない…」
と、答えると、

「…馬鹿じゃね?」
とさらに呆れた視線を向けてくる宇髄に向かって手を伸ばした。

宇髄はそのために来たのだから、当然のようにΩ用の抑制剤をその手に乗せてくれた。


そうしてそれを手に水差しから湯呑に水を注いでいる錆兎を見下ろしながら、

「お嬢ちゃん、Ωだったのかぁ…。
なるほどなぁ。お前らもしかして運命の番とかなんじゃね?」
と、宇髄の口から飛び出る聞き慣れない言葉に、錆兎が

「運命の…番?」
と、首をかしげると、宇髄が説明してくれる。

「あ~、αがΩの首筋噛んだらその2人は特別な関係になってその関係のことを番っていうんだけどな、そういう番の中でもすごい確率で互いが互いのために存在する運命の番っていう、すごく強い結びつきの番が存在するんだと。
お前はαの抑制剤を服用してっから、本来ならヒート中のΩがそばにいても平気なはずなんだけど、それでもそうやってお嬢ちゃんのヒートで惹かれちまうってのは、あるいはそれなのかもなと思ってな」

「そう…か。そうだといいな」
確かに義勇は出会った瞬間から錆兎にとっては特別な相手だった。

最初から気になって気になって声をかけたくて守ってやりたくてジリジリしてたのだ。
宇髄の言う通り義勇が運命の番だと言うなら、それも納得である。

もちろん義勇の気持ちが最優先ではあるが、錆兎的にはできることならすぐにでも義勇を番にしたい。
一緒にいるための強い理由と絆が欲しい。
いつか義勇との子が持てれば嬉しいと思う。

宇髄はその他にも今の義勇のようにαの匂いのついたものを集めるのは巣作りといってヒート中のΩの行動の一つなのだということなどを教えてくれた。

なるほど、確かに巣作りと言われれば小鳥の巣作りのようにも見える。
そう教わると、余計に義勇が愛らしく見えてきた。

そんなやり取りをしていると、少し起きかけているのだろうか…義勇がやっぱり子どものようにくすんくすんと鼻をならしながら泣き始めたので、手を伸ばして頭を撫でてやる。

するとつぶらな瞳でおずおずと見上げてきた。
その様子を見て、これは多少なりともあるから大丈夫だなと判断して、錆兎が錠剤と水を自らの口に含んで口移して飲ませてやると、義勇はコクンと喉を鳴らして飲み干す。
しかしそれを飲み干した次の瞬間にはまたウトウトと寝入ってしまった。

第二の性というものでそれが当たり前のことであると思ってしまえば、余計に義勇が愛おしく思えてくる。
どこか心細気な様子で錆兎の羽織をぎゅうっと握りしめて泣き寝入りする義勇はなんと愛らしいことか。

それがαの本能からくるものなのか、錆兎自身の元々持つ感情なのか、どちらかはわからない。
いや、おそらく両方なのだろう。

義勇に対する庇護欲がこれまで以上に溢れ出てくるのを感じながら、錆兎は義勇自身にも説明するために、宇髄と共に義勇が自然に目を覚ますのをじっと待った。








0 件のコメント :

コメントを投稿