生贄の祈り
「…エリザに…生贄になりたいって言ったんだ…」 アントーニョに抱きしめられたまま、どうする事もできそうにないので、アーサーは話し始めた。 「…生贄?」 ピクリとその言葉にアントーニョが反応する。
東の塔は驚くほど綺麗になっていた。 昔後宮として使っていただけあって、塔と言っても1階スペースは広く、上に伸びた塔の部分はどちらかというと展望スペースのようなサンルームになっていて、天気の良い日に海を見渡しながらティータイムを楽しめるような造りだ。 東に入る入口は後宮であった...
「話…できんのか?つか、俺が来てるってわかってのか?」 数日後…太陽の国の城についたロヴィーノは、案内されたアントーニョの私室のリビングで、ギルベルトに抱えられるようにソファに座った…というか、座らされたアントーニョを見て、驚いたように目を見張った。
あの日と同じ…いや、あの日より状況は悪いのだろうか…。 最後にアーサーの姿を確認したのは2時間ほど前だ。 せめて飛び降りてからそんなに時間がたってなければいいのだが……。 前回は飛び降りた直後にあとを追っても、助け出した時にはもう呼吸が止まっていたのだ…今回は……
事件が起こったのはそれから3日後の夜だった。 その日もベルは大あくびをしながら、ランプを片手にそ~っとアーサーの部屋のドアを開けた。 風邪で寝込んで以来、心配したアントーニョが頑なにベッドを離れる事を許さないため、アーサーがたまに人目のなくなった時間にこっそり起きているため...
「ロヴィが来るって?ええよ。なんか美味いモンでも用意したり」 アーサーの状態が少し落ち着いたようなので、通常の仕事に戻った一週間後、それでもアーサーの部屋で仕事をしていたアントーニョは、親書を携えてきたギルベルトに顔だけ向けてそう言った。
「少し…やつれましたね。」 エリザはベッドのそばまでくると、それまでアントーニョが座っていた椅子に腰をかけた。 アーサーはうつらうつらしていたが、その声にかすかに目を開ける。 熱のためか潤んだベリドットがぼんやりとエリザを視界にとらえた。 「ちゃんと食事摂れてますか?」...
「エリザさん、どうだった?」 アーサーの部屋を辞したエリザが向かったのはフェリシアーノの部屋だ。 本当は本人が見に行きたいと騒いでいたのだが、フェリシアーノがアーサーの側によるとアントーニョの不機嫌度が増すため、あとで様子を伝えるからと、大人しくさせておいたのだ。 そうで...
眠って起きたらまだ人の気配がした。 おそるおそる目を開けると、心底ホっとしたような目でアントーニョが顔を覗き込む。 「おはよーさん。気分はどない?なんか食べれそうか?」 髪を梳く大きな手が気持ち良い。 温かさに胸がいっぱいになった。
「…じゃ、結局俺にとりいって来い言われただけなんやな?他にはなんも聞いてへんの?」 「うん。アーサーの存在もさっき会って初めて知ったよ。」 とりあえず国の安全がはかれたと言う事で、素直に自分の身の上を語るフェリシアーノ。
新しい人質…とったんだな…… ベルに連れて帰られた自室で医師を待ちながら、アーサーはボ~っと思った。 見るからに人懐っこい明るい感じの少年だった。 人見知りな自分ですら思わず親しみを感じてしまうくらいに…。
「とりあえず場所かえるわ。ここやとまたアーサーが心配して戻ってくるかもしれへんし。 あの子にあんま殺伐とした話聞かせたないから。」 そう言ってアントーニョはフェリシアーノを部屋の外にうながした。
「で?あの子どうするよ?」 小川の国の王子との謁見を終えたあと、他に人がいないのを良い事に、ギルベルトは床に胡坐をかいた。 「なんか…裏ありそうではあるんだけどよ、必死さが痛々しくね?」 ガシガシと頭をかきながらそう言うギルベルトに 「そうよねぇ。トーニョが相手してやらな...
「とりあえずどうしようかなぁ……」 太陽の国の人質用の部屋でフェリシアーノはため息をついた。 容姿にも物腰にもまあまあ自信があって、そこそこ勝算があるかな?と乗り込んではきたものの、相手の反応は思っていたものとまるで違っていた。
「あ~?小川の国ぃ?湖の隣かいな。」 アントーニョは玉座に行儀悪く肘をついて、謁見の間でギルベルトの報告を受けている。 「今回湖の国を攻める兵を配置したから、慌てて連絡取ってきたみたいだな。」 ギルベルトはそう言って苦笑した。
「あ~、失敗したのかね?珍しい」 「珍しっすね~。兄ちゃん」 不機嫌に国に帰ったフランシスを迎えたのはモナとシェリー。二人の妹たちだ。
そして数日後…… 温かいはずの太陽の国の広間ではすさまじいほどの冷気が吹き荒れていた。 美と愛の国…と称される風の国の麗しき王、フランシス・ボヌフォワと、情熱の国…と称される太陽の国の王、アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド。
「なあ…ベル。この国とさ、風の国って結構違うのか?」 城に帰って着替えると、ベルが入れてくれた温かいミルクティを飲みながらアーサーは髪を丁寧に拭いてくれているベルにきく。 「そりゃ違う国やから同じやないけど?」 質問の意味をとらえかねてベルが首をかしげる。
「すごいな、本当に塩辛い!」 舟遊び用の小さめの船の上でアーサーは桶をおろしてすくった海水を少し舐めて目を輝かせた。 「そんな事でそこまで楽しんでもらえるなら、誘った甲斐あるわ~」 アントーニョはその様子を見て目を細める。
「これ、すごく美味いなっ。」 テーブルに置かれた籠いっぱいの焼き菓子。 それをリスのように頬張って幸せそうな顔をするアーサー。 「せやろ?お姉ちゃん菓子焼くのめっちゃ得意なんやで~。」 と、胸を張るベル。 その和やかな空気の流れる部屋のドアをノックして入って来たのはアン...