炎の城と氷の婚姻_第五章_5

「これで晴れてほんまに名実ともに正妃やな!」

全てが終わって祝いの席。

戦いが終わってもすっかりそこが自分の指定席と認識してしまったのだろうか…
ギルベルトの腕にしっかりとだかれた赤子と愛妻を両側に、ご機嫌で杯を重ねる国王、アントーニョ。

そう、今までは飽くまで仮の正妻だったので後宮に籠りきりだったが、正式に正妻と認められたいま、こうして王の正妃として王宮に出入りする事も許されるし、国の行事にも列席する事になる。

多くの貴族の娘達が望んだその座…

だが、アントーニョの愛妻はそれを望んではいないらしい。
宴が終了して戻った自室で少し困ったように眉を寄せ、王の腕の中、おそるおそると言った風に申し出た。

「陛下…お願いがあるのですが……」

見あげてくる淡いグリーンの瞳の愛らしさ。
酒が入っている事もあって気が大きくなっていることもあり、アントーニョは

「ああ、ええよ。なんでも聞いたるから言ってみ?」
と、腕の中の愛妻に微笑みかける。

その言葉に少しホッとしたように息を吐きだすアーサー。
そして、自分の肩を抱いているのとは逆の方のアントーニョの手をそっと取って頬をすりつけた。

「…王の事は好きだ……愛しているからアリスが産まれた。
…でも……俺は妻にはなっても正妃にはなれない…なりたくない…」

言葉を慎重に選ぶように、考え考えしながら言うアーサーの言葉に、アントーニョの顔から笑みが消える。

アリス…というのは、言うまでもなく、太陽の国を救った一番の功労者、2人の間に産まれた森の民の娘だ。

信じられない…そんな顔でそろそろと自分を見下ろす王の視線から逃げるように、頬にあてた王の手に視線を落とすアーサー。

「…それ…は……親分の妻になるんが嫌…っちゅうことなん?」

ひどく傷ついたような声音。
かすれた声でそう問いかける王に、アーサーはゆっくりと首を横に振った。

「そうじゃなくて……」
「そうやなくて?」

どこか焦ったような焦燥感をにじませたような王の様子に、アーサーはゆっくりと顔をあげて王の瞳を捉える。

「王個人の妻にはなれても、国王の配偶者と言う職業にはつきたくない…ということです。
だから…職業としての王妃が必要なら、誰かそれにふさわしい人をつけて欲しい。
その上で許されるなら俺はここにいるから…
王が会いたいと思った時にだけ訊ねてくれればいい…」

「つまりは…個人としてのアントーニョの妻にはなりたいけど、国王の妃という職業につきたいとは思わないっちゅうことか?」

アーサーは自分の言葉の意味が正しく伝わった事にホッとしてこっくりと頷くと、それを見たアントーニョはやっぱりホッとしたように…むしろ嬉しそうに微笑んだ。

「アーティは国王やなくても親分の事選んでくれるっちゅうことやね」

そう言ってぎゅうぎゅうと愛妻をだきしめる国王に、アーサーは驚いて目を白黒させる。

「いい…んですか?」

「もちろんやでっ!
親分かて好きで国王になったわけやないし?
ええやん。ほんならアリスが3歳になって、ええよ、いややが言えるようになって、自分の名前が書けるようになったら、親分は王位をアリスに譲って引退するわ」

「はあ???」

何故そうなる?とすっとんきょうな声をあげるアーサー。
だがその驚きは気にすることなく、アントーニョは良い事を思いついたとばかりに話を進めた。

「王の親が院として補佐しつつ成人待つっちゅうこともなくはないし、ちょうどあの子はギルちゃんに懐いとるからな。
これまでかて国の事で面倒なもんは全部ギルちゃんがやっとって、親分はほとんどサインするだけやったから、国としてはなんも変わらへんよ。
国王やなかったら側室持たなあかんこともないし?
国王が女の子やったら、各国も貴族達も戦ったり反したりするより、取り込もうとするから物理的には平和になるやろしな」

言われてみればそうなのだが…それでは……

「でもアリスは…それでは大変な事に……」

親としては当然娘の事は心配だ。
しかしそれもアントーニョは笑顔で断言する。

「ギルちゃんがおったら、なんとかするわ。
アリスのところに面倒な諸々が届く前に、ギルちゃんがシャットするから大丈夫やで!!
親分の時もそうやったからっ!!」

アントーニョの脳内はすでに面倒な国王としての立場を放り投げて、今いる側室達を国元に返したあと庭を広く改造した後宮で愛妻と送る楽しい園芸生活でいっぱいになっている。

この位置にいれば国王になった娘にもすぐに会えるし困ったら助けてもやれる。

そう、面倒な事を今まで通りギルベルトが全て引っ被ってくれれば万事解決、ウェルカム楽園生活!である。


そして…非常に思い込みが強い王がこうと思ってしまったら、もう事態は止まらない。

宰相という身分は、飽くまで自分は非常時には剣であり盾であるべき武人だというギルベルトが断固として拒否したため、もう一人の信頼できる幼馴染であるエリザをつけ、ギルベルトを王直近の近衛隊長に任命して周りを固め、アリスが3歳の誕生日を迎えたその日、太陽の国の国王であるアントーニョは娘にその座を譲って、まだまだ若い身でその短い国王生活にピリオドを打ったのである。



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