炎の城と氷の婚姻_第四章_5

バイルシュミット家自体は騎士の家系だが、母方は修道会に縁の深い家系だ。
だからギルベルトは父の影響で鍛錬を、母の影響で祈りを欠かさず生きて来た。

それが幸いした…というわけでもないだろうが、今回様々な状況が…そして偶然がギルベルトに味方したように思う。


まず大前提として、ギルベルト自身は現王の幼馴染で、国の建て直しにおおいに貢献したため、王の腹心として力を持っているように見えるが、バイルシュミット家自体は元々は大貴族というわけではない。

軍事に優れていたため軍務大臣を歴任してはいたが、貴族の中では中の中。
むしろ国軍を率いるため、自家のための私兵はそれほど多くは持たない。

大貴族達の命によって国の兵を率いて戦場を転戦する、そんな家系だ。


兄弟は弟が1人。

第二勢力であるウルニア家がそうであるように、そこそこの貴族であれば、自家に娘がいなければ養女をとってでも王に嫁がせて権力をと思うところだが、国母を排出する、そんな規模の貴族ではないので、現在のギルベルトが王に重用されたとしても、それはギルベルト一代の話で、ゆえに、大貴族達からはマークもされなければ、警戒もされていない。

大貴族達は今回のグラッド公を含めて、ギルベルトの事を単なる王と貴族の調整役と認識しているし、実際これまではそういう役割を担っていた。

ということで、貴族達はギルベルトから攻撃を受けるとは思ってもみないし、当然それに備えるような事はない。


さらに…グラッド公自身は雲の国の貴族と縁が深いため、今回の森の裏切りで風につくつもりだったらしいが、娘であるマルガリータに異を唱えられたらしい。

いわく、今回の森の裏切りを王に進言すれば、当然、森の出身の正妻は排される。
そうすれば、グラッド家は国で一番の忠臣としての立場を確固たるものに出来る上、自分が正妃になれば、国王の外戚になれる。
その方が雲の一貴族でいるよりも遥かに家が栄えるだろうと。

これはおそらくマルガリータ自身が王であるアントーニョに思い入れがあるゆえの発言ではあるのだろうが、普通に考えて一理ある。

この提案がなければ、おそらくグラッド公は雲に同調して王城に攻め入るために王城近くのこの城に軍を集めていただろうが、今は逆にこっそりと雲の国に対応するため、国境の城に私兵の多くを移していた。

ということで、相対的にこちらの本城の兵は少ない。

そして…その日は雨だった。


失敗時に王であるアントーニョを巻き込まないため、飽くまで国軍の軍装ではなく、バイルシュミット家個人の装備で武装した兵で城を取り囲んだ時、城門が普通に開かれ、なんとグラッド公本人が自身の跡取り息子と共に出迎えに出て来た。


「なにか起こったのかね?バイルシュミット将軍。
雲との間の有事かね?
援軍をということなら、森の裏切りを知った時点でこんな事もあろうかと兵のほとんどを雲との国境に待機させてある。
私か息子が同行しよう。
雲には親族がいるが、私自身は太陽の国一番の忠臣のつもりだからね」

と鷹揚に笑う。


なるほど。

雨に濡れた兵士達を見て国軍を動かせないほどの非常事態でギルベルトがとりあえずと私兵を動かしたのだと思ったらしい。

普段、権力掌握に全く関わる事のないギルベルトが自分の失脚に動くとは夢にも思っていないようで、その後、身柄を拘束しつつ容疑を口にするギルベルトの行動を、それでも彼自身の意思とは思わず、

「ウルニアだな?!奴が私の失脚を目論んで将軍にない事ない事吹き込んだんだっ!!」
と、第二勢力であるウルニア公の企みだと思ったらしい。

そう疑ったところに、援軍協力に対しては了承しつつも兵を集めるとの名目の元に様子見をするであろうと思っていたウルニア公は何故か今回に限って俊敏に動き、兵を引きつれてグラッド公の城に駆け参じたので、グラッド公の側の考えも決定的なものとなった。

後に知ったところによると、現在ウルニア家の養女として後宮に仕えているのは、ウルニア公の妻の仲の良い妹の娘で、彼女の実父が下級貴族である事を理由に、グラッド公の娘のマルガリータの侍女にずいぶんと中傷されていたので、今回の事を知ったウルニア公夫人が挙兵を強固に主張したらしい。

そんなギルベルトには知りえない事情も、彼と王家に大きな幸運をもたらせたわけである。

そして、その後のグラッド一族の残党の矛先はウルニア一族に…。

もちろんウルニア公の後ろには王家が控えているわけなので、グラッド一族は一掃されることとなった。


全て、運はギルベルトに味方をして、思ったより容易に諸々が進んだが、画策したことがたやすく進んだ事で、ギルベルトの良心はいっそう痛みを覚えた。

そのせいだろうか…。
それとも国内の混乱を制圧して気が緩んだのだろうか…

ギルベルトは生まれて初めてくらい、体調を崩して倒れる事になる。

が、この気の毒で善良な忠臣は、それでもそれをおして、今度は国外への対応に向けて動き出した。

多くの無実の犠牲を出した以上、自分が大人しくベッドの上で休んでいるわけにはいかないのだと…。



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