影は常にお前と共に_22

こうしてお館様の午前を辞すると、拝謁するまでは貼り付けたようだった胡蝶の笑顔が、実に楽しそうなそれに変わった。

「さあ、では善は急げです!
錆兎さんと冨岡さんが送ってくださるなら、悲鳴嶼さんを待たずに帰っても大丈夫ですよね?
私、お二人と帰らせていただきますので、不死川さん、悲鳴嶼さんにそうお伝え下さいな」

有無を言わさぬ妹力に、使いっぱかよ…と、それでもブツブツ言っては見たが、

「なんです?」
と、迫力の笑顔で返されて、し、しかたねえなと、了承する不死川。

「さぁ~行きましょうっ!着替えましょうっ!」
と、普段たおやかに見せている仮面が剥げかけて、歌いださんばかりの胡蝶に、錆兎は片手で顔を覆って首を振った。



その後向かった蝶屋敷では、胡蝶から事情を聞いた乙女たちが大はしゃぎである。

上から下への大騒ぎで館中の着物をかき集めたのではないだろうかと思われるほどの着物の山。

それを前にはしゃぐ胡蝶に青ざめる錆兎…そして、おそらく事情を全く理解していないのだろう、ぼ~っとしている義勇。

「こちら、この柄が可愛いと思います」
「え~、私はこっちが好き」

と、色とりどりの着物を前に小鳥のさえずりのような少女たちの声が響き渡る。

善逸などが居た日には感動しそうな、傍目には愛らしい空間ではあるが、錆兎的には、その少女達の手にした薄桃色や紅の可愛らしい着物を義勇に着させるのは、あまりに酷ではないだろうか…と、気が重いばかりである。

なんというか…申し訳ない。
義勇にばかり恥をかかせるのは本当に申し訳ない。

いっそのこと自分が狭霧山行きを取りやめるのが正しいのではないだろうか…と、思い始めた頃…

「こちら…冨岡さんの瞳と同じ色合いですし、落ち着いて清楚な感じが水…という感じがしてお似合いだと思いませんか?」

と、目の前に差し出された一枚の着物。

確かに少女たちが手にしているのとはどこか色合いの違う、濃い紺の地に流れる水のような線と白い花の模様。

それは涼やかで確かに義勇に似合う気がした。


「目立たないように…ということでしたしね。
あまりに派手な色合いも、明らかにご本人に合わなくて浮くような柄も、いかがなものかと思いますしね…」
と、視線を手に持った着物に落としながら、胡蝶が小さく笑みを浮かべる。

「で?どう思います?」
と、一瞬のち見上げて聞かれて、

「ああ、良い柄だな」
と、錆兎が同意すると、胡蝶は

「錆兎さんがそうおっしゃるなら、きっとお似合いですね。
冨岡さんに着させてみましょう」

と、着物を持って義勇のところに駆け寄っていった。



そうして冒頭に戻る。

錆兎や胡蝶が思っていた通り、義勇は錆兎と一緒に行って良いということ以外は、何も聞いていなかったらしい。

それでも女性用の着物を着させられることに別に文句も言わない。
錆兎と一緒に行ける…それは彼の中で唯一重要な事柄らしい。

ただ一つだけ…お似合いですと言う胡蝶の言葉で、それを着た自分と共にでかけることが錆兎にとって嫌ではないのか…と、いう1点だけは気になったらしく、──似合うか?──と錆兎に問うたわけだが、錆兎がまっすぐ視線を向けて、ただ、──とても──と、一言答えると満足したらしい。

──ならいい…──
と満足げに頷いた。










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