影は常にお前と共に_16

言葉が足りなくて誤解されやすいのが冨岡義勇だとしたら、言葉選びで誤解されるのが不死川実弥だ。


家族が鬼と化した母に惨殺されたあと、たった1人だけ生き残った弟。

自分は長男だ。
家族を守りきれなかった、弟をたった1人ぼっちにしてしまった咎は自分にある。

せめてその弟は普通の幸せを掴ませて、その弟の幸せは今度こそ守る!
そう決意して入った鬼殺隊。

どうやら才能があったらしく、頂点の【柱】まで上り詰めたはいいが、追ってこさせないために突き放したはずの弟は、なんだか別れ際に事情を知らずに吐いた暴言に責任を感じて、兄に嫌われたと思い込んで呼吸の才能もないのに追ってきやがった。


日々、相手のことを思って投げつけたキツイ言葉が裏目に出る出る。

嫌ってくれたらいいのに、嫌われてるなら好かれないとなんて思わないでくれ!
危険な最前線に出ている俺に近寄ると危ないんだっ!!

と、声を大にしていいたいが、素直に言えない言葉が、弟のみならずあちこちで色々な相手に傷を作っている。


今回も当たり前に失敗した。

なにやら自分たちを守っているという【影柱】なる存在。

ああ、ありがてえよな。
胡蝶とか、腕力ねえし、せいぜい守ってやってくれよ。
でも俺は要らねえ。

そう思ったのは、何も相手の実力を認めていないためではない。
お館様が優秀だって言うんなら、さぞ優秀な人材なんだろう。
それは微塵も疑ってはいない。

自分からそれを外してくれないか?と言ったのは何も能力がないやつは足手まといだからという意味ではない。

ただ、風の呼吸の型は広範囲のものが多いんだよ、巻き込んじまうんだよ!
そんなに優秀な人材を味方の攻撃で死なせたくないだろうよ!

そういいたかったのだが、言い方を考えている間に話が能力に不安があるなら見せてやる。
試合をしようなんて方向に進んでいた。


しかも恐ろしいことに、自分ともうひとり【柱】を加えて2対1でやろうなんてことになったわけで………泣きたい……


相手1人でも大怪我をさせないようにするのは大変なのに、よりによって気を使う相手がもうひとりだぁ?勘弁してくれよっ!!

…などとお館様相手に言えるはずもなく、了承するより選択肢がなかった。



こうしてお館様が何故か人払いをしてまで呼んだ水の【影柱】

隠密なんていうから、てっきりいかにも忍者という感じのやつか、逆に宇髄のような変わり種かと思いきや、お館様の姫様に連れてこられたのは、ずいぶんとお育ちがよく真っ直ぐな感じの…どちらかというと煉獄をもう少し静かにしたような感じの青年だった。

なんというか…”影”っていうより、”光”って感じじゃね?
てか、こいつより俺のほうがよっぽど裏の人間ぽくね?
と思う。

口元から頬にかけての傷がなければ正統派のイケメンで、本当にどこぞの大道場の跡取り息子といった凛とした佇まいをしている。

が、殺気がないし、威圧感もない。
ただの良い家のまっすぐ育ったお坊ちゃんに見える。

これって大怪我とかさせたらやばくね?
と本気で心配になってきた。



こうして青年が自分達の前に立つ。
そしてこれまたお育ちの良さそうな笑顔を浮かべて、挨拶をする。

「水の【影柱】、錆兎だ。よろしく頼む」

…と。


それを聞いたとたん、今回相方に選ばれた胡蝶しのぶが彼女にしては珍しくぽか~んと口をあけて固まった。

ああ、そうだよな。
ついさっき聞いた名前だよな?
なんだか子ども返りしてるみたいな冨岡義勇が、子が親を恋しがるみたいなノリで呼んでた名前だよな?

これ、大怪我とかさせたら絶対にやばいやつだ。
子ども返りしてる冨岡が泣く。

たとえ本当は同い年の男だったとしても、今は血鬼術か何かで心は子どもだ。
子どもの前で親が攻撃されて大怪我させられるなんて残酷なとこ、みせられるわけねえじゃん。

不死川は葛藤したが、そんなこちらの事情を知るよしもない目の前のお坊ちゃんは、硬直している胡蝶に実に悪気のない笑顔を向けながら

「なにか?」
と、問う。


そこで我に返ってはみたものの、どう言っていいのかわからなかったのか、胡蝶は

「なんでも…ありませんわ」
と、引きつった笑みを貼り付けて首を横に振った。


俺よりどう考えても胡蝶のほうがこういうの得意そうなのに…と、思いつつもこのまま続けるわけにも行くまいと、不死川は打開の糸口をみつけるべく口をひらいた。


「あ~、お前が錆兎か。
なんか冨岡がおかしくなってたけど…ずいぶん昔から顔出ししてたのか?」

「いや?昨日、ちょっとしたことで顔を見られてしまったから、もういいかと。
義勇とは同門の兄弟弟子だ」

「なるほど。じゃ、呼吸法も水なんだな」
「元水柱、鱗滝左近次先生の元で学んだんだ」

そうか、水か。
冨岡の技はみたことがある。
できるだけかわして大怪我をしない程度に攻撃して動けなくして終了させてもらおう。
そんなことを思う。

思いつつも不死川がまだ葛藤していると、審判を仰せつかった煉獄が、容赦なく

「では…勝負はじめっ!!」
と、試合の始まりを告げた。



こうして試合が始まってすぐのことだった

まず…どの型を使ってくる?
と、不死川が脳裏で水の型を思い浮かべていると、いきなり

──風の呼吸:壱ノ型 塵旋風・削ぎ!!
と、どこかで聞いたことのある技名が耳に入ってきて、さらに螺旋状の何かがものすごい勢いで突進してくる。

しかも!!そこに炎のようなものをまとった状態で!!!


──なんだ、これえええぇぇーーー!!!!

不死川は心のなかで絶叫した。

ありえない!
確かに風の第一の型のようだが、あれは炎なんてまとっていない。

【風柱】の自分ですら知らない風の型を、なぜ水のはずの男が使っているのか?!

どういうものかわからないものに手を出せば、どういう効果をもたらしてくるのかわからないだけに危険だ。

そんな判断から不死川は必死にそれを避けた。
自分が避けたら庭木にぶつかるな…とか、そんな気遣いをする余裕もない。

そして自分がそんな風にそちらに気を取られている本当に僅かの間に、胡蝶がこの隙にとばかり錆兎に肉薄していた。

しかし次の瞬間、錆兎が消えた。
…いや、すさまじいスピードで移動したらしい。

あの【柱】随一の速さを誇る胡蝶がそれで認知に一歩遅れを取って、その手の刀がいつのまにか錆兎の手に移っている。

…あ……と、さきほどまで刀を構えていた体制のまま、胡蝶は青い顔で刀があったはずの自らの手をみつめた。


──あいつ、バケモンかっ?!!!

パニックを起こしたい。
もう叫び出したい。

そんな気持ちを押し込めてなんとか呼吸を整えつつ風の型を繰り出すと、それは綺麗な水の型で見事に相殺された。

その後、互いにいくつか技を出し合ったあと、いったん一歩引いて、一呼吸。



──次の技…行くかっ!!

と、不死川が刀を握り直した瞬間だった…


錆兎が自らの刀の青い刃に、すぅ…と指を置き、

…幻の呼吸:拾ノ型 幻界・夜叉…
と、静かに唱えた。

すると、刃が黒く染まり、その中から赤い炎が立ち上る。

そしてその炎は熱を持ちながらあたりへと広がり、全ての景色を消して世界を紅く染めあげた。

その紅の中から映し出されるのは青白く光る夜叉の顔。

それを後ろに背負って立つ錆兎の構える刀は火の粉を散らしながら燃えていた。
立ち向かおうにも不死川の手にあったはずの刀は消えていて、無防備な自分が燃える刀を構える錆兎の前に、ただ為すすべもなく佇んでいる。

殺される…と、不死川は当然のように思い、それでも生に対する未練なのか、すでに景色も消えて紅いだけの空間を、目はしっかり刻みつけようとするかのごとく見入っていた。


──そこまで!
と、そこで紅い空間を割って届く、パン!という手を打つ音と、聞き慣れた声。


それで一気に消える紅い空間に内心驚きつつ手の中を見れば、さきほどまでなかったと思っていた刀はしっかりとその手の中に握られていた。

視界の端にはどんな攻防があったのかはわからないが、すでに気を失って甘露寺に介抱されている胡蝶。

何が起きたのかもわからず前方に静かに佇む錆兎に視線を向ければ、彼はまるで剣道の試合でもしていたかのように、

「ありがとうございました」
と、礼儀正しくしっかりと頭を下げて言う。


「うん、ちゃんと挨拶もできるなんていい子だね、錆兎」
と、お館様も全くいつも通り、何事もなかったかのように微笑んでいて、不死川だけが何が起こったかもわからないまま固まっていた。

「すまない。お館様の命令だったのでかなり本気をだしてしまったが、大丈夫か?」

と、動けないままの不死川の肩をぽんと叩いて心配そうに覗き込んでくる錆兎は、やっぱり最初の印象と同じようにお育ちの良いお坊ちゃんに見える。

「…お前……なにもんだ?」
と、それがなんとか不死川が絞り出せた言葉だった。


そんな言葉に気を悪くした風もなく、錆兎は

「水の【影柱】だ。これからは柱合会議にも顔を出すようお館様にも言われているので、よろしく頼む」
と、実にさわやかに言う。


ちげ~よ!そんなことさっきお館様から聞いて知ってんだよっ!!
てめえは煉獄かよっ!天然若様かよっ!!
と、声を大にして叫びたい。

これがお館様の午前でさえなければ……


それを引き取るように、お館様が補足した。

「いま錆兎が使ったのが幻の呼吸の最終奥義だよ。
ただし、これは鬼舞辻戦での最終兵器だからね。
たとえ命がかかった戦いであっても、門外不出。
みんなも見たことは他言しないように」

にこやかに言うお館様に、ざわつく【柱】達。


そこで錆兎がさらに
「お館様、少し発言よろしいでしょうか?」
と、話を戻す。

そこでうなずくことでお館様が許可すると、錆兎は
「誤解しないで欲しい」
と、【柱】達の方を振り返って言った。


「今回は奥義を使ったからこういう結果になったが、俺達”影”が【柱】より強いわけじゃない。
というのも、実は幻の型というのは、全部文字通り幻だ。
物理的には殺傷能力はまったくない。

滅するためではなく、撹乱するためだけのものだ。
奥義の幻界・夜叉でさえ、あれで鬼舞辻を足止めしている間に、誰かがトドメを刺す、そういう性質の技だ。

だから俺たちは幻の型を使って時には【柱】の補佐をするし、時にはそれで敵を自分に引きつけて【柱】を生かすために身代わりになる。

決して【柱】にとってかわれるような存在ではないし、俺達が居れば【柱】がいなくても大丈夫などということは全くない」

負けた側の心を折らないようにとのフォローなのか?
余裕かよ…と、不死川は内心舌打ちをする。

が、まあこれは敵との実戦ではない。
命を落とす前に自分の未熟さがわかってよかった。
生きてる限りは試合に負けても人生の負けではない。
そう考える彼は、どこまでも戦士だ。

不死川がそんなことを思っていると、さらにトドメ

「うん、幻の型についてはそうだけどね。
でも錆兎は【柱】に匹敵するくらいの水の呼吸法の使い手で、他にも炎の型と風の型もかじっている。
もちろん、奥義以外の幻の型は普段から全て使えるから、それに乗せられるしね。
しかもよく死に入れ替わりの激しい”影”の中で、彼が5年前【影柱】になって以来、彼の下についた”影”たちは、1人たりとも欠けたことがない。
本当にすごい子だよ」

お館様大絶賛だ。とんでもない逸話の連続だ。

腕がたって、人の使い方も上手いってことかよ…と、もうバカバカしいほど出来るらしい相手に競う気もしなくなって不死川は聞き流したりしていたが、当の本人は至って謙虚に

…いえ、欠ける人間がでなかったのは、下にいたのが優秀な兄弟子たちだったからで、彼らが未熟な自分を支えてくれたからここまでこれたので、自分も水はもちろんのこと、他の【柱】とも協力をして互いに高めて行きたいと思っています…

などと、まあ何故”影”なんてやっててそこまでまっすぐ育ったんだ?と小一時間問い詰めてみたくなるようなことを言う。

奥義を使ったから勝てたと言っても、それを使う前に随分と打ち合って、それでも負けはしないまでも勝てなかった時点で、現職の【柱】としてはどうよ?と、ややふてくされた気分でいる不死川にわざわざ

幻の型は火と水と風を練って作られているから、水はとにかくとして火と風はまだまだ未熟なのでもっと精進して極めたいと思っている。
だから今度は真っ向勝負。
幻なしで手合わせしてほしい!

などと曇りなき眼で言われてめまいがした。


不死川としてはあまり得意なタイプではない。
だが、不思議と嫌だ、近づきたくないとも思わない。
苦手だが嫌いではない。

「…まあ…そうまで言うならつきあってやってもいいぜ」
という言葉が出る程度には…




「とにかくそういうことでね、彼は【影柱】の中でも力はもちろん、人格的にも特によく出来た子だ。
だから【影柱】について知りたいこと、相談したいことがあったら、遠慮なく彼に聞いてほしい。
というわけで、錆兎も義勇だけじゃなく、他の子達とも仲良くね。
じゃ、今はとりあえず君は水の【影柱】だから義勇の隣に…」

散々大絶賛をされたお坊ちゃんは、こうしてお館様の前から【水柱】である冨岡義勇の隣に場所を移して控えた。

その途中、思わず凝視してしまっていた不死川と目が合うと、当たり前ににこりと笑みを浮かべてくるのが、やっぱり影というより光だ、こいつ…と、そんなことを思わせる。

それでもまあいい。
懐いてくるなら、来い。
自分の方もどうせなら色々聞いて技の参考にしたいことがたくさんある。

強くなるためなら、プライドなんてくそくらえだ。


不死川がそんなことを思っているうち、話題は移っていったようだ。



「じゃあ…2つ目の報告ね。
こちらはまだ”影”達が調査中だけど…わかっていることだけ。
本当に早急に情報を集めて阻止しないといけないことなので、心して聞いてほしい」

そんなお館様の言葉に、【柱】達全員が、緊張の色を濃くしてお館様の次の言葉を待った。










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