その日もベルは大あくびをしながら、ランプを片手にそ~っとアーサーの部屋のドアを開けた。
風邪で寝込んで以来、心配したアントーニョが頑なにベッドを離れる事を許さないため、アーサーがたまに人目のなくなった時間にこっそり起きているためだ。
ベル自身はいい加減床上げするの許したってもええのになぁ…と、さすがに風邪ひとつで一週間それだと同情しないでもないのだが、夜はちゃんと寝ないとまた体調を崩しかねない。
ゆえに、アーサーが就寝してアントーニョが自室に引き上げた後、自分が就寝するまでの2時間ほどは放置して、自分が寝るぎりぎりに注意しに来るのがベルの日課になっている。
そろりと足音もなく部屋に足を踏み入れると、ベルはたまにそこで本を読んだり刺繍をしたりしているリビングのソファに目をやるが、今日はいない。
ついでリビングからバルコニーに続く窓に目をやるが、バルコニーにも人影はない。
今日は珍しく寝とるんやなぁ…と、ベルはブランケットをかけなおしてやってから戻ろうと、寝室へと足を運んだ。
暗い室内にベッドの白いシーツがうかびあがる…が、誰かが寝ている様子がない。
「…っ!」
慌てて駆け寄ってシーツの上からポンポン叩いて確認するが、確かにもぬけの空だ。
ベルの全身から一気に血の気が引いた。
「アーサー!どこにいるん?!」
ランプを小テーブルに置いて部屋中探し回るが、どこにもいない。
「…どないしよ……」
ベルはランプをひっつかむと、急いで部屋を出て、隣の部屋のドアをドンドンノックした。
「親分っ!親分、起きたってっ!!!」
半泣きで叫ぶと、アントーニョはまだ起きていたらしく、すぐに顔を出した。
「どないしたん?!また何かアーサーの容態変わったんかっ?!」
「ちゃう!アーサーが…アーサーが部屋におらへんねん!!」
「なんやてっ!!」
アントーニョは自室を飛び出ると、アーサーの部屋に飛び込み、部屋中を確認する。
そして確かにいない事を確認すると、
「俺、ギルちゃんに言うてくるから、自分エリザに伝えてきてっ!!」
そう言って返事も聞かずに走っていった。
「ギルちゃん!開けやっ!!」
部屋に鍵がかかっていることを確認すると、アントーニョはドアを蹴破った。
「おい…せめてノックしようぜ……」
ドアが蹴破られたものすごい音で書斎から出てきたギルベルトはかつてドアだった木の残骸に目をやってため息をつく。
「そんな場合やないねん!!アーサーが部屋におれへんねん!!」
「ちょ、待ったっ!とりあえず門番に確認するっ。外出てねえなら城ん中いるんだろうし…。エリザかベルの部屋って可能性も皆無じゃねえだろ」
ギルベルトはさすがに顔色を変えて上着をひっつかむと、廊下をかけ出した。
「ベルはちゃうわ。さっきベルが言うてきてん。」
アントーニョもそれを追いながら言う。
「エリザは?!」
「今ベルに連絡に行かせとる!」
「お前が行くとおおごとになるから、ここで待ってろ!」
と言い置いて、詰め所に入るギルベルト。
しばらくすると、少しホっとした様子ででてきた、
「外には出てねえらしいから。城ん中探そうぜ」
と、ギルベルトは先に立って歩き出す。
「とりあえずいったんエリザと合流で、時間決めて待ち合わせだな~。」
と、懐からペンとメモを出してすらすら何か書くと、ぴゅぅっと口笛を吹く。
そしてその口笛に誘われるように飛んできた小鳥の足にそのメモを結び付けると、鳥はいずこへと飛んで行った。
「エリザにとりあえずトーニョの部屋に来るようにメモ飛ばしたから、いったん集まろうぜ」
と、言うギルベルトにうなづくと、アントーニョも自室へ急ぐ。
「部屋は?荒れてたか?」
途中ギルベルトがきいてくるのに、アントーニョは首を横に振った。
「じゃ、別に誰かに連れ去られたとかでもないだろうし、あれじゃね?
日中ベッドにいるのに飽きて、こっそり散歩とか…」
「ならええんやけど…。それやったらそれで言うてくれたらつきあうんに…」
「嘘つけ。お前絶対止めるだろ。」
「一人でこっそり抜け出されるくらいなら、止めへんでつきあうわっ」
そんな会話をしながら部屋の前に行くと、すでにベルとエリザが待っている。
「エリザ、自分と一緒…なんてことはないな?」
一縷の望みを託してきいてみたが、エリザは首を横に振る。
「なんか心当たりは?」
と今度はギルベルトがベルとエリザを交互に見ると、エリザが少し考え込んだ。
「あのさ…私がトーニョにお姫様と二人で話させてって言った日あるじゃない?」
と、手を小さくあげて始める。
「あの時さ…西の塔に戻りたいとか言ってたんだけど…違うよね?あれから説得して普通に生活してたし…」
「とりあえず行ってみよ」
返事を待たずにアントーニョはまた走りだした。
とにかく夜風も冷たくなってきた事もあるし、一刻も早くみつけなければ…。
ひどく嫌な予感がした。
前回の事があるからかもしれないが…とても嫌な思い出の残る場所だ。
アントーニョは前回と同じく一段飛ばしで階段をかけあがり、前回のまま鍵が壊れているドアを開ける。
開けたとたんにビュ~っと吹いてくる風に身震いした。
一瞬…開いたバルコニーに白い幻が見えた気がして思わず瞬きをすると消えたが、アントーニョはガクリとその場に膝をつく。
ひどいトラウマになっているらしく、思い出すだけで幻のようにその場面が再現されて、体の震えが止まらない。
「トーニョ、大丈夫か?」
腕を差し伸べてくるギルベルトの手を借りてなんとか立ちあがったが、まだ膝がガクガクしていた。
目まいがする。
「おらへん…な。戻ろ…」
この場所は本当にダメだ。
フラフラしながら部屋を出ようとするアントーニョだったが、エリザがぽつりとつぶやいた言葉で足を止めた。
「ねえ…?……あのあと、ここの窓って誰も閉めなかったの?」
サーっと血の気が引いた。
あのあと…?
バッと引き返してアントーニョはバルコニーに出る。
低い柵の前に…ふわふわの白いスリッパ。
おそるおそる手に取って確認する…いや、確認するまでもない…それは自らが用意してアーサーに与えたモノだ…。特別はき心地がいいように…吟味に吟味を重ねて選んだ物だ。
「う…わあぁぁぁ~~~!!!!!」
次の瞬間、アントーニョは海に飛び込んだ。
0 件のコメント :
コメントを投稿