朝…そろそろ町に人がちらほらと姿を現す頃…錆兎は義勇の手をしっかり握って町外れの屋敷を目指していた。
【影柱】となった5年前。
館を用意してもらえると聞いて、多少不便でも良い。特に立派でなくても良い。
ただ、大勢人が住める大きな屋敷が欲しいと希望して用意してもらった家だ。
理由は簡単。
兄弟子達と真菰、全員で暮らしたかったからである。
そしてその後は【影柱】付きの人員に空きがあれば育成所を出る。
【影柱】の館に通いやすいよう、近くに住居を構えるためだ。
もちろんちょうどよく空きがないことも多々あり、その場合はそのまま育成所でそれまでと同様に他の仕事もしながら後輩の指導にあたったりするのが通常だ。
そう、それが通常ではあるのだが別にそうせねばならぬわけではない。
錆兎の場合、せっかく一緒に育った兄弟子たちも真菰も【影柱】となった錆兎の下で働いてくれることになったのだからどうせなら一緒にと、前述のように全員で住めるよう、大きな屋敷を希望したのだ。
そうして結局、やや町の外れではあるが、産屋敷の家が用意してくれるだけあって、ずいぶんと立派な屋敷を頂いて、兄弟弟子達がみんなで住んでいる。
そこに義勇を連れて帰る事が出来る日が来る…そんなことまでは昨日まで予想もしていなかったのだけれど……
「よがっだね”えぇぇぇぇーーーー!!!!!」
こうして産屋敷邸から錆兎と義勇が帰宅して門をくぐると、真菰が顔をクシャクシャにして号泣しながら飛び出してくる。
その後ろではどこか見覚えがある面々が顔を揃えていて、皆、同様に男泣きに泣いていた。
それに少し苦笑して、錆兎がしっかりと手をつないで連れてきた義勇を振り返ると、義勇もつられたのか少し目をうるませながら、固まっている。
「おかえりっ!おかえり、ふたりともっ!!
ほら、入ってっ!!」
と、裸足で玄関先まで降りてきて、つないでない方の錆兎と義勇の手をとって中へとうながす真菰。
引っ張られて抵抗もできずに慌ただしく玄関で投げ出すように脱ぐことになった草履は、兄弟子の1人が片付けておいてくれた。
「悪いっ!」
と、後ろを振り返って詫びる錆兎に、彼は、いいから、いいから、早く行け、と、笑顔で了承するように手をあげる。
そんな風に真菰に引っ張られて長い廊下を奥へ進む途中でも、
「で?どうなったんだよ?」
「義勇連れてきたってことは、なんとかお許しいただけたのか?
それとも2人してクビか?」
などなど他の兄弟子たちは2人を取り囲んで矢継ぎ早に質問してきた。
錆兎がそれにまとめて答える形で今回の措置を伝えると、ええ~~~!!!とさすがにこれまでの苦労はなんだったのかという声があがるが、その後、
「それでもまた2人で並べるようになってよかったなぁ」
と、全員が喜んでくれる。
同じ鱗滝の弟子といっても、その手の中にいた時期があまりに違うと、当然面識のない相手もいた。
いや、”影”であった兄弟子達は一方的に義勇のことを知っていたが、義勇の方は初対面というのが正しいのか…
しかし、義勇のほうに記憶があろうとなかろうと、全員が全員
「良かった。本当に…良かったなぁ、錆兎も義勇も」
と、しみじみと言い、温かい目を向けてくれた。
そう、まるで本当の家族のように……
先輩弟子たちがこの時を迎えるためにどれだけ必死に錆兎を支えてきてくれたか、その喜び方で分かる気がする。
人見知りの激しい義勇ではあるが、さすがに胸が熱くなってきて
「錆兎を…死なせないでくれてありがとう…」
と、目をうるませて言うと、
「お前も死なないで良かったよ」
と、たくさんの手が頭に伸びてきて、ワシャワシャともみくちゃにされた。
それで狭霧山のあの温かい掘っ立て小屋での生活の記憶が蘇ってくる。
ああ…鱗滝さんにも報告しないと……
と、思ったのは義勇だけではなかったらしい。
「悪いが真菰、落ち着いたら鱗滝さんに報告に行くから、時間が出来たらすぐ発てるように3日ばかりの旅支度を用意しておいてくれ」
と、錆兎が真菰に頼んでいた。
それに割烹着の裾で涙を拭いていた真菰は、はいはい、と、立ち上がって
「でもその前に義勇の部屋だね」
と、涙でまだ頬が濡れているものの、晴れ晴れしい顔で笑う。
…え?……と、義勇が真菰に視線を向けると、真菰は当たり前に
「義勇、引っ越しの荷物とかは兄さん達が運ぶから遠慮なく言ってね」
と、義勇が越してくることがもう当たり前という風に言うので、義勇は今度は錆兎の方を振り向いた。
しかしそこで錆兎から出た言葉は
「あ~、義勇の部屋は要らないぞ」
という衝撃的なものだった。
…え??
いや、たしかに義勇自身、言われるまでは引っ越しなど考えてもいなかったのだが、自分が考えていないからといって、一緒に暮らすということを目の前で錆兎にきっぱり否定されると、ショックなんてものじゃない。
目の前が真っ暗になる。
…錆兎は俺が来ることが迷惑…なのか…?
義勇は硬直。
つぎに堪えきれずに、ぶわっと目から涙を溢れさせた。
するとそれを見るなり真菰が
「あ~~!!錆兎っ!義勇泣かした~!!だめでしょっ!!」
と、廊下にでかけていたのを慌てて戻ってきて、両手を腰にあてて頬をふくらませる。
そんな義勇と真菰の反応にきょとんとする錆兎。
それは錆兎にしては珍しく、言葉が足りないだけだったらしい。
続いて口から発せられたのは
「え?なんだよ?
だって、どうせ義勇、俺んとこ入り浸って戻らないだろうし、部屋は一緒でいいじゃないか」
と言う言葉。
それを聞くと真菰も一瞬きょとんとして、すぐ
「あ、そういうことね。それもそうだわっ」
と、カラカラと笑った。
もう錆兎も含めたこの館中の人間みんなにとって義勇がこの館に越してくること自体はやっぱり当たり前すぎるくらいに当たり前の決定事項ということらしい。
とりあえず錆兎の言葉で納得した真菰は
「そういうことだからね。義勇は泣かないでいいんだよ?」
と、いい匂いのするハンカチを義勇の目元に押し当てて、最終的に錆兎の手を取ると、それを押さえさせる。
そうしておいて、
「今夜はお祝いだよぉ~。お赤飯炊こうね。あと義勇の好物の鮭大根も作ってあげよう!」
と、機嫌よく部屋を出ていった。
…っ!!鮭大根っ!!!
その言葉に、こんな時なのにテンションが上がる義勇。
それが思い切り顔に出ていたらしく、先輩弟子たちは
「義勇、可愛いなぁ、おいっ!」
とケラケラ笑いながら寄ってたかって頭を撫で回す。
そんな兄弟子たちに錆兎が
「こいつは俺んだからっ!」
と、ぐいっと義勇の頭に手をかけて、自分の胸元にかかえこむと、
「おいおい、【影柱】様がどんだけ余裕ないんだよ」
と、今度は錆兎のほうも笑顔の兄弟子達に頭を撫で回され始めた。
こうして”家族”全員で、せっかくだからと少し早めの昼ごはん。
大きな机を全員でズラッと囲んで取る食事。
その机の上には、主菜こそ各自の前に個々に置かれているが、副菜は大皿でドン!と盛られていて、各自が取り箸で取皿に取る形式になっていた。
「おかわり~!!!」
の声が飛び交う。
ガンガン副菜に伸びる手。
こんな風に大勢で食べるのは久々だ。
真菰以外は男所帯だけに勢いがすごくて、それに義勇が圧倒されてしまっていると、
「ちゃんと食わないとなくなるぞ」
と、隣に座る錆兎が自分はちゃんと食いながらも、当たり前に義勇の分の副菜も取皿に取り分けてくれる。
ああ、そうだ。
一緒にいた頃はずっと、大皿に手を伸ばせない義勇のために、錆兎がこうやって義勇の分も確保してくれていたんだ。
今こうしてずっと一緒だった頃と全く変わりなく、錆兎が隣にいて自分の世話を焼いてくれることになんだか胸がいっぱいになって、でもうまく出てこない言葉の代わりに、義勇の目から涙がこぼれだす。
とたん、ものすごかった喧騒がピタっと止まった。
「「どうしたっ?!義勇っ!!!」」
錆兎はもちろん、兄弟子達の視線が一斉に義勇に向けられた。
「錆兎が勝手に何か嫌いなものでも取り分けちゃった?
嫌なことは嫌っていいなよ?義勇」
と、大きなおひつの隣で自分の食事をしながら兄弟子達のおかわりに対応していた真菰が、しゃもじを放り出して駆け出してきて言うと、
「人聞きの悪いことを言うなっ!
俺はちゃんと義勇の食の好みも食べる量も熟知して取り分けている」
と、錆兎が口を尖らせる。
「でも、義勇泣いてるよ?」
「…舌でも噛んだか、やけどしたか?
ほら、義勇、見せてみろ」
揃って顔を覗き込んでくる2人に、さすがに恥ずかしくなって義勇は首を横に振った。
「嫌いなものはない…噛んでもヤケドもしてない…ただ…」
「「ただ?」」
「…錆兎と一緒の食事が嬉しかった」
「ぎゆううぅぅぅ~~!!!」
ぽつりぽつりと伝える義勇に、錆兎は片手で真っ赤になった顔を覆って天井を仰いだ。
それに微笑ましげな目を向けて、再びがっつく兄弟子達。
真菰も
「大丈夫、これからはずっと一緒だよ」
と、義勇の頭をひと撫でしてまた、自分の席に戻っていった。
そんなにぎやかにして和やかな食事を終え、昼過ぎに錆兎と義勇は館を後にする。
玄関を出るときには
「しっかりねっ!」
と、真菰が切火を切ってくれるのを見て、錆兎は当たり前に
「おう、行ってくる」
と、手をあげるが、義勇はそんなことをされたことがなくて、なんだか照れくさい気分になって無言でうつむいてしまった。
それでも
「義勇も気をつけていってくるんだよ」
と、気を悪くもせずに笑顔を向けてくれる真菰に、なんとか、
「…いってきます」
と、頭をさげて、隣に立つ錆兎の手を握りしめると、錆兎が笑いかけてくる。
それだけのことなのだが、ああ…すごく幸せだな…と、義勇は思った。
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