kmt 影は常にお前と共に
確認するまでもなく宍色の髪の赤子が男で、黒髪が女。 ──鱗滝さんの左近次にちなんで、男なら右近と名付けたいと思っていたのだが、どうだ? と、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべて言う錆兎に、義勇が異論などあるはずもない。 それが尊敬すべき師匠にちなんだ名なのだから、なおさらだ。
次に意識が戻ったのは、頬を撫でる優しい手の感触を感じたときだった。 その手の感触を義勇はとても良く知っている。
「さ~びと、林檎すりおろしておいたよ。義勇は?」 「…ああ、真菰。ありがとう、助かる。だが今寝てる」
──義勇…少しでも良いから食え。なんでも良いから… と、錆兎が言うのに、義勇は力なく首を横にふる。
──さ…錆兎……や…やだ… 義勇は泣きながら首を横に振った。
最後の甘みの食器は翌朝片付けに来ると言っていたからそのままにして、義勇の手をとって隣の部屋のふすまを開けた。 行灯だけの薄暗い部屋に敷かれた2組の布団。 余裕なく荷物を漁って真菰に持たされた小瓶を取り出す。
錆兎が待っていても、義勇は飽くまでちまちまと美味しそうに甘みを頬張っている。 それでもいずれはなくなるもので、最後の一切れをごくんと飲み込んで、食後の煎茶を飲み干すと、義勇は改めて隣の錆兎の方を向き直った。
料理は色々な意味で素晴らしかった。 まず最初に思ったのは …素晴らしく綺麗で…素晴らしく美味く…そして素晴らしく少ない。
町中はそうやって2人並んでゆっくり歩いたが、なにぶん取れる休みには限りがある。 だから人の目のない街道などでは、錆兎は義勇を抱えて走った。
出発はその3日後であった。 何故それだけ時間を置いたかと言えば…女性用の着物の着付けの仕方、化粧法、髪の結い方などを錆兎が蝶屋敷に通ってマスターしていたからにほかならない。
こうしてお館様の午前を辞すると、拝謁するまでは貼り付けたようだった胡蝶の笑顔が、実に楽しそうなそれに変わった。
「話は聞いたよ。今…義勇が単体で動くのは目立ちすぎるかもね」 よく来たねとあいも変わらず優しい笑顔で言うお館様からの次の言葉は、まあ錆兎としては予想の範囲と言えば予想の範囲内であったものの、すっかり錆兎と一緒に行くつもりでいた義勇は、その言葉に目をうるませる。
そんなこんなで鴉で連絡をいれたあと、産屋敷邸を訪れた4人。 だが、通されたいつもの待合室には、何故か先客がいる。
それは昨日のことであった。 煉獄達がお館様に打診していた、鬼舞辻の企みが判明するまでは、胡蝶、甘露寺、そして義勇は極力出動させないという提案にお館様からの許可がでたことが、直接のきっかけである。
「…なんでこの格好なんだ?……」 濃い紺色の地に白の花の模様が散った総柄小紋。 それに体型を隠すためにやや大きめの薄紫の羽織をはおって、目をぱちくりする冨岡義勇。
柱合会議後の産屋敷邸の一室。 そこには【柱】全員が悠々囲めるくらいの、大きな円卓がある。 普段、時間に寄ってはそこで食事が出たりするのだが、今日は午後からということで、目の前に並ぶのは菓子とお茶。
言葉が足りなくて誤解されやすいのが冨岡義勇だとしたら、言葉選びで誤解されるのが不死川実弥だ。
宇髄が言った通り、部屋を出るまで2分。 石庭についてきちんと並ぶまで3分。 5分前には全員膝をついてお館様をお待ちしている。 さすが【柱】。 見事なまでの切り替えの速さだ。 こうして全員が揃って5分後に、左右に瓜二つの娘たちを従えて、お館様こと産屋敷耀哉が奥から姿を現した。
あまりに幸せな当たり前の日常に、まるで夢の中にいるように心がふわふわする。 柱合会議を行う産屋敷の館の門を通り過ぎてもなお、全く現実感が湧いてこない。 しかし、そんな義勇の幸せにはすぐ影がさすことになる。
朝…そろそろ町に人がちらほらと姿を現す頃…錆兎は義勇の手をしっかり握って町外れの屋敷を目指していた。 【影柱】となった5年前。 館を用意してもらえると聞いて、多少不便でも良い。特に立派でなくても良い。 ただ、大勢人が住める大きな屋敷が欲しいと希望して用意してもらった家だ。 理由は...