生贄の祈り 第六章_3

「とりあえずどうしようかなぁ……」
太陽の国の人質用の部屋でフェリシアーノはため息をついた。

容姿にも物腰にもまあまあ自信があって、そこそこ勝算があるかな?と乗り込んではきたものの、相手の反応は思っていたものとまるで違っていた。

強国の王の庇護欲をくすぐるように、少し震えながら両手を胸の前で組み、上目遣いに自国を攻めないでもらえるよう嘆願をするフェリシアーノの様子に、太陽の国の王は全く心を動かされてはいないようだった。

国を攻めるとも攻めないとも明言はせず、
「さすが噂にたがわぬ可愛ええ顔しとんなぁ」
と笑顔で言うが、他の…もっと言うなら風の国の王のように、そこに性的な興味を持っているようには感じない。
自国の安全を盾に、この太陽の国の王にとにかく気にいられてこいと秘密裏に命じた風の王が言うには、太陽の国は基本的に力押しで単細胞な人間の集まりだと言う事だったが、どうしてどうして、まったく腹の底が読めない男だ。

気にいられようにもこちらの言葉や態度は、薄くでも頑丈な壁で隔たれられているように、ストレートにあちら側へ届いていない気がする。
お手上げだ。

「こちらには他に人質はいないんだね?」
人質のための部屋が連なるあたりに連れて来られたフェリシアーノが、案内の者にそう声をかけると、
「元々陛下はたわむれるために人質を取る趣味はあらへんのです。せやからたいていは用なくなると国元へ戻されるか殺されるかなんで、一人以上の人質さんがおられることはないんですわ。」
と怖い言葉が返ってきた。

もしここに来た理由がバレたら自分は完全に後者だと、フェリシアーノは身震いする。

とにかく誰でもいい、一人でも二人でも味方を作っておかないと、とは思うものの、この国では王が絶対らしく、フェリシアーノが近づこうとしても誰もが慌てて離れていく。
良くも悪くも人懐っこく、また人に好かれてきたフェリシアーノは疎外感に少しへこんだ。

部屋にいてもウツウツとするだけなので、フェリシアーノはそこだけは出る事の許されている小さな庭に出る。
自国よりは陽射しが強いが、今日は曇っているせいか過ごしやすい。

(…兄ちゃん……どうしてる?)

庭にある小さなベンチに横を向いて膝を抱えるように腰を下ろすと、フェリシアーノは抱えた膝に顔を埋めて、大好きな双子の兄の事を想った。

不器用で…優しい言葉をかけてくれたりは滅多にしないが、本当は優しい兄ロヴィーノ。
太陽の国が隣国湖の国を攻めるとわかった時、あと二つの大国のうち、一番動いてもらえそうな風の国へフェリシアーノを送ろうと重臣たちが言うのに、最後まで反対していた。

しまいには、どうせ双子なんだから王位継承権なんてそう違いがあるわけじゃないし、フェリシアーノに位を譲って長男の自分が行くとまで言ってくれたその言葉で、フェリシアーノは何があってもこの国を守ろうと、遠く知らない大国で骨を埋める覚悟をしたのだった。
絶対にそんな兄を、国を守らなければならない。
そのためなら自分はどんな事もする覚悟できたのに、今のままでは何もさせてもらえない。
ため息しかでない……。

いや…ため息をついている場合じゃないか。
ガバっと顔を上げるとフェリシアーノは辺りを見回した。

隣の庭とこちらを隔てている垣根は、完全な大人なら無理そうだがまだ細いフェリシアーノくらいの少年ならなんとかくぐれそうな隙間がある。

「よいしょ…っと…う…やたっ!」
このままではらちがあかないとくぐってみれば、なんとか隣の部屋の庭へと脱出成功だ。

案内の者が言った通り、そこには全く人の気配はない。
部屋と庭のドアは開かないように鍵がかけられているので、フェリシアーノはしかたなくさらに隣の庭へと侵入する。

すると今度は部屋の中に人の気配がした。
ぺたっと窓に張り付いて中を覗くと自分と同じ年頃の少年が見える。
少し落ち着いた柔らかい色合いの金色の髪に真っ白な肌。
新緑の色に似た翠の瞳を縁取る金色のまつげは驚くほど長い。

(うあ~可愛い子だなぁ♪)
とそのまま観察してると、目があった。
びっくりしたように丸くなる緑の目が可愛らしい。

にこっと笑いかけて手を振ると、一瞬戸惑って、それでもおそるおそる窓を開けてくれた。

「お前…何してんだ?庭師…じゃないよな?」
コクっと首を傾けて聞いてくるのに
「うん、違うよ~」
と答えながら、フェリシアーノは窓から部屋の中に入る。
こうして普通に会話してくれる相手はこの国にきて初めてで、フェリシアーノは嬉しくなった。
基本的に人が好きなので、みんなに避けられて遠巻きにされると地味に落ち込む。
「ここさ、人質用の部屋だよね?俺の他に人質いないって聞いてたけど…君は違うの?」
嬉しくて饒舌になるフェリシアーノに、少年は少し戸惑ったように黙り込んだ。

「ごめんね、聞いちゃいけない事だった?」
その様子にフェリシアーノがうつむく少年の顔を覗き込むと、少年は首を横に振った。

「いや…ここは元々俺の部屋になるはずだった部屋で…実家から持ってきた荷物はそのまま置かれてたから、少しだけ取りにきたんだ。」
「君の部屋になるはずだった部屋?今は?違う部屋にいるの?」
さらに聞くと、少年は言う。
「トーニョの隣の部屋にいる。必要なモノは揃えてくれるから他はいいんだけど、実家から持ってきた花の種植えたくて…それだけ取りに来た」

トーニョ?っと一瞬頭の中で考え込んで、フェリシアーノは思い出した。
アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド…この国の王の名前だ。
トーニョというのはアントーニョの愛称なんだろう。

王を愛称で呼んで王の部屋の隣に部屋を与えられているこの少年はいったい……
フェリシアーノが少し考え込んでいると、同じく考え込んでいた少年がぽつりぽつりと口を開いた。

「森の国から来たんだけど…来る途中で他国の襲撃があって…トーニョが助けに来てくれて…なんか…仲良くなって?今は…なんだか人質じゃなくて身内だって言われてる…」
ほんのり頬を紅くして少し照れたようにいう様子も可愛い。
たどたどしいその説明が、少年がまるで世慣れていないのを表しているようで、なんだか庇護欲のようなものをそそられた。

それと同時にこの子大丈夫か?と心配になる。
話を聞く限り、おそらく今の太陽の国の王のお気に入りなのだろう。
自分は人質というものは基本的に使い捨てで、気にいられたとしても一過性のものだという認識はちゃんと持っているし、たとえ笑顔でもこの国の王が非常に油断のならない人物だと言うのはなんとなく感じ取れた。

でもこの子は相手の事をまるごと信じてしまっているように見える。
もしあの王がこの子に飽きてまた人質として放りだしたら…

「あのね。」
それは非常に衝動的な行動だった。
フェリシアーノは少年の手を両手で握る。
「俺、フェリシアーノって言うんだ。小川の国から来た人質だよ。君は?」
いきなりのフェリシアーノの接近に少年は思い切り戸惑いながらも
「…アーサー…。」
と答えた。
「そう。あのね、アーサー、俺は君と同じような身の上だから…君の味方だよ。何かこの先つらい事とかあったら言ってね。何もしてあげる力はないかもしれないけど、言うだけでも楽になる事ってあるからね」
フェリシアーノの言葉にアーサーはぽかんと不思議そうな顔をする。
強国の人間が小国の人間をどう扱うかなどわかってないんだろうな…とフェリシアーノは苦笑した。

自分だって風の国ではそこそこ気にいられていた方だと思う。
何かにつけてフランシスの前に呼ばれたし、アーサーのように隣の部屋を貰うと言う事はなかったが、朝から晩まで一日中かなりの割合でフランシスの部屋で過ごしていた。
それが必要となれば、掌を返したように敵国で相手の王に取りいって来いと送りだされるのだ。

この子がそんな目にあわないといいな…とは思うものの、自分には助けてやれるだけの力などないのもわかっている。
せめて傷ついた時に嘆きを吐き出せる相手になれれば良いなと、フェリシアーノは思った。

まあ今そんな話をしてもアーサーには実感がわかないだろうし、わいたらわいたで日々不安にさせるだけだろう。
そう思ったフェリシアーノはとりあえず
「えと…つまりね、同じ年くらいだし、友達になろう?」
とニッコリと自慢の天使の笑みを浮かべた。


「アーサーに何してるん?!」
その時急に鋭い声がして、アーサーの手を取っていたフェリシアーノの手がはたき落とされた。
自分たちよりは少し年上であろう女性は、アーサーをぎゅっと抱きしめるとフェリシアーノをにらみつけた。
「この子はうちの弟なんやから、おかしな真似したらしょうちせえへんよっ!」

どう言う事だろう?
姉弟にしては似てない…というか、この女性は言葉からもわかるように太陽の国の人間だ。
フェリシアーノが悩んでいると、女性は今度はアーサーの方に向き直って叱っている。

「知らん相手に話しかけられても相手にしちゃあかんよ!危ないでっ!そもそも…どっか行く時は必ずうちと一緒に行き言うたやろ?!」
そうきつい口調で言った後、女性はホロっと涙をこぼした。

「ほんま…部屋戻ったらいきなりおらんくなっとって、めっちゃ心配したんやで?またどっか連れていかれてもうたんかと思って、うち、心臓止まるかと思ったわ」
とそのまままたアーサーをきつく抱きしめて泣いているところを見ると、血のつながりはないにしろ、本当に姉弟のような関係らしい…とフェリシアーノは判断した。

「ごめん…ごめん、ベル。ちょっとうちから持ってきた種取ってきてすぐ戻るだけだったから、一人で大丈夫だと…」
と、オロオロと言い訳をするアーサーの言葉を遮って女性、ベルは
「大丈夫やないっ。あんた狙うてる輩やっておるかもしれへんのやから。
絶対にこれからは一人で出歩いたらあかんよっ」
と、アーサーを頭ごと抱え込む。

そこでさらに足音と共に人が駆け込んできた。
「アーサー居ったか?!」
と、顔面蒼白で部屋に駆け込んできたのは、なんと先程まで顔色一つ読ませなかったこの国の国王、アントーニョだった。

「怪我は?どこもなんともあらへん?」
ベルの腕からアーサーを引き寄せると、アントーニョはそう言ってアーサーの全身を確認するように、上から下まで目を向けると、ようやくホ~っと安堵の息を吐き出してアーサーを抱きしめる。

「ほんま…無事で良かったわ…」
と言う腕が声が震えていて、どれだけアーサーを心配していたかが伺える。

「…トーニョもベルも…おおげさなんだよ。」
と、アントーニョの腕の中でちょっと拗ねたようにアーサーが言うのに
「おおげさやないわ…。自分になんかあったら親分もうショックで死んでまうわ…」
と、やはり震える声で答えた。
肩が震えている。もしかしたら泣いているのかもしれない…。

自分と対面した時のあの食えない人物とはまるで別人だ…とフェリシアーノは驚いた。
同時に、本人いわく少し一人で王の部屋の隣の自室からこの人質の部屋の連なるあたりまで物を取りにきただけで、王自らが顔色を変えて探し回っていたらしい事にも驚く。
いったいこの子はどれだけ大切にされているのだろう。

「…トーニョ…ごめん。悪かった。」
さすがに気がひけたのか、アーサーがそう言って少し抱きしめ返すと、アントーニョはコツンとアーサーの額に額を押し当てて
「無事やったから、もうええわ…。でもこれからは黙って一人でどっか行かんといてな。ほんま心配すぎて親分気ぃおかしゅうなってまうわ」
と言う。

そして気が落ち着いてきたのか、
「ベル、アーサー頼むわ。一応エリザに言うて医者に見せといて」
と、アーサーをベルに戻して、部屋の外へとうながした。




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