出発はその3日後であった。
何故それだけ時間を置いたかと言えば…女性用の着物の着付けの仕方、化粧法、髪の結い方などを錆兎が蝶屋敷に通ってマスターしていたからにほかならない。
だが、綺麗に着付けられたように見えても、歩いているうちに着崩れるようではダメだ。
それでなくとも義勇にだけ女物の着物を着せるなどという恥をかかせるのだ。
せめて常にしゃん!と美しく、一部の崩れも起きないように着付けてやりたい。
髪だって同じくだ。
義勇の髪は元々美しくはあるが、長さが不揃いなところがあるため、綺麗に編み込んでやらねば、途中で崩れる。
「…冨岡さんはそれほどこだわりなさそうですけどね…」
と、あまりに錆兎が真剣に取り組むので胡蝶が呆れたように言うが、かと言って義勇の方に教えようにも、こちらは目に余る不器用さで、そこまで盛大に不格好な着付けで外を歩かせるのはさすがにはばかられる。
だから結局錆兎に教えるほかなかったのである。
こうして錆兎は頑張った。
もはや着付けマスターと言ってもいいほどに…
とは言っても、本当の女性に男の錆兎が着付けをするのは色々問題が起きるだろうから、義勇限定ではあるのだが……
そしてとうとうその日が来た。
「いってらっしゃ~い!!鱗滝さんによろしくねっ!!」
と、いつものように見送りにくる真菰が、今日は何故かいつもように切り火ではなく、紙吹雪をばらまいてくる。
「錆兎!ファイトだよっ!!」
と、ついでにガッツポーズ。
もう真菰には色々見透かされているし、何を言われているのかもわかって錆兎は片手で赤くなった顔を覆うが、隣に佇む義勇は意味がわからずキョトンとしている。
そう、これが問題だ。
ここで一緒になんらかのそれらしい反応をしてくれればなんとなく真菰が期待しているようなあれやこれやも出来る気がするのだが、こんな風に不思議そうな顔をされると、ああ、意識はされていないのだろうなぁと、錆兎は内心がっくりきた。
…が、落ち込んでばかりもいられない。
なにしろ義勇は女性の格好をしている。
何かあっても動けない。
となると…道中は自分が男としてしっかり守ってやらねばならない。
そう気を取り直して、錆兎は
「行くぞ!」
と、いつものように義勇の手を握った。
自分で選んだ着物を自分で着付けておいて自分で言うのもなんだが、本当にいい仕事したな俺、と、隣を歩く義勇を見て思う。
背は錆兎より若干低いくらいで女性にしてはかなり高いが、驚くほど清楚な美人だ。
男としては…少し嬉しい。
いや、普通の隊服だろうと着流しだろうと、義勇であれば構わないのだが、たまにはこう…堂々と男らしく連れをいたわりながら歩きたいというのは、惚れた相手と一緒にでかける男の人情というものではないか。
女装なんてさせられて災難な義勇には絶対に言えないが…と、思いつつ、錆兎は幸せを噛みしめる。
一方の義勇はいつものように足を広げて歩けないため、やや歩きにくそうだ。
足元を気にしすぎて転びかけるのを、錆兎は横で支えて立たせると、
「ん…」
と、自分の腕を少し曲げるようにして、義勇に差し出す。
そして
「もたれかかるようになってもいいから。
掴まっとけ」
と言うと、
「ありがとう、錆兎」
と、ふわりと浮かべる笑みが愛おしい。
義勇にだけこんな格好をさせているのだから、当たり前のことなのに…と、思いつつ、そっと肘に添えられる義勇の手に
「お前にばっか嫌な思いさせて本当に悪い…」
と、錆兎が謝ると、義勇は
「嫌な…思い?」
と、小首をかしげた。
「ああ、女装とか…普通絶対に嫌だろ…」
あまりに不思議そうに言われるのでそう言葉を重ねると、義勇は
「ああ、錆兎はそうかもな」
と小さく笑った。
「俺はって…お前は嫌じゃないのか?」
わざわざ”錆兎は”とつける義勇に訝しげな顔をして聞くと、義勇はあっさり
「別に?」
という。
「だって何を着てても俺は俺だ。
普通の服を着て錆兎と居られなくなるなら、どんな格好でも錆兎と居られる方がいい。
服なんてたいした問題じゃない」
本当にこういうところがぁ……と、錆兎は思う。
義勇は昔からおとなしく見えて、実は自分なんかよりよほど潔い。
そうだよな、二人一緒に居られるなら何でもできるよな、と、思いつつも、じゃあ自分がこうやって女物の服を着られるかと思うと、錆兎なら迷う。
迷うなんて本当に男らしくないと思うのだが……
「でも…ちょっと歩きにくいな。
悪いが少しゆっくり目に歩いてくれ」
と、そこで少し苦笑して義勇が言うのに、もちろんだ!と頷く。
「なんなら俺がおぶっていってやってもいいんだが…」
もう一方的に不自由をかけているのだからと思って言うと、
「いや、それは返って目立たないか?」
と、義勇が首を横にふる。
「あ~…そっか。そうだよなぁ…」
と、肩を落とした。
そんな錆兎に義勇は少し寄り添うように近づいて、
「でも…手をつなぐんじゃなくて、こんな風に腕を貸してもらうのは普段ないから新鮮だ」
と、微笑みかけてくる。
ああ、本当に、本当に。
普段ぽや~っとしていても、錆兎が少し沈んだ気分だったりすると、さりげなくそばにいてくれるような義勇が好きだと、そんな義勇の態度に錆兎はしみじみと思った。
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