そして眠れぬ夜が明けて迎えた翌朝のことである。
「え?知られたらいけないの?
良いんじゃないかなぁ…。
ほら、強い子ならたくさんいるってわかったほうが、皆安心しない?」
恐ろしいことに…早朝に会ったお館様は、不始末を土下座する錆兎とそれに付き合って同じく土下座してくれる義勇と煉獄を前に、にこやかにそう言い放った。
と、義勇についてはわからないが、煉獄と錆兎の頭の中にははてなマークが盛大に走り回っている。
「恐れながら…”影”の存在は代々極秘だったと聞き及んでおりますが…」
半信半疑、錆兎がおそるおそる顔をあげてそう口にすると、お館様こと産屋敷耀哉は、切り揃えた黒髪をさらりと揺らして小首をかしげると、笑みを浮かべて言った。
「代々…ではないと思うよ?
少なくとも私が父から【柱】について聞いた時には、父の父、つまり祖父の代には恋人同士の【柱】と【影柱】もいたと言っていたから。
まあその頃から任務上やりにくいからと顔を見せない【影柱】が多数派だったらしいけど。
“影”には諜報的な仕事を多くお願いしているだけで、別に鬼殺隊として顔出しを禁じているわけじゃないよ?
そのあたりは【柱】と【影柱】が相談して決めれば良いんじゃないかな?
もしかして今の【柱】の子達って、みんな【影柱】の存在を知らないの?
なら、説明しておいてあげないとね。
幸い、今日は柱合会議だし」
「はあ……」
一気に脱力した。
自分と義勇の耐えに耐えた8年間はいったいなんだったんだろう?と思う。
まあでも、
「ん~先代の事務方の引き継ぎの時にそのあたりの説明の項目が抜けてて、当時の【影柱】達がみんな顔出ししたがらなかったから勘違いさせちゃったのかな?
【影柱】自身も突然死んでしまうことが多いのもあって基本的に引き継ぎする間もなく、先代からの情報は皆無に近いし、事務方から説明されないと、先代のやり方にならっちゃうよね。
なんか、ごめんね?
確かに”影”はね、仕事が隠密活動だしあまり目立っちゃいけないけど、少なくとも【影柱】クラスになると、仕事は【柱】の護衛で諜報活動じゃなくなってくるから、別に堂々としてもらって構わないよ」
と謝罪してくださるお館様は別に悪くないと思う。
とにかく、過去は過去。惜しんでいても仕方ないっ!
大事なのは未来だ!
そう!これで晴れて堂々と義勇と外を練り歩ける!!
と、錆兎は気を取り直して、お館様に礼を言う。
そして次に色々心配して取り計らってくれた煉獄にも。
そのあと横の義勇に視線を向ければ、さすがにお館様の前で泣きながら抱きついてくることはしないが、嬉しさを押し隠せないようにハラハラと涙をこぼしながら、ギュッと錆兎の羽織の裾を握りしめてきた。
その義勇の反応に錆兎もなんだか胸がいっぱいになってくる。
そんな2人に、お館様は親が子の幸せを喜んでいるような温かい笑みを向けた。
束の間の温かい空気。
「じゃあ午後に皆が集まったら知らない子がほとんどみたいだから【影柱】について説明して、水に関しては水の【影柱】は姿を明かすということで、紹介していいかな?
みなも実際に見てもらったほうが存在を認識しやすいと思うし」
「御意」
お館様の言葉に錆兎が片膝をついてかしこまった。
その横では義勇が表情筋大活躍といった感じにめちゃくちゃ嬉しそうなオーラを出していて、無表情な【水柱】しか知らない煉獄が、一瞬驚いたようにそれを凝視。
しかし、すぐに笑顔でうんうんと満足気に頷いている。
だが、その大団円といった空気も、長くは続かなかった。
とりあえず【影柱】についてはそれで一件落着と判断したのだろう。
その後、お館様が少し笑みを消して話題を変えた。
「…じゃあもう1件の方の話を聞こうか…」
声の調子も若干変わる。
相変わらず柔らかく気遣いに溢れた声音ではあるが、そこに多分の緊張をはらんでいるのがわかって、錆兎も気持ちが切り替わっていった。
そのあたり、大きく声のトーンを変えることなく、尖った言葉を使うわけでもなく、自然に緊張感を引き出して行く手腕は、さすが鬼殺隊の頂点に君臨するお館様といったところか…
錆兎の両隣の2人の【柱】も、緊張の糸を張り詰め直した。
錆兎は自分がやらかしたことだからと【影柱】関係のことのほうにばかり気を取られていたが、どちらにしてもよくよく考えれば内部の問題で片付けられる【影柱】のことより、そちらのほうが確かに深刻だ。
自分の身の振り方が決まったところで、ようやく正常な判断力が戻ってきた。
「昨日、報告は受けたんだけどね、実際に耳にした錆兎から話が聞きたいかな」
と、お館様がわざわざ二重に情報を確認しようとするところが、さらに一つ間違えば取り返しがつかないかもしれない可能性を秘めているその問題の深刻さを伺わせている。
促されて錆兎は昨日の上弦の弐が話していたことをもう一度お館様に伝える。
それをお館様は口を挟むことなくだまって聞いていた。
そして全てを話し終わると、だいたい昨夜の報告どおりだね、と、頷いたあと、なるほど…と小さくつぶやいて考え込む。
そしてほんの少しそのまま考え込んでいたが、やがて笑顔で顔を上げ、最終的には
「うん。この件はやはり午後の柱合会議で話をしようか。
それまで少し言うべきこと伝え方を考えさせておくれ」
と、言いおいて、退出した。
おそらくお館様は錆兎よりは何かしら知識があり、思うところもあるのだろう。
しかしそれをここで言わないということは、柱全員に申し伝え、鬼殺隊全体で対処することなのだろうから、今気にしても仕方がない。
全ては午後の柱合会議でわかることだ。
そう割り切って、錆兎は改めて世話になった煉獄に礼を言うと、真菰が心配しているだろうからと、一度館に戻る旨を伝える。
「ああ、ではまた柱合会議が終わって落ち着いたら、我が家にも寄ってくれ!
うちの継子の炭治郎がずいぶんと君を気にしていたし、俺もぜひ手合わせをしたい」
と、煉獄は快く了承してくれる。
一方で、
…いやだ…錆兎……
と、義勇はしっかり錆兎の羽織を握りしめたまま離さない。
しかし錆兎がそれに苦笑して、
「一緒に真菰に報告しよう。
お前だって久しぶりに会いたいだろ?」
というと、そこでようやく自分にとって本当の姉のように接していた一つ年上の姉弟子を思い出したらしい。
一瞬嬉しそうな顔をして、しかしすぐ複雑な顔になる。
「…?どうしたよ?会いたくないか?」
不思議に思って聞く錆兎に、義勇は子どものようにぷくりと頬をふくらませた。
「…だって…錆兎とずっと一緒にいた……俺が居れないときもずっと…ずるい…」
「へ??」
驚いた。
心底驚いた。
義勇もヤキモチを焼くコトなんてあるのか…と、思いつつ、なんだかくすぐったいような嬉しいような気分になる。
「真菰はな、ずっと俺がお前のとこに行く時間作ったりすんの協力してくれてた。
いつかこんな風に俺とお前が一緒にいられるようになるようにってずっと気にかけてくれてたんだ。
だから、今回の処遇を聞いたらきっとすごく喜んでくれる」
もしかしたらお祝いの鮭大根を作ってくれるかもしれないぞ?と、その言葉の後にそう付け加える錆兎に、ほんとに?と義勇が顔を輝かせたのは、どちらに対してなのだろう。
まあ、喜んでくれることと鮭大根、両方に対してなのかもしれないが…。
「もちろん、どちらも本当だ。
な、会いたくなったか?」
と、次に錆兎が問いかけると、義勇はぶんぶんと頷いて、早く行こう!と、掴んでいた羽織を放し、今度は錆兎の手を握る。
昔は当たり前だった…しかしずっと感じることのなかった、その義勇の手のぬくもりを感じると、錆兎はなんだか泣きたいほど懐かしい、ホッとした気持ちになった。
午後からは柱合会議だし、その席で話されるであろう鬼舞辻の新たな企みはきっとひどく面倒なものな気もする。
だが今は8年もの年月を経てやっとこの手のぬくもりを取り戻せた喜びを、苦楽を共にして支え続けてくれた真菰を始めとする先輩弟子たちにも伝えたい。
錆兎はそう思って、しっかりと握られた義勇の手を握りしめたまま、昨日、どこか切ない気分を抱えて出たきりの、自分の館への帰路へついたのだった。
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