炎の城と氷の婚姻_第三章_17

執務室からダッシュで後宮に駆け込み、丁度午後のお茶の用意をしている香りに釣られて食堂へと顔を出す。

正妃用にと用意されたケーキとクッキー。

そういえばよくもどしていたのは、あれはお腹に子がいたからか…と思いあたり、そういう時に良いと聞いていたのを思い出して、それに酸味のあるフルーツを添えるように指示すると、山のようなフルーツが用意される。

しかしそれを切り分ける時間も惜しいので、自分が剥くからとそれをそのまま籠に入れさせ、ナイフを用意させると、それらを全部ワゴンに乗せて自ら押していった。



なにやら忙しそうにしているギルベルトには申しわけないが、今日一日は断固として後宮に詰めさせてもらおう。

なにしろ子どもが出来たのだ。

アーサー自身も知らないということだから、自分の口から伝えなければ。

喜ぶだろうか…。

いや、喜ばないはずはないだろう。

医師の話だと本人が望まなければ身篭らないという事だから。

まあそれでも色々不安なことはあるだろうから、それはゆっくり話を聞いてやって、何もかも全面的に自分が責任を取るしアーサーと子どもの事は絶対に守るから安心するようにと言ってやるのだ。


貴族達はうるさいだろうが、あまりにうるさいようなら国王なんて辞めたって構わない。

もともとなりたくてなったわけじゃないのだ。王位なんて欲しい奴にくれてやる。


腕には覚えがあるから子が生まれて落ち着くまではギルベルトの家にでも身を寄せさせてもらって、その後は傭兵でもなんでもやったっていい。

自分と妻子が暮らしていける程度の生活を確保できれば別にいいのだ。


まあ…アントーニョがそれで良くてもギルベルトはそんなことは許してくれないだろうし、許さない限りは貴族達の方をなんとかするのだろうが…


そんなことを考えながら離宮の門をくぐり、リビングにいないのでまた具合が悪くて寝ているのだろうか…と、ワゴンを押して寝室に入った瞬間、ふわりとバルコニーに続くドアのカーテンが揺れた。


吹き抜けるかすかな風の気配にそちらに視線を向けると、今にも消え入りそうな風情の愛妻が視界に飛び込んできて、アントーニョはあわてて駆け寄った。


思わず手を回した背は特に冷たくも熱くもなく、熱はなさそうだが、顔から完全に血の気が失せている。

食べてないから貧血を起こしているのだろうか…。


「ちょっ、寝ときっ!!顔真っ青やっ!!」

と、その頼りない細く小さな身体をだき寄せてベッドに誘導して寝かせると、アントーニョはおそらくもう後宮内の待機室に戻っているであろう医師を呼び寄せるために一旦リビングへと戻った。


「ちょおアーティ顔色悪いから見たってっ!」

と、リビングの向こうへと声をかけ返事と共に医師がこちらに来る気配を確認するとすぐ、アントーニョは再度寝室の扉を開け…そしてそこで信じられない光景を見て絶叫した。


血に染まった真っ白な長衣…

床に崩れ落ちた小さな身体…


ショックが大きすぎると、身体が活動するのを全力で拒否するのだと、アントーニョは歩くどころか立つことすら出来なくなった足によって初めて知った。


助けないと…守らないと…と言う事をきかない足の代わりに手で這うように近づこうとするが、距離が全く縮まらない。

涙で視界が遮られ、言葉は嗚咽に飲み込まれる。


寝室に飛び込んできた医師はそんなアントーニョに駆け寄るが、


――アーティ…おねが……っ…たすけ……っ…アーティ……

と、まるで会話にならないアントーニョの声にから意思を汲み取ってくれたらしく


「大急ぎでギルベルト閣下をっ!」

とゾフィーに指示すると、即アーサーの方へと駆け寄った。



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