炎の城と氷の婚姻_第五章_2

今、この王城はわずかな護衛にのみ守られていた

その他の兵はギルベルトとエリザが率いて、それぞれ緑の国の攻略と雲の国の抑えに赴いている。

兵を2分、しかも自国と同等の国力を持つ雲の国の抑えに大多数の兵力を裂かざるを得ないため、緑の国の攻略はほぼバイルシュミット家の私兵とギルベルト直属の国兵のみになり、難航していて、最悪エリザかギルベルト、どちらかが落ちたら、王城を脱出、雲の国とは反対側の隣国に近い、エリザの実家、ヘーデルバーリ家の領地に避難するように言われていた。

そんな切迫した渦中にいる事を何かで感じているのだろうか…

アントーニョの腕の中の赤ん坊は、ぴえぇぇとか細い泣き声をあげ続ける。

──…陛下……

赤ん坊とアントーニョの気配を感じたのだろう。

どうやら色々な処置が終わって落ちついたらしい愛妻が呼ぶ声に、アントーニョは衝立の中に入っていった。


処置を終えて最後に汚れものをまとめたゾフィーがお辞儀をして衝立の外へと出て行く。
その後方のベッドにアントーニョの愛妻はいた。

元々細い方ではあったが、今回の諸々で随分とおもやつれをした…と、思う。

産まれたばかりの赤ん坊と夫婦の、家族水入らずの初対面。

本来ならとても喜ばしくも感動的なはずのそれを、どこか薄幸そうな空気の増した愛妻と泣き続ける赤ん坊、そして現在の状況が、ひどく悲劇的な何かのように感じさせた。



そんな重い空気を振り切るように、アントーニョは笑う。

「アーティにそっくりな女の子やで?
めっちゃ可愛え」

そして、よしよしと少し揺すってやるが泣きやまない娘に向かって手を伸ばす愛妻に赤ん坊を渡すと、ベッドの端に座って少年の細い手にだかれた赤ん坊の顔を並んで覗き込んだ。


初めて赤子をだくはずなのに妙に慣れた様子でアーサーが寝巻を肌蹴て赤ん坊をそこに引き寄せれば、全く泣きやむ事ないまま、小さな唇で少年の膨らみのない胸に吸いついて、ンクンク乳を吸う我が子。

その愛妻と愛娘の様子を愛おしいと思うと同時に、そんな2人を守れないふがいなさにアントーニョは唇を噛みしめた。

城門のあたりが騒々しい。
ここからは確認できないが、あるいは戦場のギルベルトから退避するようにという使者かもしれない。

子を生んだばかりで疲れているアーサーには可哀想だが、それでも陣痛の最中でなくて良かったと思う。

アントーニョが王になるきっかけとなった前王である異母兄が国を捨てて逃げ出した時はアントーニョがこの城を守ったのだが、今回は自分もここを捨てて逃げるのか…

そうなればもう王城は落ちたも同然。
国も建て直すのは困難になる。

そう思えば苦労してここまでやってきただけに複雑な思いもよぎるが、今は妻子の安全が第一だ。

そんな事を漠然と思っていると、アーサーも戦地からの使者の到着には気付いたらしい。
少し身を硬くして、それから赤ん坊をぎゅっとだきしめると、その後、腕の中の小さな愛娘をアントーニョの腕に戻した。

そしてどこか思い詰めた顔でアントーニョを見あげて言った。

「この子は死産と言う事でこっそりベルかエリザに託して、俺を雲の国に引き渡して……陛下は雲の国と和平を結んで雲の国から妃をもらって欲しい…。
そうすればきっと皆が助かると思う…」




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