影は常にお前と共に_24

町中はそうやって2人並んでゆっくり歩いたが、なにぶん取れる休みには限りがある。
だから人の目のない街道などでは、錆兎は義勇を抱えて走った。

荷も当然全て錆兎が持つ。
これには、自分の荷くらい自分でと義勇が意義を申し立てたが、

「今義勇は女だからな。
女に荷を持たせて平然としているような男と俺が他人に見られて良いのか」
と拗ねる錆兎に、珍しく持論をひっこめた。

実際、真菰と錆兎と共に買い物に出たことがあるが、錆兎は任務以外では真菰といても荷物を全て当たり前に持つ。

なにしろ何を買うでも14人分だからずいぶんな量になるのだが、当たり前に手ぶらで楽しげに選ぶ真菰のあとを、大荷物を持った錆兎が付き従っていた。
もちろんそのときには義勇も当たり前に荷物を持たされていたわけなのだが…

それでも一番大変な部分は自分が背負い、真菰、義勇の順に気遣ってくれるので、むしろ申し訳ない気分になったものだ。


しかしこうして女の格好をしていると、普段よりさらに気の使われ方が違う。

まず町中では絶対に中央側を歩かせない。
人波や疾走する手押し車などで怪我をしないようにと、気づけばかばわれている。

義勇が言うまでもなく歩く歩調も自然に合わせられるし、街道脇などで休憩するさいも、自分はそのまま草むらに腰を下ろすくせに、義勇には当たり前に小さな敷物を出して敷いてくれた。

水も食べ物もまず義勇に先にくれるし、日差しを遮るものがないような場所では、自分が立って日差しを遮ってくれる。

「…錆兎って……」
「おう?」

「…男前だな……」
「はあ??」


一緒に並んで歩いて一緒に修行してと、全て一緒に育った時には全く気づかなかったが、離れている間にこんなふうな諸々を学んだのだろうか…と、思わず口にすると、手ぬぐいで流れる汗を拭いていた錆兎の手が一瞬止まる。

少し考え込んでいるようだ。


「いや…?昔から…だな。
親から男は女より強いのだから、守ってやれ、大切にしてやれと育てられたから。
実際、自分よりはるかに小さくて弱い妹がそばに居たからな。
そういうものだと思っていた。

義勇も別にそうしてほしければしてもいいのだが、俺なら自分がそういう扱いをされると男として軽んじられている気分になるから、義勇にもしなかった。
兄弟子たちにも当然してないぞ。

まあ、あれだ。俺が特別どうこうではなく、女兄弟がいたからだろう」

「…俺も…姉がいたがな……」
「あ~……上か下かの違い…」

義勇の言葉に錆兎が苦笑する。
まあでも確かに上か下かの違いは大きかったのだろう。
錆兎が妹を背に守って育っていた頃に、義勇は姉に大切に大切に慈しまれて育っていた。

そう言えば…と、いまさら思い出したのだが、こうして女物の着物を着せられるのに抵抗がない原因の一つは、幼少時に姉にたわむれに自分の幼い頃の着物を着せられていたからかも知れない。

これはおそらく姉のいる弟が割合と通ってくる道だと思う。

──義勇、可愛いからとてもよく似合うわ。次はこの着物を着ましょう?

楽しげに着物を並べて色々羽織らせる姉の様子は、なんとなく蝶屋敷ではしゃぐ少女たちと重なった。

そんな幼少時の体験を語ると、錆兎はたいそう複雑な顔で

「…それは…辛い体験だったな…」
というが、義勇は全くそうは思わない。

大好きな大好きな姉がとても楽しげに微笑んでいたのだ。
服くらい好きにさせてやるのは全く問題がないと思う。

そう答えると、錆兎は目をぱちくり。

そして
「義勇…お前はすごく懐が深いな…。
俺は妹は可愛かったが、妹に頼まれても女の服は着られん」
と、まじまじと言った。

懐が深い…わけではないと思う。

本当に好きな相手限定だ。
好きな相手が自分に望むことなら、なんでも受け入れたい…ただそう思うだけだ。


そのくらい好きだった姉はもう失ってしまったので…錆兎は絶対に失いたくない。
どうしても失うなら一緒に死にたい。
だって、自分達の間には、今こうして手を伸ばして触れる互いの感触以外はなにもない。

血の繋がりがなく、親でも兄弟でもない。
死んだら残るのはせいぜい相手が持っていた愛用品くらいで、それだって錆兎がもっていてこそ価値があるので、義勇が持ったところでただの無機物だ。

だからこそ…せっかく生きて共に歩める未来を見つけたのなら、それを失うような可能性は絶対に排除したい。

錆兎が出先で1人で上弦に出会って殺されるなどという可能性が万が一にでもあるとしたら、それを避けるために女物の着物を着るくらい、本当になんでもないことなのだ。


こうして少しの休憩後、また小さな温泉街の町外れまで錆兎に抱えられて、そして町外れからは腕を借りて旅館まで歩く。

そうして着いたその旅館はお館様が手配してくれたところで、鬼殺隊の人間だけではなく普通の人々も泊まる温泉旅館で、たいそう立派なものだった。

中居に案内された部屋はそこだけ独立した離れになっていて、なんと部屋に露天風呂まである豪華さだ。

「すごいな、さすがにお館様の手配だけある」
と、ほぉ~っと義勇が感心して室内を見渡している間に、錆兎は渡されたまま実は中身も確認していない荷を確認する。

着替えの他には包帯や薬といった簡単な医療品、そして土産には銘酒とカステラ。

鱗滝さん大好きな真菰だけあって、ずいぶん奮発したんだな、と、それには少し微笑ましくなった。

そして着替えの合間から紅い布に包まれた手のひらほどの瓶。
それを確認してそれがなんであるかを知ると、錆兎は1人で真っ赤になる。


…あの女…なんてものを寄越すんだっ!女の身でよく恥ずかしげもなく買えたな…

錆兎が頭を抱えていると、その肩越しに義勇がひょいっと顔を出した。

「荷物整理しているのか…。
あ…その瓶……」

と、隠す間もなく見られてしまって、

「こ、これは真菰がだなっ…」
と、往生際悪く慌てる錆兎だが、義勇はこれといって驚きも恥ずかしがることもせず、

「ちょっと待て。
俺もそれ胡蝶から預かってきた。
錆兎に渡してくれって」
と、自分の荷物をごそごそさぐった。

は??

「これ…錆兎にって」

バ~ン!!!と、真菰に持たされたものよりも一回り大きな香油の瓶が有無を言わさず手渡される。

『道中…怪我などをしてもよろしくありませんし、多めに使ってくださいね』
という手紙付きで。


その手紙も当たり前に覗き込みながら、
「…?医薬品…なのか?」
と、曇りのない目で見つめてくる義勇になんと説明して良いのか、錆兎は途方にくれた。

姉と妹に追い込みをかけられている…そんな気分だ。


「説明は…飯が終わってからで良いか…?」
結局そう逃げて、とりあえずは両方自分の荷物の中にしまいこむ錆兎。

せっかくの旅行だ。
食事は美味しく気兼ねなく食べたい。











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