王となる前は当たり前に戦場に出ていたアントーニョの身体には大小多くの傷跡があるが、どうしてそこまで残っているかというと、傷を受けてなおそれを長く放置して戦い続けて処置が遅れたのが大きな要因の一つだった。
将軍の息子で同じく幼い頃から戦場に出ていたギルベルトですら悲鳴をあげたほどのひどい傷を負っていても普通に戦っていたアントーニョは、おそらく痛みにかなり強いらしい。
そんなアントーニョが、今痛みにのた打ち回っている。
自身の身体には小さな傷一つ無い。
傷ついたのは大切な大切な愛妻だ。
医師に言わせると自分で自分を刺した愛妻は幸いにして身体が弱っていたせいで力が入らず、深く刺すことは出来なかったらしい。
しかし一方で身体が弱っていたことが災いして、小さな傷ですら弱りきった身体から体力を奪い、死に至らしめる可能性もあるとのことだ。
「…アーティ……なんで?…なんでなん?」
血の気のなくなった頬をそっと手でなでながら、アントーニョは繰り返す。
確かに自分と家族になることを望んでくれたから身篭ったのではなかったのか?
アントーニョは妻子を守るためなら何を捨てても構わないと思っていたが、その気持ちが伝わっていなかったのか…
…王…ごめん……
顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら泣き続けていると、小さな小さな声がした。
大切な…この世で唯一一番大切な愛妻の声。
一つ一つの言葉が生死をわけるのかもしれない…
あるいはこの世で交わせる残り少ない言葉になるのかもしれない…
普段はあまり考えずに行動し、考えずに物を言うアントーニョにしては珍しくそんな事を思って、今言うべき言葉を慎重に選ぶ。
…子ども…出来たんやって…。今自分ん中には親分と自分の子ぉがおるんやで?
と、結局、今日ここに来て一番に伝えようと思っていた言葉を口にすると、普通ではありえない事にさぞや驚くと思ったアーサーは特に驚いた様子もなく、ただ悲しそうに微笑んだ。
…やっぱり…そうなのか…。
…知ってたん??
…ん…母方がそういう一族だって聞いた事がある……今回は半信半疑だったけど……
知っていたなら何故?!
まずそんな言葉が脳裏に浮かび、次に最初にアーサーが持っていた誤解について思い出した。
自分が渋々結婚して、手を煩わせられたくないと思っていると信じていた愛妻は、以前体の不調を頑なに隠していて死にかけたことがある。
もしかして今回もかっ?!
一応アーサーを娶ったのは少年で子を産まないからという前提であったのは確かだ。
それが念頭にあって子を身篭ったことでこんな行動に走ったのか?
そう思えばなんだかしっくりと納得できる気がして、アントーニョは泣きそうになった。
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