義勇が目を覚ますとそこに錆兎がいた。
あれほど必死に離れようとしたのに、今その温かい手が義勇の頬に優しく触れている。
愛しくて愛しくて恋しくて悲しい。
この手を取ってはいけないのに縋りたくなる。
だから錆兎に自分は生きていてはダメなのだと泣きながら訴えた。
だって錆兎はこんなに立派な人間で、自分は絶対に迷惑をかけることしか出来ない。
錆兎のことが好きな気持が大きければ大きいほど、申し訳なくていたたまれなくなるのだ。
錆兎が好きだから錆兎に迷惑をかけて負担になりたくない。
そんなことになってまで維持しなければならないほど、義勇の命なんて重くはないのだ。
それに…本当は辛い。
一度は手にしてしまったその優しくも幸せな生活を手放して、自分のいた位置に他の人間がいるのを思い知るのは辛い…。
ずっと蓋をしていたそんな気持ちも溢れ出て、義勇はやっぱり死にたいと思った。
自分でもどうしようもない感情を持て余したまま泣いていると、気づけば錆兎も泣いていた。
そうして義勇は自分の心の支えだから、義勇に自分がではなく錆兎が生きていくのに義勇が必要なのだという。
嘘だ…と言ってしまうのは簡単だが、たぶん…少なくとも錆兎が今そう思っているのは嘘じゃない。
幼い頃から自分のために生きるのが許されなかった錆兎が唯一自分のために望んだのが義勇なんだと言われれば、あの最終戦別の時のことが思い出された。
確かに食われた参加者、怪我をした参加者も多数いたはずなのに、大勢の参加者の中で錆兎はまっすぐ義勇を見つけ出して寄り添ってくれた。
そこに特別な感情が全くなかったなんて、自己評価が地の底まで低い義勇でさえも思えない。
どうしても死にたいなら自分も死ぬ。
お前のためじゃない…俺の意志だ。
お前を失くして1人で生きる道を歩くなら、俺はお前と一緒に死出の道を歩きたい。
とまで言われたら、それでなくても手を伸ばしたくて仕方がない義勇にはそんなの嘘だなんて突っぱねることはできなかった。
──頼むから…俺とずっと一緒に生きるために番になってくれ……
そう言われて、それでもなお、錆兎の人生を潰してしまうことと己の気持ちの間で揺れ動いている義勇に、錆兎は、わかった、こうしよう、と口にする。
「全ては神様のせいだ」
と、唐突に出てくる言葉に
「かみ…さ…ま?」
と、義勇が目を丸くすると、錆兎は頷いた。
「そう、もし俺と義勇が共に生きることで何か不都合なことがあるなら、それは神様のせいだから仕方ないんだ」
「…なんで?」
「だって義勇は俺の運命の番だから。
神様は俺と義勇が共にあるようにという運命を与えたんだから、それに文句言う奴は皆罰当たりだ。
文句は神様に言えと言ってやればいい」
なんともめちゃくちゃな言い分に思えたが、それがこの世の全ての真実だと言わんばかりに宣言する錆兎に、義勇は思わず吹き出した。
──義勇…俺の運命。誰が許さなくたって神様が許してるんだから問題ない。番になろう
そこで柔らかい笑みと共にそんなことを言われたら、今度こそ諾以外の答えなんて口にできるわけもない。
こうして口移しで注がれる薬を飲み干した義勇は翌々日には退院。
自宅に帰ってさらに1週間ほど療養してだいぶ回復した吉日…後ろの首筋にそれとわかるほどの噛み跡を残されることで、伴侶を得ることになったのである。
── 完 ──
義勇さん、良かったね。この後のことも気になるけれど、錆兎とお幸せに。
返信削除錆兎が居る限り義勇は幸せなので、互いの気持ちが確認できた時点でもう何があっても二人は幸せに生きていけると思っています😊
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