あまりに幸せな当たり前の日常に、まるで夢の中にいるように心がふわふわする。
柱合会議を行う産屋敷の館の門を通り過ぎてもなお、全く現実感が湧いてこない。
しかし、そんな義勇の幸せにはすぐ影がさすことになる。
「錆兎様は別室で…」
と、言われたのだ。
なぜ?なぜ錆兎だけ??と、半ばパニックになる義勇。
だが当の錆兎は
「ん。じゃあ、あとでな」
と、当たり前に手を放す。
遠ざかっていく後ろ姿…
それにクラリとめまいがした。
それでも一度はその場にとどまろうとしたものの、はるか昔…その背を見送ったまま会えなくなったあの日を思い出して、義勇は泣きながらその後を追う。
そして
「…い…いやだっ……」
と、錆兎の羽織の裾をつかんで、うつむいた。
ピタ…と足を止めて振り向く錆兎。
泣いている義勇を見て苦笑する。
「柱合会議なのに、いきなり見覚えのない奴が【柱】の中にいたら、他が何事かと思うだろ?
だから俺はお館様の【影柱】の説明が終わってからの合流だ。
別に戦いに行くわけじゃないし、心配はいらない。
すぐまた一緒にいられるから」
頭を撫でてそう言っても、義勇は涙をこぼしながら首を横に振って、羽織を握った手を放そうとはしない。
それを無理やりふりはらって行くことも出来ず、
「…あ~…もう…しかたないな…」
と、錆兎はそんな義勇に若干困った顔をして、頭をかいた。
そして、案内の隊員に、
「わるいが…煉獄はもう来てるか?
来てたら呼んできてほしいんだが…」
と、声をかける。
その言葉に案内人は、少しお待ちくださいませと頭を下げて、すぐ待合室にむかった。
そうして呼んできてもらった煉獄は、涙をこぼして錆兎の羽織の裾を放さない義勇を見て、
「ぬう……」
と、うなる。
そして、どうみても義勇に話を聞くのは無理と、錆兎の方に視線を向けた。
「俺が義勇を置いていくのはこいつのトラウマなんだ。
つい昨日まで死んだことになってたしな。
だから、悪いんだけどな、俺が合流するまでついていてやってくれないか?」
と、その視線を受けて説明する錆兎の言葉に、昨日からの義勇を知っている煉獄は納得。
「なるほど。了解した」
と、義勇の横に立ち、
「大丈夫だ。錆兎が戻らねば俺が一緒にお館様に言いにいってやろう。
今は離れねばいつまでたっても錆兎をおおやけに認めてもらえんだろう?」
と、トントンと軽く義勇の背をなだめるように叩いて言う。
そう、彼は長男である。
どこまでも長男なので、泣く子どもの相手も慣れている。
まあ義勇は子どもではないのだが、混乱している今は同じようなものだ。
「良い子だから手を離せ。
そうだな…一刻だ。
一刻も我慢すれば錆兎もまた戻ってくる」
「…いっこく……一刻…絶対だな?」
涙目で見上げる義勇に
「うむ。それを過ぎたら俺がお館様に願い出てやろう」
と、煉獄がうなずくと、義勇はようやく渋々だが羽織を放した。
「では冨岡は責任を持って俺が預かろう。
またあとでな」
と、錆兎に言って軽く手をあげる煉獄。
その挙げた手に
「悪いな。頼んだ」
と、パン!とハイタッチしてニカっと笑うと、錆兎は
「時間を取らせて申し訳なかった。行こうか」
と、案内役の隊員に声をかけて、さらに奥へと進んでいった。
その後ろ姿をその場でじ~っと見送る義勇。
煉獄は、それを義勇が気の済むまで待ってやって、曲がり角で錆兎の姿が見えなくなってようやく義勇が前を向くと、
「では我々は【柱】の待合室だな。
と言っても庭でお館様を待つ時刻まで、もうそんなに時間はないが…」
と、さきほどの部屋の方へとうながした。
「煉獄さん、なんの御用だったんですか?」
こうして義勇を伴って戻った煉獄がガチャッとドアを開けた瞬間、そう聞いてきたのは、煉獄の下で学んでいたこともある甘露寺蜜璃。
元師匠のお出迎えをとかけ寄ってきた彼女は、あら?と目を丸くしてその場に固まった。
その甘露寺の反応に、戻ってきた煉獄に特に関心を向けることもなくそれぞれ好き勝手に過ごしていた【柱】達が部屋の入口に視線をやって、また固まる。
部屋の時間が一瞬ピタリととまったかのようだった。
「あらあらあらあら、冨岡さん、また幻覚でも見ちゃいましたっ?
あなたは妄想のお友達を作るよりも、もう少し現実の仲間に愛想よくしないと、嫌われちゃいますよ」
と、まず我に返ってふわりとそこに寄ってきたのは胡蝶しのぶだ。
可愛い顔をして言うことがキツイ少女だが、一応薬に詳しく医療関係の責任者をしていることもあって心配したのか
「それとも体調が悪い…とかです?」
と、少し背伸びをして赤い目をした義勇の額に触れようと手をのばす。
しかしながら、最初の錆兎の存在を否定するような一言が、一緒に居られるようになったところをすぐ引き離されて不安定になっている義勇の神経をひどく刺激した。
なので義勇は
「錆兎は妄想じゃないっ!」
と、そう言ってその手を払いのけると、またじわりと目に涙を浮かべる。
すると隣にいた煉獄がすぐ、義勇を後ろに隠すようにして、
「胡蝶、とりあえず今は俺が責任を持って冨岡を預かってきているのだ。
あまりいじめないでやってくれ」
と、苦笑した。
そんな彼らのやりとりで、他の【柱】が硬直からとけて、そろそろと動き出す。
「預かっている?誰からだ?」
「なぁんか、冨岡が派手に可愛いことになってねえか?
血鬼術かなんかにやられて子ども返りしてるとかか?」
「なるほど…可哀想に。こちらへ…菓子をしんぜよう」
口々に言う不死川、宇髄。
そして、どこから出したのか饅頭を差し出す悲鳴嶼。
「あ、お菓子なら私も持ってます~!
南蛮のお菓子、まどれえぬ。
とっておきだけどあげちゃうから、泣き止んでね」
と、悲鳴嶼の手の饅頭をみて、甘露寺までがカバンから綺麗な懐紙に包んだ菓子を取り出して差し出してきた。
その甘露寺の反応に、伊黒がお約束のように
「子ども返りしてるからって調子に乗るなよ?」
と、義勇を睨む。
しかしそれに対して
「ガキ相手にイキってんじゃねえよ。
ほら、飴玉なら俺も持ってるぜ」
と、なぜか不死川が割って入ってポケットから出した飴を義勇に投げてよこした。
その不死川の行動に、目を赤くして泣く義勇に対するのと同じくらいの驚きの目を向ける【柱】達。
「な、なんだよ?!」
と、それに気づいた不死川が居心地悪そうに言うと、皆の心情を代弁するような
「不死川が子どもなだめるとか、誰も思わなかったってことだ。
派手に驚いちまった」
と言う宇髄の言葉に、他がうんうんとうなずく。
「うっせ~よっ!ガキがうるさい時には食いもんだろうがっ!!
こちとら兄弟達がピーピー泣くと理不尽に怒られる長男として育ってんだ、ほっとけっ!」
と、それに不死川は顔を赤くしてそっぽを向いた。
そんな他の【柱】達のやりとりにさして興味をもつことなく、
「……血鬼術をくらってない。子どもでもない…。
………でも、これはもらっておく。錆兎と食べる」
と、義勇はグスングスンと鼻を鳴らしながら、ハンカチに饅頭とマドレーヌの包みと飴玉を丁寧にくるんで腰につけたカバンの中へ。
それを不思議生物を見る目で凝視する【柱】達。
その義勇の態度から本人の申告を誰も信じず、血鬼術を食らった自覚がないだけで実はやっぱり食らっていて子ども返りをしているのだろう…と、思っているのだが…
それでも言葉の端に疑問は残ったらしい。
「あ~とりあえず、錆兎って誰だ?」
と、宇髄が義勇からの返答は期待できないとばかりに煉獄に視線を向ける。
それに事情を知る煉獄が口を開くより早く
「冨岡さんの空想の中のお友達です」
と、しのぶが断言した。
「錆兎は空想じゃないっ!」
と、それにまた間髪入れず反応する義勇。
そして…
「…空想じゃっ…ないっっ……」
とまた泣き出すので、
「おい、ガキ相手に大人気ない態度とんなよ」
と、不死川が軽くしのぶの額をこづき、
「おら、飴食え、飴っ!」
と、もう一つ飴玉を出して半ば無理やり義勇の口に押し込む。
その間煉獄も
「大丈夫だっ!錆兎はもうすぐ来るから、泣くな冨岡。
迎えに来なければ俺が責任を持ってお館様に住所を聞いて送っていってやる」
と、頭を撫でた。
それを聞いた興味津々の宇髄の
「え?なに?やっぱ実在の人物?」
という言葉はバタバタとしている中で完全にスルーされる。
「あ、あのねっ、じゃあ、お迎えに来るまで私の家でお菓子を食べて待ってよう?」
と、駆け寄って子どもをなだめる優しいお姉さんよろしくそう言う甘露寺。
こづかれたしのぶは、軽くなので別に痛いわけではないが、状況にクルものがあったらしい。
こづかれた額を押さえ、
「…だって…だって…現実見ないとダメなんですっ……
私だって…私だって…ちゃんと姉さんの死を受け入れて……っ……」
と、ぎゅっとこぶしを握って歯を食いしばって堪えていたが、目からはポロポロ涙をこぼし始めた。
それに不死川がぎょっとして
「あ~、お前まで泣くなっ!!お前も飴玉爆弾くらいやがれっ!!」
と、また飴を出してしのぶの口にも強引に放り込む。
本当に…【柱】の待合室とは思えない阿鼻叫喚。
まるで親から離れるのを嫌がって泣く子どもがあふれる朝の保育園のようなカオスな空間の出来上がりだ。
数分ほどのち、時間を告げに来た隊員はその状態に目を丸くしたが、部屋の様子がなるべく見えないように宇髄がドアのところに立ちふさがり、
「あ~5分、いや、2分で収拾つけて、庭に行くから。
お館様がいらっしゃる5分前には全員揃ってる。心配すんな」
と、請け負って帰らせる。
実際、お館様の名は偉大だった。
「お~い!産屋敷保育園は閉園だぞ~!!お館様のお出ましまであと10分!!
泣いてるやつもあやしてるやつも、2分で身支度整えて、石庭に移動だっ!!」
の宇髄の言葉で、しのぶは涙をとめてハンカチで目元を拭き、義勇はぐいっと羽織の袖で涙を拭って口の中の飴をバリバリと噛み砕く。
他の【柱】達もそれぞれ身支度をして、そして走った。
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