「うん。アーサーの存在もさっき会って初めて知ったよ。」
とりあえず国の安全がはかれたと言う事で、素直に自分の身の上を語るフェリシアーノ。
ちらりとアントーニョの視線が向けられた事に気づくと、ロヴィーノは
「こいつ馬鹿だから作り話も隠し事もできないから、嘘じゃない」
と、言葉を添える。
そして、兄ちゃんひどいよ、というフェリシアーノを抗議を無視して、ロヴィーノはさらに
「たぶん…数日も一緒にいればそれわかると思うから、こいつに全部知らせないで、必要になったら随時指示だすつもりだったんじゃねえかと思う。」
と、つけ加えた。
「なるほどなぁ…。じゃ当分は知らんふりして相手の動向探るのが正しいな?」
と、アントーニョがうなづいてギルベルトに打診すると、
「そうだな。じゃ、お兄様にはトーニョに会ってはもらえなかったって事にして帰ってもらって、フェリちゃんは普通に不自然じゃない程度にトーニョと交流持つ感じで。ただし、適度にな。あまりに邪険にすれば相手は作戦失敗だと思うだろうし、今までお姫さんに夢中だったトーニョがいきなり掌返したらそれはそれで不自然だから。」
と、提案した。
「なんや、面倒やなぁ…」
とアントーニョは不満げな顔をするが、ギルベルトが
「お姫さんのためだし、お姫さんにはエリザつくなら、フェリちゃんの方には俺がなるべくフォローいれるから」
と添えると、渋々了承した。
「じゃ、そういうことで俺いったんお兄様城の外まで送ってくるわ。」
と、ギルベルトがロヴィーノを伴って出て行くと、アントーニョは片側に控えるエリザに
「じゃ、この子は部屋まで送っておいてな、エリザ。俺、アーサーの様子見てくるわ」
と立ち上がった。
そこでのど元過ぎればなんとやら、
「あ~、アーサーの所行くなら俺も行きたい♪」
とフェリシアーノが手を上げる。
それに露骨に嫌そうな顔をするアントーニョ。
しかしフェリシアーノはめげずに
「俺とアーサーのやりとり目の前で見れば、王様にも俺がなんにもアーサーに悪い事してないってわかってもらえると思うよっ。」
とニッコリ主張する。
確かに…なんのかんのいって、さきほどどんな感じのやりとりがなされていたのか、気にならないでもない…。
アントーニョは仕方なしに
「今度だけやで。あの子には必要以上に近づかんといて」
と、言うと、先に立って歩き始めた。
「ね、王様、さっきの話の続きなんだけど…」
「さっきの話?」
エリザも含めて3人で謁見の間を出ると、フェリシアーノが口を開いた。
「うん。ちょっと一人で出歩いただけでお医者さんて、アーサーどこか悪いの?」
フェリシアーノにとっては素朴な疑問だったわけなのだが、それはアントーニョにとっては古傷をえぐる黒歴史とも言える出来事で…黙り込んだアントーニョの様子に空気を読んだエリザが代わりに答える。
「えっとね、こっちに来たばかりの頃にひどく身体壊して、一度は本当に瀕死くらいまで行ったのよ。体調回復してまだ間もないと言うのもあるし、そうね…私達の感覚だとかなり身体弱くて、私達だったら平気なちょっとしたことでも体調崩して悪化しちゃうから怖くてね、なるべく用心してるの。」
「へ~、そうなんだ~」
フェリシアーノは素直に信じて納得する。
「細いし見るからに病弱そうだよねぇ…」
とフェリシアーノがさらに言った時、廊下の向こうから使用人が急ぎ足でアントーニョの方へと向かってきた。
「どないしたん?」
慌てた様子でまず王への礼をとる使用人に顔をあげさせアントーニョが声をかけると、使用人は少し慌てた様子で告げる。
「はい。実はアーサー様が体調を崩されまして…」
「それ早く言いっ!!」
アントーニョはサッと顔色を変え、その後の言葉を待たずに駆け出し、エリザとフェリシアーノも慌ててそのあとを追った。
西の塔の事件以来、ひどく体調を崩す事もなかったので正直油断していた。
朝からワタワタとしていて全く気に留めていなかったので気付かなかったが、元の自室に物を取りに行ったアーサーは部屋に戻った時には、もう具合が悪そうにため息をついていた。
滅多に自分から何かを頼んだりせず、自分でやろうとするアーサーが、冷たい水を一杯入れて欲しいなどと頼んでくる事自体が稀で、それでも急いで冷たい水を手に戻った時には、もう真っ青に血の気を失っていた。
慌ててベッドに寝かせた時にタイミング良く医者が到着。
どうやら風邪らしいが、早い段階で気づいて対処していたら、ここまで悪化させなかったのではないだろうか…と、ベルは肩を落とした。
「アーサー、しんどい?うち全然気付かなくて堪忍な」
少し熱がでてきたらしく体は熱いのだが、何故か顔は血の気を失って真っ青だ。
人を呼んでタオルを冷やすための冷たい水を桶に持って来させて、濡れタオルを額においてやると、アーサーは
「ごめん…別に眠いだけだから、ほっといてくれていい…」
と申し訳なさそうに眉を寄せて言う。
「ほっとけるわけないわ。うち…ついとるから気にせず寝とき」
泣きそうになってベルが言うと、アーサーはもう一度
「ごめん、ベル。」
と謝って、目を閉じた。
その瞬間、バン!とドアの開く音。
その音にアーサーも一度閉じた目を開ける。
「「アーサー、大丈夫(なん)?!!」」
と音声多重でアントーニョとフェリシアーノ。
そこで一気に殺気立つアントーニョに気付いて、エリザがフェリシアーノの口をふさぐと、そのままずるずる抱えて部屋を出て行った。
「あ……とー…にょ」
声がかすれる。
エリザが連れて部屋を出て行ったが、視界の端に映ったフェリシアーノの姿に、
(ああ…フェリといたんだ……)
と、アーサーはずきりと心臓が痛むのを感じて、胸に手をやって顔を少ししかめた。
「胸?胸苦しいんか?!どっか痛いんか?!」
アントーニョが駆け寄ってきて顔を覗き込むが、今アントーニョの姿を見ていると余計に胸の痛みが強くなってくる気がして、アーサーは
「平気…痛くない…から」
と、顔をそむけた。
嘘だ……痛くないわけがない……アーサーの言葉にアントーニョは自分の方が胸が痛くなってくる。
せめて痛い、苦しいとすがってくれれば良いのに、アーサーはつらい時ほど離れようとする。そして…一人で逝きかけるのだ…。
アントーニョはベルからタオルを受け取ると、おそらく痛みのために浮かんでいるのであろうアーサーの額に浮かんだ脂汗をぬぐってやる。
「痛みどめとか…苦しないようにしてやる薬あらへんの?」
というアントーニョの言葉に、ベルがチラリと医者に目を向けた。
「風邪…言う事ですねん。」
ベルの言葉にアントーニョが医者の襟首をつかんで噛みついた。
「ふざけんなやっ!この子こんなに痛がっとるやないかっ!!自分の目は節穴かいなっ!!そんな目なら要らんわなっ!えぐり出したろかっ!!!」
アントーニョの言葉に医者がひぃっとすくみあがる。
「ちょ、親分落ち着いて下さい」
ベルが慌てて間に入った。
「…とー…にょ…」
と、アーサーも小さく呼びかけ、手を伸ばしてアントーニョの服の端をひっぱる。
「なん?!どうしたん?!」
その瞬間アントーニョは医者を放り出し、ベッドの横に膝をついてアーサーの顔を覗き込んだ。
「…痛いわけじゃない…から。少し…眠いだけ…。」
そう…心の痛みまで自分のせいにされては医者も迷惑だろう…。
…というか…風邪を理由に眠ろうと思っていたのに、これでは眠れない。
「…少し寝る…から…」
放っておいてくれという気持ちを込めてそう言って目をつぶった瞬間
「あかんっ!目、開けたってっ!!」
といきなりアントーニョの悲鳴のような声が聞こえて、アーサーは重い瞼を開いた。
「…とーにょ?」
不思議そうな視線を送ると、アントーニョは自分でも驚いたようにハッとした顔をする。
そして
「堪忍…。つい…な。…怖いねん。またアーサー目覚まさないんちゃうかと思ったら…目つぶられるの怖いねん…」
と、泣き笑いのような表情を浮かべた。
ああ、まだ自分はアントーニョに気にされているらしい…。
アントーニョの言葉と表情に、少し胸の痛みが引いて行く。
この痛みがもう一度襲ってくる前に、眠りにつければいいな…とアーサーは思った。
この少しの甘い喜びが残っているうちに時を止めてしまえればいいのに…
アントーニョの視線が完全に自分に向かなくなるその前に…。
人質となって胸の痛みと共に生きるなら、生贄となって天に召される方が案外幸せなのかもしれないな…と、ふと、そんな考えが頭をよぎった。
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