生贄の祈り 第七章_1

「とりあえず場所かえるわ。ここやとまたアーサーが心配して戻ってくるかもしれへんし。
あの子にあんま殺伐とした話聞かせたないから。」
そう言ってアントーニョはフェリシアーノを部屋の外にうながした。

そのままフェリシアーノに与えられている部屋まで行く。

部屋にはソファと椅子があり、アントーニョはフェリシアーノにソファに座るように促し、自分は固い木の椅子に腰をかけた。
アーサーの友人と言うだけで態度が変わったのだろうか?と思いつつ、フェリシアーノは
「陛下がソファに…」
と勧めるが、自分を見るアントーニョの視線は相変わらず冷ややかだ。
そしてそのアントーニョの
「ソファだと攻撃仕掛けられた時に対応しにくいわ」
と言う言葉に、フェリシアーノはまだ自分が信用されてない事を知った。

そう思ってよく見てみれば、なにげなく組んでいるように見える腕の先のあたりには、すぐ手が届くような位置に短剣のベルト。
怪しいそぶりを見せればすぐ刺されるのだろう。

風の国の王のフランシスは確かフェリシアーノといても丸腰だった。
このあたりが生まれついての大国で自国にいる間は完全に安全な状態で育った風の国の王と、生まれた時は小国だったのを自らの手で大国にのしあげた武闘派な太陽の国の王の違いなのだろうか。

「あの……」
「風の色魔との関係。部屋抜け出した理由と方法。アーサーにあってから交わした会話。話さないかん、話して良いのは以上や」
とりつくしまもなく言い放たれる。
殺気こそないものの、冷ややかな視線にさらされ、フェリシアーノは居心地悪く身じろいだ。

「さっさとしてんか。俺、アーサーの様子見に行きたいねん。熱でも出しとったら大変やし」
若干苛立ちの混じる言葉。
その王の苛立つ様子も気になったが、それ以上に気になったのは…
「アーサー、どこか悪いの?」
自分も人の事は言えないが、アーサーはずいぶんと華奢な体格だった気がする。
肌の色もともすれば青白い印象をうけかねないほど透き通るように白く、どこか身体を悪くしていると言われれば、そんな風に見えなくもない。

もしそうだとしたならば、少し一人で出歩いただけで周りが顔色を変えて探すのもうなづける、と、フェリシアーノが尋ねると、アントーニョの纏う空気がさきほどまでは消えていた殺気を放った。

「何企んどるん?あの子に何かしたら自分だけやない、小川の国の人間、女子供に至るまで一人残らず八つ裂きにするで?」
本気の目だ。
フェリシアーノは焦る。
「そ、そんなんじゃ…ただ俺心配で…」
「心配?風の色魔の手先があの子の心配やて?笑わせるんやないわ」
ハっと鼻で笑うと、アントーニョはフェリシアーノをにらみつけた。

「ええか?俺は例え戦争起こす事になっても、あの子を色魔のおもちゃにはさせへんで?あの子はこの世でたった一つの俺の宝や。絶対に渡さへん!」
ぎらぎらと燃えるような深い緑の眼。
同じ緑でも淡い色合いの春の新緑を思わせるアーサーの瞳とは全く印象が違う。

「王様は…本当にちゃんとアーサー大事にしてるんだ…」
それが一時的な執着なのかどうかはわからない。
でも風の国の王の自分に対する興味とかとは全く違って、少なくとも今この瞬間は、この太陽の王は遊びでも興味本位でもなく、あの子を大事に思っているらしい。
そう思うとフェリシアーノはホッとした。

「王様、俺、別にアーサーに悪い事してないよ。ただ自分と同じ境遇なのかなぁって思って仲良くなれたらって思っただけ。友達になろうって言っただけなんだ。
俺がここに来た経過とか言うのは全然構わないし、どうしてもならさ、ホントは痛いのは嫌なんだけど、俺処刑とかされてもいいんだけど…俺が色々しゃべると俺の国が滅ぼされちゃうから。それは嫌なんだ。
俺の兄ちゃんはすごく不器用だけど誠実で優しい人で…俺を他国に送るって話が出た時に、俺を送るくらいなら、俺に位譲って兄の自分が行くなんて無茶な事言ってくれちゃうくらい優しい人で…俺兄ちゃんの事すっごく好きで…兄ちゃん困るの嫌なんだ」
人が好きで…人と仲良くするのも得意で…でも自分はどうも説得には向かないらしい…と、今更ながらフェリシアーノは気付いた。

兄ちゃん…ごめん。俺役にたてなかったかも……。
自信満々で国をでてきたわりに、結局国を、兄を守れなかった。
フェリシアーノはがっかりうなだれる。

そんな不肖の弟でも、ロヴィーノはたぶん、役に立てなかった事より自分が国に帰れなかった事の方を嘆いてくれるだろうと言うのがわかっているだけに余計にへこんだ。

相変わらず自分を見る太陽の国の国王の視線はきつい。
せめて全部しゃべる代わりに国の安全をはかってもらえないかなぁ…と思うものの、この様子を見ると無理そうだ。

そんな事を考えていると、ドアがいきなりノックされた。

「なんや?」
と、アントーニョが声をかけると、ドアが開く。
「トーニョ、客」
とやはり王を愛称で呼ぶ男は、珍しい紅い目に銀髪の男で…チラリとフェリシアーノに目を向けると、少し優しげに目を細めた。
「王子さんも来な。国から人来てるから」
「国から?誰だろう…」

首をかしげるフェリシアーノの頭を軽くポンポンと叩く男。
怖そうな外見の割に、その手は優しい。
その優しさにフェリシアーノはなんだか泣きそうになった。

こうしてアントーニョと銀髪の男に連れられて謁見の間に入ったフェリシアーノは、そこに信じられない人物の姿を認めた・

「兄ちゃんっ!なにしてんのさっ?!!」
思わず叫ぶと、フェリシアーノによく似た…しかし少しきつい顔立ちの少年、ロヴィーノは駆け寄ってきて、フェリシアーノにヘッドロックをかます。

「この馬鹿弟がっ!!何こんなとこまで連れてこられてんだよっ!!別の国に行けって言われた時点で逃げ帰ってこいっ!カッツォ!!」
抱えられたままの頭を拳骨でグリグリされて、フェリシアーノは
「痛いっ、痛いよ、兄ちゃん!」
と悲鳴を上げた。

「あたりめえだっ!痛くしてんだ、こんちきしょうめっ!!」
と、さらに言うロヴィーノ。

終わりそうにない一方的な兄弟げんかをしばらくぽか~んと眺めていたアントーニョは、
「ちょぉ、とりあえずなんの用なん?」
と、玉座に腰かけ、声をかけた。

その声にビクゥ!と二人してすくみあがる双子。
それでもフェリシアーノを後ろに隠すようにして、ロヴィーノはアントーニョを振り返った。
「お、弟は返してもらうぞ。俺の知らない所で家臣たちが勝手にこっちに送りつけやがったんだ。」
大国の王の威圧感の前に精一杯の強がり。自分と同様兄も臆病なのは知っている。
ギュッと後ろで自分の手を握っている兄の手が震えている事にフェリシアーノは気付いた。

「そんなん…そっちの内部事情なんてうちは知らへんわ。自分とこの家臣もちゃんと躾けられへん自分が悪いんちゃう?なんでうちが合わせないかんねん」
アントーニョは足を組み、玉座の肘置きに頬杖をつきながらそう返す。
大国…という立場を別にしても、もっともな意見だ。

「そうだ、だからっ!」
ロヴィーノはそこまで言って少し言葉を詰まらせて、それから一気に言った。
「俺が代わりになる!俺が残るから弟は国に返せ!」
「兄ちゃん、何言ってんのさっ!兄ちゃん王様なんだからダメに決まってるじゃないっ!」
「うるせえ!双子なんだからお前が戻って王になりゃいいだろっ!」
「無茶言わないでよっ!」
「無茶じゃねえよっ!」

「いや、無茶ちゃう?」
口をはさんだアントーニョ。
さすがに呆れた顔をしている。
「国王ってそんな簡単なモンちゃうやろ。なるまでは誰でもええけど、いったんなったらコロコロ変わってええもんやないで?対外的に信用なくしかねんで?」

「簡単じゃねえよっ!」
ロヴィーノはクルっとアントーニョを振り返った。
そこでアントーニョと目が合うと、ビクっと身をすくめるが、そこでまた勇気を奮い起すように、口を開いた。

「簡単じゃねえっ…です。でも俺はっ俺は兄貴だしっ、こんな馬鹿でも弟だし…。信用っていうけど…じゃああんたは自分の家族も守れねえような男を信用すんのか?俺は確かに国王だけどっ、その前にこいつの兄貴だし、人間だしっ…だからっ…」

「そんなんじゃ小国の国王なんてやっていけへんよ?」
アントーニョはそこでまた口をはさむ。
「大国になったらある程度色々周りに融通はかったってもええねん。土台がしっかりしとったら、万が一王が変わったとしてもすぐには崩れん。でも小国の王はあかんで?頭なくしたら即国潰れてもおかしない。せやから何捨てても誰を踏みつけても自分だけは生き残らなあかん。下手に頭変わったら、他国に取り込まれる元や。それが出来ん自分は小国の王としては向いてへんわ。」

「わ、わかってる!でも俺はっ俺はっ……」
緊張と恐怖に震えながら、それでも言い返そうとして言葉に詰まるロヴィーノ。

「しゃあないなぁ…」
アントーニョはその様子にクスリと笑みをもらした。
フェリシアーノが最初に謁見した時の腹の底が見えないような馬鹿にしたような笑みではなく、親しい者に向けるような笑み。

「もう、自分もうちの子になり?」
「へ?」
その言葉にぽか~んとする双子。

「風と手、切るんやったら、自分のとこくらいの国やったら、うちの国境守るついでに守ったるわ。」
そう言ってアントーニョは玉座から立ち上がると、呆然と立ちすくむロヴィーノの前まで来て、その顔を見降ろした。

「小国の国王としてはダメダメやけどな。人間性は信用したる。
せやから、どうするか今決め?
自分の正直さに免じて、手、組まん言うなら今回は特別に弟も一緒に返したるし、組む言うなら庇護したるわ。
ただし…小川の国みたいな小国の王がうちみたいな国に差し出せるのは、信頼だけや。それを破ったら怖い事になるで?」

アントーニョの言葉に緊張の糸が一気に切れたのか、ロヴィーノは言葉もなくへなへなとその場にへたりこんだ。
一方のフェリシアーノは兄よりはまだ冷静だ。

「に、兄ちゃんっ!へたってる場合じゃないってっ!!!」
と兄を叱咤しながら、
「組むっ!組みますっ!お願いしますっ!!」
とアントーニョを見上げ、
「自分に聞いてへんやん。国王は兄ちゃんやろっ!」
とペチコーンと軽く頭をはたかれて、ヴェーと謎の声をあげる。

「で?どないする?」
アントーニョがへたってるロマーノの前にしゃがみこんで視線を合わせて聞いた。
「…フェリシアーノも……国も守れんのか……」
まだ信じられないようにつぶやくロヴィーノに、アントーニョは答える。
「そうやで。自分が裏切らん限りは親分とこで一緒に守ったる。自分犠牲にしても身内大事にする姿勢は国王としてはダメダメやけど、嫌いやない。せやから自分の国王としてダメダメな部分はうちで引き受けたるわ。」
「あ…お……お願い…します…」
「まかせときっ」

ぽろぽろ泣きだすロマーノの頭をアントーニョは軽くなでて立ちあがった。
次に、フェリシアーノに目を向ける。

「というわけや。風とのやりとり全部言い。嘘はなしなしやで?」
と、アントーニョが言うと、フェリシアーノは
「うんっ!うん、話すよ、ありがとう!!」
とコクコクうなづいた。




0 件のコメント :

コメントを投稿