炎の城と氷の婚姻
それから数年後、並み居る求婚者に向かって 「私は国家と結婚するわっ! だから夫は国家。人間の夫は要らないの!」 と、高らかに宣言をした女王は、その言葉通り生涯夫を持たず、後継者には弟の子の 1 人を指名した。 そうしてその宣言からさらに数十年後...
「…あ~あ、アリス可哀想~。 ちょっと顔見せて褒めてやるくらいしたっていいでしょうに」 パタン…とドアが閉まると、エリザはチラリと棚とカーテンの影に視線を向けた。 そこには、女王が探しまわっていた男がハンカチを目にあてながら立っている。
エピローグ 「エリザっ!ギルは?!」 「あ~…たぶん市中に見廻りに? いくら将軍を兼ねてるからって、軍務大臣自ら行く必要はないって毎回言ってるんだけど…」
「これで晴れてほんまに名実ともに正妃やな!」 全てが終わって祝いの席。 戦いが終わってもすっかりそこが自分の指定席と認識してしまったのだろうか… ギルベルトの腕にしっかりとだかれた赤子と愛妻を両側に、ご機嫌で杯を重ねる国王、アントーニョ。
つまり…ギルベルトがここに戻ったのは、死ぬ前に最期の挨拶がてら、アントーニョに覚悟を促しにきたということなのだろう。 おそらくギルベルトが戦死した時点でこちらとエリザに連絡が行き、その時点でエリザがどうにかして撤退。 アントーニョ達は退避という流れになる。 ...
──自分を敵国に差し出して、王に敵国から嫁をもらい、和解してほしい…… 愛妻から出たその言葉は、本当にあり得ない提案だった。
今、この王城はわずかな護衛にのみ守られていた 。 その他の兵はギルベルトとエリザが率いて、それぞれ緑の国の攻略と雲の国の抑えに赴いている。
──産まれたんっ?!! どこか活気の失せた王城の一室… 薄暗い城の最奥の寝室で、赤ん坊の泣き声小さく響いた。 そのか細い声を耳聡く拾って、赤ん坊の父親である太陽の国の王は、在りし日よりはやや痩せた感のある顔をあげ、祈るように重ねていた両の手を開いて、寝室のドア...
普段は他人の気持ちなどあまり解さないアントーニョではあるが、さすがに申し訳ない気になって言葉に詰まると、ギルベルトはそんな内心も察して小さく首を横に振った。
Side アントーニョⅠ 「俺様は第一に国を守る騎士で…第二にお前の幼馴染で親友だ。 確かに国のためにお前の人生犠牲にしてるけど…お前にだけ犠牲にさせるつもりはねえ。 俺様の人生であがなえるならあがなってやるから。 お前はお前の人生を第一に優先してもいいけ...
バイルシュミット家自体は騎士の家系だが、母方は修道会に縁の深い家系だ。 だからギルベルトは父の影響で鍛錬を、母の影響で祈りを欠かさず生きて来た。 それが幸いした…というわけでもないだろうが、今回様々な状況が…そして偶然がギルベルトに味方したように思う。
Side ギルベルト (俺様も…ロクな死に方できねえな……) 悲鳴をあげて引きずられて行く貴族の令嬢を見送って、ギルベルトは片手で顔を覆って天井を仰いだ。
──国母に害を為すのは反逆罪に値する。国家転覆罪でグラッド公を拘束しろ。 ──はっ!承知いたしましたっ!! 敬礼して出て行こうとする兵にマルガリータは驚いてギルベルトに詰め寄った。
こうしてマルガリータが想像していたものと色々が違う現実を決定づけたのは、バイルシュミット将軍の執務室に辿りついた時に、彼が当たり前に立ちあがって彼女を迎える事もなく、そしててっきり案内役と思っていた兵士達がそのまま下がる事なく、彼女の左右と後ろを囲むように立ち続けていた事だ。 ...
Side マルガリータ それは突然にして異例な事であった。 本来は国王以外の男は入れない後宮に医師として出入りしている国王の側近、ギルベルト・バイルシュミット将軍が謁見を申し込んできたのだ。
絶望しそうになったが、いや、まだだ…と思う。 相手が自分を信じなくなったからと言って全てを投げ出して良い訳ではない。 もしゾフィーが言った事が真実なら…少なくとも打つ手はある。 国を救ってアントーニョの気持ちを救って……その途中で自分は力尽きるかもしれないが…目的の...
そこはシン…と静まり返った空間で、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら愛妻が横たわる側に寄り添っていた王は「アーティのこと頼むわ…」と、医師に告げるとゆっくりと立ち上がる。 そして 「…話がある。」 と、リビングの方を指差した。
SideギルベルトⅢ ――申し上げますっ!正妃様が自害されましたっ!! 飛び込んできた使者の言葉が一瞬理解できなかった…。
「ちゃうねんで? 確かに自分を娶ったのは子を産まないっちゅう前提やったけど… 惚れてもうたら相手との子ぉが嬉しくないわけないやん。
心の痛みというものは身体の痛みを軽く凌駕するものらしい。 王となる前は当たり前に戦場に出ていたアントーニョの身体には大小多くの傷跡があるが、どうしてそこまで残っているかというと、傷を受けてなおそれを長く放置して戦い続けて処置が遅れたのが大きな要因の一つだった。