宇髄が言った通り、部屋を出るまで2分。
石庭についてきちんと並ぶまで3分。
5分前には全員膝をついてお館様をお待ちしている。
さすが【柱】。
見事なまでの切り替えの速さだ。
こうして全員が揃って5分後に、左右に瓜二つの娘たちを従えて、お館様こと産屋敷耀哉が奥から姿を現した。
ふんわりと慈しみに満ちた柔らかい声。
心を温かい心地の良いもので包まれるような感覚。
それまで不安がグルグルと渦巻いていた義勇ですら、どこか安心感に満たされて、自然にお館様のいる館に向かって頭をさげていた。
「お館様に置かれましてもご壮健で何よりです。
ますますのご多幸を切にお祈り申し上げます」
と、このところいつもそうであるように、不死川がまず挨拶の口上を述べる。
それに産屋敷は笑顔で礼を言い、そしてにこやかな顔で
「今日はね、みんなに重要な話が2件あるんだ」
と、切り出した。
ざわつく【柱】達。
そのうちのほとんどは、義勇の様子がいつもと違うのは血鬼術で子ども返りをしているのだという宇髄の説を信じているものだから、やや不安げな面持ちになる。
そんな彼らに産屋敷は
「あのね、一つは別に特に悪い知らせではないんだ。
単に事務方の引き継ぎの不備でね、皆に大切なことを知らせそびれていたことがわかっただけで」
と、苦笑した。
「大切なこと…でございますか?」
と、聞き返したのは悲鳴嶼。
それに、うん。と、頷いて、産屋敷は話し始めた。
「実はね、情報は大事なのだけれど、どこの人間かがはっきりしすぎてしまうと得られない情報もあるからね。
鬼殺隊にもなるべく目立たないように行動する隠密部隊があるんだ。
彼らは”影”と呼ばれる完全に独立した部隊でね、隊服も別。
諜報活動のために選別試験前に入ってもらうことを打診して、試験中にそれとわからないように離脱してもらっている。
つまり…試験前にはもう、それを通過できる事がわかるくらい優秀な子達なんだ。
それで色々な情報を集めてもらったりだけじゃなくて、本隊を送る前の先鋒的な役割を果たしてもらうこともある。
まあ…一番危険な部分を請け負う精鋭諜報部隊と思ってくれていい。
でね、ここまではまあ知らないでもいいんだけど、知っておいてもらいたいのは、その過酷な状況で生き残った一番優秀な子たちは、【影柱】って呼ばれてて、君たち【柱】と同じ人数いること。
それで、実は君たちが不慮の事故とかで事故死したりしないよう、影から護衛してくれているんだ」
「ええ~!!」
と、それにまず声をあげたのは甘露寺だ。
「あのっ、あのっ、私の【影柱】さんて、男性ですか?
素敵な方ですか?」
と、頬に手を当てて聞く甘露寺に、複雑な目を向ける伊黒。
「うん。とても優秀な子だよ」
と、その甘露寺の問いには微妙にそれた答えを返す産屋敷。
「え~!会いたい~!会えないんですか?」
と、さらにそういう甘露寺に、今回の話はそれなんだけど…と、産屋敷は話を戻した。
「この【影柱】なんだけどね、【柱】と協調して活動するか、完全に”影”として活動するかは本人の意思に任せるはずなんだけど、なんだか引き継ぎがうまく出来てなくて、彼ら自身は絶対に顔出しをしてはいけないと思ってたみたいなんだよね。
だからそのことが判明した昨日、姿を見せるか否かの判断は飽くまで彼らの方に決定権があるんだよって伝えた上で、全【影柱】に希望を聞いてみたんだ。
それで今の時点では顔出しの意思があるのは水の【影柱】だけなんだけど、どうしても共闘したいとか、顔を見せてくれるよう説得をしたいとか言う希望があれば、こちらに手紙を書いてくれれば彼らに言付けるからね」
「質問、よろしいでしょうか?」
「うん、いいよ、実弥」
一通りの説明が終わったところで、不死川が顔を上げた。
「その【影柱】…とやらは、外していただくわけには?」
「う~ん、どうして?」
「……いることでやりにくくなる…ということもあるかと…」
少し言いにくそうに不死川が言うと、
「絶対に足手まといにならないか実力を知りたい…ってことかな?」
と、産屋敷はそれに不快な様子もみせずに、いいにくいことをあえて笑顔でズバっと言った。
「いいよ。風の【影柱】はあいにく今の時点では顔見せを望んでないけど、水の【影柱】と手合わせをしてみるかい?
そうだね…実弥とあと一人…しのぶの2人で行ってみようか」
その言葉にざわつく柱達。
「はい。それでは僭越ながら…。
不死川さんと私、どちらが先に参りましょうか?」
指名されて、しのぶがすぅっと立ち上がる。
先程泣いていた子どものような様子は微塵もない。
今の彼女は蟲の呼吸を極めた者、【蟲柱】の顔でそこに立つ。
「あ~、いい出したのは俺だから、俺からでいい」
と、そこで先鋒を申し出る不死川だが、それに産屋敷はやんわりと指摘した。
「実弥、しのぶ、私はさきほど、君たち2人でって言ったんだよ?
順序はない。
実弥としのぶ2人対、水の【影柱】の試合ということだ。
それをこなせないようでは、【柱】を守れる力があるって納得できないだろう?」
その産屋敷の言葉にその場にいた全員が青ざめる。
そして思わず飛び出しそうになる義勇を、しかし煉獄が制した。
──お館様がああおっしゃるということは、絶対に大丈夫だと確信があるということだ。
そう言われて義勇はぎゅっとこぶしを握りしめ、しかしその場にとどまった。
錆兎が負けるはずがない。錆兎は強い…と、泣きそうな思いでこらえる。
「じゃあ…【影柱】を呼んだら人払いを。
ここからは見ても良いのは、【柱】だけだからね」
にこやかに…しかし若干に緊張を含んだ声で言う産屋敷に頷いて、娘の1人が奥に向かう。
普段は控えている数人の隊員も全て退出して、その代わりに1人の青年を伴って、さきほど下がった娘が戻ってきた。
宍色の髪に口元から頬にかけて傷跡がある。
そして…どこか気配が薄い。
確かにそこにいるにも関わらず、注意をしなければ見逃してしまいそうな……
おそらく自分たちについての説明で呼び出されたのだろう、そう理解して、青年、錆兎はあえて”影”らしくそうしていた。
強さが読めない…そんなどこか心もとなくなるような不気味な不安感を、彼と初対面の【柱】達は感じている。
唯一面識のある煉獄は、その気配の消し方に、なるほど面白いと、感心しているのだが……
「ああ、来たね。
君たちの存在は説明した。
でね、彼らと試合をして、信用をさせてやってほしい。
特別に“全部”使っていいから…」
にこりと意味ありげに言う産屋敷に、錆兎は少し眉を寄せた。
それで彼の戸惑いを汲み取ったのだろう。
産屋敷は今度はハッキリと
「実力を全部見せないと意味がないからね。
”彼”と対峙した時以外には何があっても使ってはならない奥義も使って良いということだよ。
そのために絶対に情報を漏らさない【柱】だけを残したからね」
と、錆兎を見上げて微笑む。
それでようやくその言葉の真意を理解した錆兎は
「了解いたしました」
と、頭を下げて、石庭に降り立った。
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