──さ…錆兎……や…やだ…
義勇は泣きながら首を横に振った。
そこは元は錆兎の部屋で、義勇が錆兎の生存を知ってからは義勇も一緒に住んでいる。
そこで今、義勇は抵抗できぬよう両の手首を縛られて、布団の上に横たわらされていた。
目の前には恋人。
隊服を脱ぎ捨てれば、惚れ惚れするような筋肉質な身体が目の前に現れる。
──…今回だけは、義勇の”やだ”も聞いてやれん。すまん
と、こんな風に無体を働こうとするわりには少し辛そうに眉を寄せ、錆兎は涙が止まらぬ義勇の目の端に口づけを落とした。
ことの発端はというと、なんだったのだろうか…
自分が水の属性に近しすぎるものだったせいなのだろうか…
鬼舞辻無惨は多くの鬼を作り出したが、当たり前だが自分自身は作り出せなかった。
様々な形に姿を変えられさえするその男は、だが、今の自分の肉体が滅べば全てが終わりだということをひどく恐れている。
そのためその要因になりうる太陽の光を克服する方法を古今東西から情報を集めて調べていたりと、とにかく自身の身を滅ぼさぬよう、様々な手を尽くしていたらしい。
そしてその一環として彼が考えたのが、自身を太陽の光を仇としない人の腹から生み出させる事。
正確には、自身と人との間に自身の分身くらいに近い子を作り、それを取り込むことでその子の持つ太陽に弱くないという特性を取り入れられないか…ということだ。
まず普通の人間の女の腹で試したらしい。
自分の特性を高濃度に圧縮した精を持って子を産ませる。
だが、有史以来初めての、そして、とても精度の高い鬼である鬼舞辻の、さらに濃度の高い精を受けた女は、全てその”鬼”の血に耐えられず、命を落とした。
それでも諦めきれず、何度も何度も繰り返されるそれ。
そうして失敗を繰り返すうち、さすがに鬼舞辻も思った。
鬼の血を与える時も優れた相手でなければ血の力に耐えられずに死ぬように、子を産ませるのも”並の女”ではだめなのだ…と。
そこで彼が目をつけたのが、鬼を滅するほどの力を持った鬼殺隊の…さらに強い力を持った柱達。
女の性を持つ柱も2人いる。
そうでもなければ、本来女性が多く持つ強い陰の気を持つものであれば、鬼舞辻の力をもってすれば一度きりくらいなら、子を孕むように身体を作り変えることも不可能ではない。
とにかく出来得る限りのことを……
そんな画策が為されている中で、義勇は運悪く拉致された。
陰の要素を強く持つ水への親和性が限りなく高い質を持つ、水の柱としては適したその属性が仇になる。
鬼舞辻の手によって子が宿る器官が身体の中に出来た。
鬼舞辻が行為の前に準備をと離れた間に、警護の鬼たちを蹴散らし蹴散らし駆けつけた錆兎に救出されて、孕まされる前に脱出できたのは良かったのだけれど…
だが、危険がないわけではない。
なぜならすでに孕める状態にあるからだ。
もし無惨が陽の光を克服したならば、下手をすれば二度と倒すことすら叶わなくなるかも知れない。
そう思えば万が一の可能性も残すわけにはいかないのだ…と、義勇は迷わず死を選ぶことにした。
他にも孕む事が可能な女の柱もいるとは言え、おそらく一番危険なのは鬼舞辻の手で孕むための器官を与えられた自分だろう。
…と、決意を決めたらこのざまだ。
──一度きりしか孕めないというならば、お前は全く問題ないだろう。俺の子を孕めばいい
当たり前に錆兎が言う。
その言葉に、何を言っているのだこの男は…と、義勇は思った。
普通に子を生む身体に生まれたならとにかく、鬼の頭領に作られた子を宿す器官を持っただけなのだ。
普通の人間の子を孕んだところで、まともに生まれるとは限らない。
そもそも普通の人間相手に孕むのかすらわからない。
そんな怪しいものに錆兎を巻き込むわけにはいかない。
錆兎はいつだって輝く光の下を歩んで行くべき人間だ。
と、思い、実際にそれを口に出しもした。
そうしたら呆れられた。いわく…
──光の下も何も、俺はお前の”影”柱なんだが…
と。
いや、それは飽くまで役職の名称で…と言っても
──俺は俺の恋人を死なせるつもりは毛頭ないし、他の男の子を孕ませるつもりもない
と、実に錆兎らしい漢らしい様子で言われて、キュンとはするが、それはそれ、これはこれ。
万が一この腹から鬼の子などが生まれて、それに錆兎が関わってしまったなどという事態は避けたい。
錆兎にそんな不名誉な責を追わせるくらいなら死んだほうがいい。
と、それでもそのことについては両者譲らず進展もなく、そうして争った結果が今の事態である。
正直…錆兎が本気になったら、義勇は力では錆兎に敵わない。
今まで錆兎がそんな風に何か義勇に力づくになるということはなかったので意識したことはなかったのだが……
「結果は同じだ。
俺も乱暴にはしたくはない。無駄な抵抗はしないでくれ」」
という錆兎は本気だ。
「…さび…と……やだ…」
「…すまん…」
「…本当に…やめてくれ……」
「…すまん…」
手を縛る紐は錆兎が何より大切にしている鱗滝さんからもらった面についていたもので、それを引きちぎる勇気は義勇にはない。
身体は両手が自由になる錆兎に布団に縫い付けられていて、元々の体力差もあって抵抗らしい抵抗もできず、唯一自由になる口での哀願は、柔らかな拒絶にあって意味をなさないでいる。
こうしてなすすべもなく錆兎に抱かれて義勇は気を失った。
仕方のなかったこととはいえ初めて義勇の意思を無視して己の意思を貫いたことで、錆兎は罪悪感にさいなまれながら…乱暴にしてすまん……と、すでに意識を飛ばした義勇の額に口づける。
しかしこれは終わりではない。
この時から実に一ヶ月の間、錆兎はこうして義勇を抱き続けた。
今までは義勇の身体に負担がないように、初めての時以降は、優しくなるべく穏やかに…しかも普段は抱き合って眠ることはしても実際に身体をつなげるのは1週間に一度と決めていたのだが、今回ばかりはそうも行かずに一ヶ月。
泣いて嫌がる義勇を毎日抱くのは錆兎自身の精神的にもなかなか厳しいものがあった。
しかし義勇を死なせるわけにはいかない…死なせるわけには絶対にいかないのだ。
こうして身を切るような思いで抱き続けた末に、義勇の腹に小さな命が宿ったとわかった時には、錆兎は心底安堵した。
だが、またそれは新たな心配の始まりで、それからまた錆兎の悩みは続いていくのである。
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