どこか活気の失せた王城の一室…
薄暗い城の最奥の寝室で、赤ん坊の泣き声小さく響いた。
そのか細い声を耳聡く拾って、赤ん坊の父親である太陽の国の王は、在りし日よりはやや痩せた感のある顔をあげ、祈るように重ねていた両の手を開いて、寝室のドアに飛び付いた。
そしてそこに広がる光景にふらりと倒れかかって、
「邪魔っ!倒れるならリビングに帰っといて下さいっ!!」
と、普通に市井で暮らしていたところを来てもらった乳兄弟のベルに容赦ない言葉を浴びせかけられて、なんとかそのまま踏みとどまった。
目の前に広がるのは血…
戦場ではとにかくとして、アントーニョは室内では普通にそんな出血をみたことがなく、それが愛妻からでたものであると考えると、恐ろしくなった。
「…アーティ……大丈夫…なん?」
また叱咤されるのを覚悟で震える声でベルに聞くと、彼女の方は地元の村でも出産を手伝った事があるため、初めてではないらしい。
小さく息を吐きだして
「初産としては、まあ普通やと思いますよ?
陣痛始まってから生まれるまでも特別長くはないし、出血も特別多くはないし。
母子共に問題ない程度には元気だし?」
と、淡々と語る。
出血…多くはないのか?
問題ない?この惨状って普通に問題ないものなのか??
目をぱちくりとするアントーニョに、ベルは今度は吹きだした。
「なんて顔してはるんですっ。
すっごい強い国王陛下やって言うのに、出産でなんの役にも立たない男の代表格みたいですやん。
ちょっと待っててください。
今、そっちのついたてのとこで先生が正妃様の方の処置してはるから、赤ん坊洗っちゃったら母子ご対面やし、抱っこさせてあげますさかい。
それまで邪魔せんといて下さい」
そんな風に言いつつ、身につけた白衣を腕まくりした手の中には赤ん坊。
産まれたてなのに、母親と同じ綺麗な小麦色の髪がしっかり生えているのがわかる。
「…アーティに似とる…。
可愛えなぁ…」
と、とりあえず愛妻の無事を告げられて注意を向けた赤ん坊は、ありえないくらい愛らしかった。
ああ…親分の子ぉや……
思えば国内の貴族不信になった一番の原因は、火遊びの結果とはいえ、産まれてもいない我が子を殺された事である。
何人が犠牲になったのか…アントーニョ自身もわからないが、紛れもなく初めてその手に抱く我が子…。
ベルが産湯につかわせて産着に包んで渡してくれるのを、おそるおそる抱く。
小さい。
ふにゃふにゃと柔らかい。
アーサーに初めて会った時もそう思ったが、当たり前だがそれ以上だ。
可愛い…愛おしい……
悲しいわけでもないのに何かがこみ上げて来て、涙が出た。
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