──義勇…少しでも良いから食え。なんでも良いから…
と、錆兎が言うのに、義勇は力なく首を横にふる。
しかし、いつの頃からだろうか…胃のむかつきがひどくなって、食べ物の匂いを嗅ぐと吐き気がするようになった。
吐いて吐いて吐いて…しまいには吐くものもなくなって、胃液を吐いて、口のなかに苦い味が広がる。
食えと言われても食えば吐くわけだから、疲れて食う気もしない。
これは世で言うつわりという現象らしいが、世の女性は普通に生きているのだから、これほどまでの吐き気というのは、何かおかしいのではないか…もしかして腹にいるのが鬼の因子を持った何かだからなのではないか…と、義勇は恐ろしくなった。
義勇は思う…まずは錆兎に申し訳ない…と。
本当に本当に申し訳ない。
自分の恋人が柱のくせに敵に拉致された挙げ句、子を造る器官などを作られて、わけのわからないものを腹に宿しているなんて、本当は嫌だろう…。
しかもそれをつくるのに自分も関わらざるを得なくなってしまったとなればなおさらだ。
そのまま万が一また鬼側に拉致をされて鬼舞辻の種でも受けることになれば、下手をすれば金輪際鬼舞辻を倒せるすべが無くなる可能性がある。
かと言って、錆兎は優しい男だから、そんな馬鹿な相手だとしても、恋人関係を結んだ義勇を殺すなんて事はできやしない。
だから…結果的に、自分がその本当にどんなものになるかもわからない、下手をすれば化け物かもしれないものの父親になるしかなかったのだ。
いっそこのまま義勇が死んでしまえれば一番良いのかも知れないが、今こうやって食うことが出来ずにやせ細っていく義勇を前にして、錆兎があまりにも手を尽くそうとしてくれるから、それを無碍にすることもできないまま、義勇は生きながらえている。
それでも耐えきれず、──死にたい…と、泣くと、あれ以来時間の許す限りほぼずっと義勇に寄り添っている錆兎が
──俺に恋人と己の子、両方を一度に失わせるつもりか…
と、悲しげに言うので、いつだってそれ以上言葉を告げられなくなってしまうのだ。
そう、錆兎はこんな馬鹿な義勇にとんでもないことに巻き込まれたにも関わらず、ずっと寄り添い、少しでも義勇が食えそうなものがあれば取り寄せ、それでも食えない日が続く時は、普通に飲み食いするのを嫌がる義勇のために、果実をしぼったものであるとか、冷ました汁物などを、口移しで飲ませてくれるまでするのだ。
そうして義勇がそれもそれで申し訳なくて泣くと、
──俺の子を生んでくれるために義勇がこうして苦しんでいるのに、申し訳ないのは俺のほうだろう。
などと言う。
そんな風にまるで普通に愛し合って子ができた夫婦のように、腹に得体のしれないものを抱えた馬鹿な義勇を錆兎は大切に大切にしてくれた。
それは義勇が意識していない時でもで、あまり食えぬために体力が落ちて、睡眠時間ばかりが増えた義勇がウトウトしていると、気づけば錆兎が義勇の腹を撫でている。
そうして、
──元気にそだてよ?でもあまり義勇の体力を奪ってくれるな。生まれてくれば俺が世話をしてやるからな。
などと優しい声音で話しかけているのを何度も耳にした。
錆兎は義勇がいなければきっと、彼にふさわしい立派な女性と世帯を持ち、良い父親になったのだろう…と、それを見ては義勇はまた申し訳ない気持ちがこみ上げてきて、ますます気が臥せってしまう。
錆兎…錆兎、すまない…。
俺がお前の人生をめちゃくちゃにしたんだな…
それは償いきれない罪で…もういっそのこと自分なんてこのまま腹の子と一緒に死んでしまえばいい…と、義勇はずっと思い続けていた。
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