影は常にお前と共に_17

柱合会議後の産屋敷邸の一室。

そこには【柱】全員が悠々囲めるくらいの、大きな円卓がある。
普段、時間に寄ってはそこで食事が出たりするのだが、今日は午後からということで、目の前に並ぶのは菓子とお茶。

見た目にも麗しい花の形をした練り切り。
楊枝で少しずつ切って口に運ぶと、上品な甘さが口いっぱいに広がっていった。

さすが産屋敷邸だ。
出る菓子の質も高い。

胡蝶しのぶはそう思いつつ、【影柱】なる新しい戦力に盛り上がる男連中を尻目に、大切に大切に菓子を口に運び続けた。



今回は本当になんだか裏切られた気分だ…
そんなことを言うのは自分の勝手なのはわかっているので口にはしないが、しのぶは思った。

冨岡義勇…
なんだか馬鹿みたいに不器用なその男には、昔、隣にとても優しい親友がいたらしい。
そしてその親友を亡くした傷を引きずりながら、彼は精進して【水柱】になったのだそうだ。
それをふと小耳に挟んで、ああ、自分と同じなのだな…と、しのぶは親近感を持った。

自分も鬼殺隊隊員ではあったが、【柱】にまでのぼりつめることになったのは、いつも隣にいてくれた強く優しい姉を亡くした事がきっかけだ。

亡くしてしまった大切な人の遺志を継ぐ…
それはとてもつらく険しい道なのだが、自分だけではないと思えば、なんとなく心が軽くなった。

そんな風にしのぶが親近感を持ったことを何か肌で感じたのだろうか…
冨岡義勇はしのぶといると実によくその親友、錆兎のことを語ってくる。

いわく…宍色の髪で口元から頬にかけて傷。
すごく顔も良くて強くて男らしくて優しくて…とにかくかっこよくて、かっこよくて、かっこいい。世界で一番の男前だそうだ。

表情筋は動かさず、ぽつりぽつりとではあるが、それでもどことなく嬉しそうに語るので、そんな時にはしのぶも大好きで大好きでたまらなかった亡き姉のことを思いきり語ることにしていた。

顔に傷なんてない。綺麗な顔。
でもすごく強くて頭も良くて女らしくて優しくて…とにかく素敵…

1人で思い出すととても悲しくなるのに、誰かに自慢するとなんだか不思議と楽しい気分になってくる。
それはたぶん相手も同じ。

2人でいると互いに相手の言うことなんてガン無視で、自分が亡くした大切な人の自慢話に終始した。

もうあまりに聞かされたせいで、一度その錆兎の夢を見てしまったくらいだ。

夢の中では錆兎は確かに冨岡の言う通り顔に傷があるが男らしく整った顔の好青年で、冨岡にそうと話され続けていたせいだろうか…錆兎は冨岡をとても心配していて、彼は実は人見知りなだけで人柄は良い男なので、そこを汲んで優しく接してやってほしいなんてお願いされてしまった。

まあ、冨岡から聞いていた錆兎像が宍色の髪に顔に傷以外、全てが馬鹿みたいな好青年だったので、夢でも本当におとぎ話の主人公のように凛々しい青年として登場したわけなのだが、どうせなら錆兎よりも姉さんの夢が見たかった…

というか、むしろ逆に姉さんは冨岡の夢枕に立って自分のことを心配して頼んでたとかだったらどうしよう。

錆兎が冨岡さんのために化けてでてくるなら、姉さんだってきっと……
などと思ったが、なかったらしい…。

そう…ですね……
もし本当に霊がいたとしても、私は天然ドジっ子のギユウ・トミオカさんと違ってしっかり者ですもん。
姉さんだって安心して後を託して成仏しているはず。

別に冨岡のせいではないのだが、どうしても沸き起こる『冨岡さんだけずるい…』と思う気持ちを、そう考えることで気を取り直して押さえてきたのだ。


それが今度はなんと相手が実は生きていたという。
しかも…驚いたことに、以前に自分が夢でみた青年そっくりな姿で…。


ちらり…とひそかに正面に斜め前方に視線を走らせると錆兎がいる。

どうやら昨夜に上弦の弐に遭遇した時に煉獄に目撃されたことが、顔出しするきっかけになったらしく、煉獄とはすでに仲が良さそうだ。

不死川も何故かよく絡む。
もともと愛想の良い方ではないのでそうは見えないが、結構親しみを持って話しているように見えた。
珍しいことだ。

さきほど自分と二人がかりで挑んで負けたわけなのだが、男同士は喧嘩して殴り合って仲良くなるなどという、まるで小説のようなベタな展開なんだろうか…

…女の私にはわかりませんけどね……
と、しのぶはため息をついた。


冨岡と同門の兄弟弟子というわりに、こちらはずいぶんと人当たりが良く、他人をひきこむのが上手い。

さきほどの試合についても、元々自分の方は【柱】2人の戦い方を熟知していた一方で、2人の方は自分について未知数だったのだから、すごいハンデをもらっていた。

だから戦術についても、お館様の希望されているのであろう通り幻の型を全て順番に出そうと、あらかじめ綿密に組み立てていたはずが、【柱】2人が知っていたはずだったのに実戦となると想定外に強くて、つい全てをすっとばしていきなり奥義を使ってしまった…などと、こちらをたてるような話をしている。

本人いわく、実質身体への殺傷能力はないものの、精神に与える影響はたぶんにあるので、弱いものなら順に慣らしていかないと、いきなり奥義を食らわせたら当たり前に心を壊す可能性もある。
だからそれをやってしまって不死川が一瞬動かなくなったのを見て、内心ひどく焦ったそうだ。

そんな話にみな一様に、耳を傾けていた。

会話では一貫して【柱】をたてているが別に媚びているような空気はない。
少し苦笑気味に自分の失敗談を語るように話すので、嫌味な感じもしない。

だから、打ち合った時の風の型の凄さを語りつつ、幻の型を強くしたいから、風の呼吸法をもう少し身につけるためにぜひ指導してほしい…と言われても、不死川は言葉や態度は相変わらずなものの、それとわかるほどに機嫌よく請け負っている。

宇髄とは敵の撹乱について語り、驚いたことに甘露寺以外には冷たい伊黒にすら、甘露寺との仲の良さと自分があまり触れたことのない蛇の呼吸法などについて話を振っているし、全員に非常にまんべんなく敬意をもって接している。

もう絵に描いたような好青年。

ああ…でも姉さんもそうだった。
いつも笑顔で誰にでも優しく気を使ってくれていた。

錆兎と違って、しのぶ自身が亡くなるのを看取っているだけに、こんな風に”実は生きていた!”なんて展開は絶対にありえないのだけれど……

ああ…ずるい……冨岡さんだけずるい……


…あ………
そんなことを考えていると、菓子が最後のひとかけらになっていた。

そうして思い出す。

──しのぶ、美味しい?お姉ちゃんなんだかお腹いっぱいなの。良かったらこれ、お食べなさい。

姉はいつもそう言って、美味しいものがあると自分の分を当たり前にしのぶにくれていた。


優しい姉だった。
皆にも優しいけど、妹のしのぶには特に…。


大切な相手を亡くした仲間だったはずの冨岡義勇は、今はなんだか穏やかな顔をして錆兎の横でお茶を飲んでいる。

錆兎の方は他に話題を振りながらも、義勇の湯呑に茶がなくなると当たり前に注いでやり、一言二言言葉をかわし、また他との会話に戻るを繰り返していた。

そんな時の錆兎の顔は随分と慈しみにあふれて優しくて、冨岡は幸せそうなどこかぽわぽわした表情をしている。

姉と居る時の自分もきっとそんな顔をしていたに違いない。

…ずるい……と、またそんな言葉が頭をくるくる回って、しのぶはそれを流し込むようにお茶を飲み干した。

もう姉はいないのだから…姉の名を汚さないように、姉のような優しく強い女性にならなくては…

そうは思ってもやっぱり”ずるい”という思いがぐるぐるして、上等で美味しいはずのお茶はひどく苦く感じた。


と、その時……湯呑が浮いた。

いや、正確には空になった湯呑がいつのまにやら錆兎の手によって移動して、そこに新しいお茶が注がれて戻ってくる。

──もしよければこれも食ってくれ。
と、皿に乗せられたままの手つかずの練り切りと一緒に。


「…あの……」
と戸惑うしのぶに、

「いつも義勇が世話になっている。ありがとうな」
と、向けられる笑顔と練り切りを見比べると、錆兎は少し複雑な笑みで

「女性はこういう綺麗な菓子が好きかと思ってな。
…俺の実家の妹がみたら、きっと欲しがっただろうと思ったら、やりたくなった。
いやだったか?」
と、言う。

いやなはずはないと、しのぶは首を横にふる。
そして聞いた。

「妹…さん?」
「ああ、鬼に襲われて俺以外の家族全員亡くなったが…」

少し苦い顔を見せる錆兎に、しのぶがごめんなさい、と謝ると、
「いや、ここにいる皆、同じようなものだろう?」
と、錆兎は笑う。

ああ、姉ももし死んだのが自分だったら、こんな風に折々偲んでくれたんだろうか…
そんなことを思うと、自然と”ずるい”が溶けていった。

「これ…ありがたくいただきますね」
と、皿をとってひとかけらまた口に…。
ああ…美味しい…と、ため息が出る。

それを見て少し柔らかな笑みを浮かべる錆兎の表情は、性別も違えば全く似てもいないのに、姉の笑顔が重なった。

もし自分が亡くなって姉が生きていたとしたら……と、そこでちらりと錆兎に視線を向けると、なんだか姉のように優しい笑みを浮かべる。

自分の大切な大切な姉さんは死んでしまったのだけれど……彼女を思い出させてくれた彼には幸せになってほしいな…と、しのぶは素直に思った。

そして茶を一口飲んでは、湯呑を置き、

「錆兎さんと練り切りに免じて、もし天然ドジっ子の冨岡さんに何かあるようなら、面倒を見て差し上げますわ。もちろん錆兎さんも何かあれば遠慮なくどうぞ?」
とにこりと笑みを向けると、

「ありがとう!頼むなっ」
と、ぽんぽんと軽く頭を叩かれた。

こんな風に頭に触れられるのは姉が亡くなって以来のことだ。
なんだか懐かしくも照れくさい。

でもなんとなく姉を亡くしてからずっと張り詰めていたものが溶けていき、変な気負いがなくなった気がした。





しかし、そうして頭がクリアになると、逆に色々な事が気になってくる。


──これは飽くまでまだ情報から分析した想像にすぎないのだけどね…鬼舞辻は”母体”を欲しがっているんだと思う。

それはお館様の御前で2つ目の報告として聞かされたものだった。
飽くまでまだ未確認の情報。
だが、正直ゾッとした。

これまで鬼殺隊で男に混じって男以上に成果をあげてきて、自分の性をそれほど気にしたことはなかったのだが、そのお館様の報告を聞いて、初めて自分の性を疎ましく思った。
男に生まれれば良かった…と、これまでにないほど、強くそう思ったのである。


その話の根拠は、前夜に冨岡が対峙した上弦の弐の発言だという。

『君は男でも陰の気が強いみたいだから、あの方の試みの対象として適した人材だし、疲れたらちょっとだけ痛い思いはさせて眠らせるけど殺しはしないで連れて行ってあげるからね』

切りかかる冨岡の攻撃をことごとく交わした鬼が口にしたのはそんな言葉だったのだとお館様は言う。

「気になるのはこの、陰の気が強い人間を鬼舞辻がなにかの試みのために欲しいと思っているということでね。

それが何を示すかなんだけど、本来男は性質的に”火”であり”陽”であり、
それに対して女は“水”であり“陰”の要素が強いんだ。

そこで”陰”の気質が欲しいということは、つまり”女性”が欲しいということ。
同じ人間でも男ではなく女でなくてはダメな違いということを考えると、やはり母体としての機能が欲しいということが一番可能性として高いんじゃないかと思う。

どうして男の義勇もそこに含むのかはわからないけど…あるいは鬼舞辻は女性体にもなれて自らの血で人間を作り変えることもできるということだから、元々”陰”の気が強い”水”の性質の【柱】であれば、性を超えさせることができるのかもしれない。

どちらにしても、そういうことだから当分は蜜璃としのぶは単体では動かないでね。
出来れば出動は2人以上の【柱】を伴った状態で。
義勇も同じ。
なんのために必要なのかわかるまでは、特に慎重に」


鬼殺隊に入ってから…特に姉が殺されてからは、自分の死をそれほど恐れたことはない。
戦っている以上は、いつ死神の鎌が自分の命を摘み取るかなど、気にしていたら動けない。

だが、今回のお館様の話は心底恐ろしく、そして嫌悪に身が震える思いだった。

どういう形でどういう理由かはわからないが、自分の胎内に異形の何かを宿らせる…そんなおぞましい事があるだろうか…。

そんな事になったら自分は迷わず死を選ぶと思う。
死んだほうがマシだ…。

自らの小さな身体、弱い力…そんなことで屈強の男に生まれていたら…と羨んだことは多々あったが、今回ほど男に生まれていたら良かったと思うことはない。

そんな風に先程の話を思い出してふるりと身を震わせるしのぶに気づいたのだろうか、それまでは煉獄と炎の型について語っていた錆兎が、

「そう言えば…お館様の二番目の話。
ある程度状況がわかるまでは普段から甘露寺と胡蝶は外に行く場合には一応、誰かついていたほうが良くないか?」
と、話題を変えた。


いきなり変わった話題にも関わらず、

「おお、そうだな。
では拙僧はしばらく胡蝶のところに厄介になり、外出の際には供をいたそう」
「…俺は甘露寺の護衛をする…」
と、それに即応える悲鳴嶼と伊黒。

それに頷いて、
「じゃ、義勇はいつでも俺と一緒だし大丈夫だな」
と、当たり前に言う錆兎。
「…それで問題ない……」
と、義勇もそれにこっくり頷いた。

「まあ…そういうことなら、当座はできるだけ俺と不死川と時透と宇髄で仕事を回してもらうよう、お館様に進言しておこう」
と、それを受けて煉獄も言う。


出動したくない…今までそんなことを思ったことはなかったのだが、今は心底思う。
怖い、気味が悪い、ゾッとする…
斜め方向に視線を向ければ甘露寺も半泣きで、伊黒になにやら慰められているのが見えた。

そんな風に名前が上がった中では1人ぽや~んと茶を飲んでいる冨岡義勇。
煉獄達と活発に意見を交換している錆兎をほわほわした目で見つめている。


しのぶから見ればコミュ障な天然ドジっ子なだけの冨岡だが、これで一応は女性隊員にクールで素敵と言われてたりしてたはずだ。

それがどうしたというのだ?
今の冨岡はまるで出来る彼氏を信頼の目で見る彼女、もしくはお父さんすごい!と父にキラキラした尊敬の視線を送る子のようだ。

どちらにしても、キャラじゃありませんよね、冨岡さん
と、もうそんな様子を見ていると、全てがバカバカしくなってきた気がする。

まあ確かに錆兎の圧倒的に強くて優しいオーラをあの距離で浴びていれば、ぽややんな人間になるのも分かる気はするが……

なんというか…力強いと言うか心強いと言うか、錆兎はそんなオーラがにじみ出ていて、それを見ていると不安が吹き飛んでしまう。

圧倒的に陽な性質がにじみ出ている彼と居ると、それまでは無愛想なだけに見えていたはずの義勇の静かさが、なんだか涼やかに心地よい水の流れのように思えてくるのも、不思議なところだ。


そうやってなんだか落ち着いてくると、しのぶはガタンと席を立ち上がった。

「では私、これで失礼しますわ。
外に出ない分、医療従事者としては何かあった時に対応できるよう、色々調べて準備しておかなければなりませんし…」

そう言うと、
「じゃ、俺たちが送っていくなっ!」
と、当たり前に笑顔で立ち上がる錆兎とそれに釣られて立ち上がる義勇。

え?という顔をするしのぶに

「こういう状況だしなっ!
悲鳴嶼さんはとりあえず自宅帰って当座の荷物まとめてこないとだろうし、それまでなっ」
と、止める間もなくハンガーにかけられていた自分の羽織をはおって、ついでに義勇の羽織を着せてやる錆兎。

義勇の方は錆兎の言うことに全く意義を唱える気はないらしく
「錆兎がそう言うなら、そうなんだろう」
と、おとなしく羽織を着せられて、うんうんと頷いた。

そうしておいて、錆兎は
「そっちはどうする?甘露寺は誰か送ってやれよ?」
と、振り向いて言い、それには伊黒が

「心配ない。俺は甘露寺を送ってから自宅に荷物を取りに帰るから…」
と、普段抑揚のない男には珍しく、軽く手をあげるなどというアクション付きでそう応える。


「それでは、残った者達はさきほどの出動の人材についての話をお館様にお願いしてくるぞ」
と、最後に煉獄がそう言って、その日はそれで解散と相成った。









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