(俺様も…ロクな死に方できねえな……)
悲鳴をあげて引きずられて行く貴族の令嬢を見送って、ギルベルトは片手で顔を覆って天井を仰いだ。
唾棄すべき正統性のかけらもないドロドロと汚い政争に無実の若い娘を巻き込んだ。
それでも自分がやらねばならないのだ。
泥は誰かが被らなければならない。
そしてそれをこの国の神輿である王に被らせるわけにもいかないのだから、仕方がない。
そう、落ち込んでいる場合ではない。
全てはこれからだ。
ここで速やかにグラッド公を確保できなければ、国も、アントーニョの幸せも、何もかも色々が終わってしまう。
絶対に失敗は出来ない。
とりあえずグラッド公の娘であるマルガリータは目立たぬように確保した上で信頼できる部下に託して公の手の及ばない城外に連れ出させ、軍の一部の者しか知らない牢に幽閉するよう命じておいたので、自分は武装してグラッド公討伐部隊を率いる。
現場は久々だ。
これが他国との普通の戦なら、心躍るところなのだが、政争のための自国内での戦いとなると、気は重い。
だが、それを兵士に悟らせてはならない。
飽くまでこれは、王が本来は正統な跡取りであるにも関わらず王位を略奪された神聖な森の民の正妃に英傑と認められて奇跡の子を授かったにも関わらず、敵国である雲の国に通じて、それを抹殺しようとした反逆者の一族の討伐だ。
英傑である王、それに敵対する反逆者の討伐、それを強調して兵の士気を盛り上げつつ、相手が反撃の準備をする間を与えないように速やかに動く。
おそらくガチで戦えば兵力差で負ける。
それと同時にちょうど片が大方つきそうな時間帯に着くように、国の第二勢力であるウルニア公にグラッド公の反逆と王への協力を求める使者を送る。
これは別にグラッド公制圧の協力を期待しての事ではない。
それならもっと早いタイミングで送る。
むしろ制圧中は間に合わないように…そんなタイミングで送ったのは、万が一にも向こう側に寝返られないためだ。
公に求めているのは、グラッド公制圧後のためだ。
形だけでも反逆者制圧に協力した…そんな功績を与えてやってウルニア公を持ち上げる事で、公をこちら側に引きこみ、王家vs貴族という構図になる事を避ける事が目的である。
幸いな事に公の実子には娘はなく、親族の娘を養女にして形ばかり側室として後宮に入れてはいるが、実子は若い息子達のみ。
これをそれぞれ要職につけてやれば、問題なく味方につけられるだろう。
もちろん…自分がグラッド公を制圧できた前提ではあるが……
できなければ逆に自分の方が王の側室を勝手に処分した反逆者だ。
それだけならまだいいが、アーサーは国に返されるか殺されるか…そしてアントーニョの自由はほぼなくなるだろう。
領内から集めれば、とんでもない数の私兵を動かせる大貴族。
それに対峙する自分が個人で動かせる兵は10分の1以下。
気づかれて早馬でも送られて兵を集められれば終わる。
──味方は時間のみ…でも負けられねえ……
痛む胃に気づかないふりをしながら、ギルベルトはひたすらに馬を走らせる。
自分と自分の父が国のために政争のただなかに引きずり込んでしまった幼馴染のために…
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