小川の国の王子との謁見を終えたあと、他に人がいないのを良い事に、ギルベルトは床に胡坐をかいた。
「なんか…裏ありそうではあるんだけどよ、必死さが痛々しくね?」
ガシガシと頭をかきながらそう言うギルベルトに
「そうよねぇ。トーニョが相手してやらないから最後泣きそうな顔してたじゃない」
とエリザがうなづく。
しかし当のアントーニョは不機嫌に口をとがらせた。
「アホ色魔の手先なんやで?考えてみたら会うてやってた分の時間、アーサーに会えんかったやん。めっちゃ損した気分や。自分で会わんでもギルちゃんにでも相手させたったらよかったわ。」
「お前なぁ……どんだけお姫さんの事好きなんだよ」
「そうやなぁ、もうこうしてギルちゃんと喋ってる時間もったいない思うくらいには愛しとるから、もう行くわ。とりあえず子狐の化けの皮はがして逆に色魔に攻撃させる方法考えといてや、ギルちゃん」
「俺かよ」
むぅ~っと眉をしかめるギルベルトに構わず、アントーニョは、じゃあまかせたで、と、言い残すと、謁見の間を出て行った。
最近持ちこめる仕事は部屋に持ち込みで、外部との接触のある仕事以外はずっとアーサーの部屋で過ごしている。
元々はデスクワークの類は好きではなかったのだが、アーサーの部屋でアーサーの淹れてくれた美味しい紅茶を飲みながら、かたわらで刺繍をするアーサーの可愛らしい姿で時折目を癒しながらする仕事は、結構楽しいしはかどる気がする。
そこにいてくれるだけで癒される…そんなのは初めてだった。
将来的な事はわからないが、今はただ無垢で綺麗なまま大事に大事にしまっておきたい。
あんな色魔の性的なおもちゃにするなどとんでもない。
大事な大事な宝物。
それが手の中にあるだけでこんなに幸せだ。
アントーニョは鼻歌を歌いながら廊下を軽い足取りで急ぐ。
今日仕事が終わったら明日は丸一日時間が取れる。
そうしたらアーサーとベルを連れて船で釣りをしよう。
そんな事を考えながら自室前の廊下までたどり着いた時、隣室のアーサーの部屋のドアがバン!と開いて、中から涙目のベルが飛び出て来た。
「ベル!どうしたん?!」
アントーニョが駆け寄ると、ベルは泣きながら叫んだ。
「親分、どないしよ!うちがお菓子持ってきたちょっとの間にアーサーいなくなってん!!あの子に何かあったらどないしよっ!!」
「ほんまかっ!それどのくらい前や?!」
思わずアントーニョも声を荒げてベルの両腕を掴んで聞く。
「たぶん…10分も席外してへんのやけど」
ベルの言葉にアントーニョは反転した。
「エリザとギルに一緒に探すよう言ったって!他には言ったらあかんでっ。この前みたいに内部の奴かもしれへんから、言うたら返って危険やっ!」
そう言い置いて、自分はとりあえずかけ出す。
あの子に何かあったら……
前回の一連の事が脳裏に蘇る。
あの衰弱しきって今にも息絶えそうだったアーサーの姿が浮かんでは消えた。
自分とは違って綺麗なぶん、すぐ消えてしまう儚い命…。
目の前で消えかかっている命の灯を前に何もできないあの無力感と絶望感…
(アーサー、どこやっ?!無事でいたってっ!!)
部屋のドアを片っ端から開けて中を覗き込むが、求める姿はない。
足が、手が、体中が恐怖に震えた。
あの子をなくす……あの子がいなくなる……?
想像するだけで体中から血の気が引いて行って倒れそうだ。
心臓の痛みは限界で、今アーサーに何かがあったと知らされたら、耐えられる許容を越えて痛みに気が狂うだろう。
今でさえ痛すぎていっそ心臓をえぐり出したい気分になっている。
(アーサー、アーサーっ…どこやっ?!!)
倒れているかもしれないと、死角になるようなところまできっちり探して、息絶えた姿が見つからない事に安堵し、無事な姿が見えない事に絶望する。
安堵と絶望がグルグルと回りまわって、目まいがした。
目の前がグラグラと揺れて、無様に転ぶ。
それでも壁にすがるように立ち上がると、おぼつかない足取りでアントーニョはまた走りだした。
前回のように、ほんの1分が助けられるか死なせてしまうかの境目になるかもしれない…そう思うといてもたってもいられない。
(無事で…無事でいてや…)
祈りながら、もうどこを走っているやらわからないまま城中をさすらっていると、不意にベルの声が聞こえて我に返った。
そして人質部屋の一帯に来ていた事に初めて気づく。
考えるより先に走り出していた。
「アーサー居ったか?!」
と叫ぶと同時に声の聞こえた部屋に飛び込むと、そこには探し求めた大事な大事な宝物が。
その無事な姿にアントーニョは泣きそうになった。
それでも安心できなくて
「怪我は?どこもなんともあらへん?」
と、アーサーの上から下まで確認して、どうやら本当に無事な事がわかってホッとして抱きしめる。
薔薇と…紅茶の甘い匂い。
夢じゃない…。本当に大事なこの子だ…。
その香りとふわふわとした感触にようやく辺りを見回す余裕を取り戻したアントーニョは、そこに嫌なものを発見して表情を引き締めた。
風の王…フランシスの手下。小川の国の王子フェリシアーノ。
まさかアーサーに何か?と、警戒を強めるアントーニョ。
とりあえず…と、アーサーをベルに戻して部屋に戻らせるように言ってフェリシアーノから引き離す。
もちろん前回の事もあるし何かあってからでは遅いので医者の手配も忘れない。
「さて…」
ベルにひきずられるようにアーサーが部屋を出て行ってパタンとドアが閉まると、アントーニョはス~ッと表情を消した。
「あの子に何しとったん?」
返答次第ではただではおかない…殺気を放つアントーニョにフェリシアーノはすくみあがった。
大国の王…という立場を別にしても身の毛がよだつほど怖い…。
「だまっとるって事は…言えんような事しとったん?」
一歩踏み出して言うアントーニョに思わず一歩下がるフェリシアーノ。
全身から冷たい汗が噴き出した。
言葉が出ない…。
しかたなく首を横に振るが、アントーニョの殺気は増すばかりだ。
殺されるっ!とフェリシアーノが思わず目をつぶった瞬間、バン!と再度部屋のドアが開いた。
「トーニョ、」
ドアの外から顔だけ出すアーサー。
か…可愛ええ~~~~~
可愛いなぁ~~~~~
と室内の二人が一瞬緊張を解いた。
そこでアーサーの言葉…
「フェリは俺の友達だから…あまりきつい事言うなよ」
「アーサー…」
アントーニョはがっくりと、フェリシアーノは喜色満面でその名を口にする。
「まあ…今回はとりあえず命は助けたるわ。一応勝手に部屋抜け出てんから、話は聞かせてもらうけど、乱暴な事はせえへん。それでええな?ちゃんと部屋に戻って一応医者の診察受けといてな」
渋々そういうアントーニョに、アーサーは、なんで医者?と口をとがらせるが、
「前回の事あるし親分が安心できへんねん。ちゃんと受ける事が今回こいつそれだけで許したる条件やで?」
とアントーニョが言うと、アーサーは渋々うなづいて部屋に戻って行った。
それを見送って、ハ~っとため息をつくアントーニョ。
「ま、約束やから仕方ないわ。でも話はきかせてもらうで?風との関係もな」
と、笑顔とは言えないし不機嫌な声音ではあるが、さきほどのような殺気はないアントーニョに少し安心して、フェリシアーノはこくりとうなづいた。
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