錆兎が待っていても、義勇は飽くまでちまちまと美味しそうに甘みを頬張っている。
それでもいずれはなくなるもので、最後の一切れをごくんと飲み込んで、食後の煎茶を飲み干すと、義勇は改めて隣の錆兎の方を向き直った。
で?錆兎、話って?」
こんな風に戸惑いなく向き合って聞いてくるということは、そういう意味で意識している錆兎の気持ちには気づいて居ないんだろうなと、さすがに思う。
が、よくきくような、伝えることで今の関係が保てなくなるとか、そんな不安は不思議となかった。
義勇がまだそんな気になっていなかったら、たぶんもう少し待つだけだと思う。
伝えたところで進むか現状維持かで、それが壊れたり関係が後退したりはしない…そんな変な信頼感を錆兎は持っていた。
「もう少し待とうかと思ったんだが……」
と、切り出す錆兎。
それにきょとんとする義勇。
「気持ちが追いついてきそうな頃まで待つのが男だと思うんだが…」
「うん?」
「すまん。もうこんなに長く2人でゆっくり出来る日は来るかわからないと思ったら、言うだけでも言いたくなった」
「…うん…?」
やっぱり不思議そうにしている義勇。
しかし言うと決めたら言うのだ。男なら躊躇うなっ!!
そう覚悟を決めて、錆兎は言った。
「俺は義勇が好きだ」
思い切って口にした言葉。
すると義勇は即
「…うん…俺も…錆兎が好きだ……」
と、それにそう答えると、何故かぎゅうっと抱きついてくる。
「え?あ、…義勇?」
そんな義勇の突然の行動に驚く錆兎だが、すぐに自分の着物の胸元が濡れていくのに気づいて顔の色を変えた。
「どうした?義勇」
っと、とたんに全ての気負いが消えて、とにかく泣いている義勇を労る事が最優先だと頭が切り替わる。
「錆兎…錆兎、錆兎、…錆兎っ」
「うん?どうした?」
泣きながら自分の名を繰り返し呼ぶ義勇に、錆兎は逆に落ち着いてきて、その背をなだめるように撫でてやる。
──あの夜…っ……後悔したんだっ…すごく…
シャクリをあげながら言う義勇の、あの夜というのはいつのことなのか…と、錆兎は記憶をさぐるが、それはすぐ義勇の口から明らかになった。
「…ちゃんと、俺もって…俺も大好きだって…伝えておけばよかった…って……
ずっとずっと後悔してたっ…」
「あ~、あのときのことか…」
と、それで錆兎も思い出した。
そう言えば最終選別の前の晩、怯える義勇に自分は義勇が好きだから絶対に守ってやると言ったのだった。
あの時は別に義勇に何か求めているとかでもなくて、”影”になれば言えなくなるだろうから最後に伝えようと言う、まあ言うなれば一方的な宣言だったわけなのだが、義勇はそれを重く捉えていたらしい。
そんなに思いつめていたのなら、可哀想なことをした、と、まああの時はもうどうしようもなかったのだが、錆兎は思った。
「錆兎、錆兎、俺も好きだからっ…すごく好きだからっ……もう離れていかないでくれっ…」
必死にすがる義勇が愛おしい。
義勇が自分を好きなのは、自分が義勇をすきなのと同じくらい知っている。
互いに好きなのだから、どうやっても離れられるわけがない。
そう思った瞬間…錆兎は片手でぐいっと抱きついていた義勇の身体をひきあげて、涙でいっぱいの義勇の顔に自身の顔を近づける。
義勇はされるがまま全く抵抗もせず、涙目で錆兎をみつめていた。
そして…もう焦点も合わないくらい近づけて、互いの息がかかるくらい、触れるまであと数ミリくらいのところまで来ると、錆兎は
──嫌なら…逃げろ……
と低くささやく。
それでも義勇は逃げなかった。
──…いやじゃない…錆兎がしてくれることなら…なんでも……
と義勇がいったあたりで、逃げ道を与える余裕がなくなって、錆兎は義勇をさらに強く抱きしめ直すと、夢の中では何度も求めたその形の良い唇に自身のそれを重ねる。
…柔らかい……
思ったよりそれはずっと柔らかく、先程まで口にしていた水ようかんのせいか、ほんのりと甘い。
「…義勇、甘い。すごく美味い」
と、唇を離して錆兎が照れ隠しにそう言って笑うと、
「錆兎はスイカ味だ」
と、義勇も笑う。
そして少し間を置いて…
──スイカ食べるたび…思い出しそうだな…
と、指先で自分の唇をなぞる義勇に、クラリとする…
男として全てに余裕を持って…そう思うのに、思うはしから理性の壁を義勇に突き崩されていく気分だ。
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