生贄の祈り 第九章_1

「ロヴィが来るって?ええよ。なんか美味いモンでも用意したり」
アーサーの状態が少し落ち着いたようなので、通常の仕事に戻った一週間後、それでもアーサーの部屋で仕事をしていたアントーニョは、親書を携えてきたギルベルトに顔だけ向けてそう言った。

「お前…兄弟で差をつけるよな…」
フェリシアーノに対しては今でも若干冷ややかなアントーニョを日常見ているだけに、その兄には甘いアントーニョにギルベルトはため息をつく。
「やって…あいつはアーサーにちょっかいかけへんもん」
そう言ってアントーニョはチラリとベッドの上で半身起こして刺繍にいそしんでいるアーサーに目を向ける。
「お前…ホントに独占欲強いよなぁ…。」
ギルベルトは腰に両手を当てると、俯き加減に息を吐き出した。
「まぁいいか。もう出発して国境待機してるらしいから、OKの返事出して良いな?
到着はなんのかんの言って1週間後くらいになると思うけど…」
「ええよ。ついでにエリザに準備頼んどいてや。
あいつなんや最近フェリシアーノと東の方で遊んどるみたいやから、暇やろし。」
「おっけぃ。じゃ、そういうことで」
ギルベルトが書面をヒラヒラふりながら部屋を出て行くと、アントーニョも一休みする事にして羽ペンを置く。そして
「ベル~、俺にもお茶淹れたって」
と、アーサーのベッド脇の椅子へと向かった。

「なん?今日は薔薇か~。綺麗やなぁ」
ひょいと刺繍をするアーサーの手元を覗きこんで、アントーニョは顔をほころばせた。
太陽の国ではあまり見ない繊細な刺繍をアーサーはその白い指先で次々と作りだしていく。
アーサーはそんなアントーニョを見上げると、少し困ったように眉を寄せた。

「もういい加減ベッドから出たいんだけど…」
アーサーはあれからずっとベッドの中で過ごしている。
少し考えたくて風邪のふりをして寝るため飲んだ薬の効果はとっくに切れていて熱も下がっていた。いい加減普通に行動したいと思う。
というか…結局、風邪で寝る=放っといてもらえるという図式が成り立たなかったので、あまり意味はなかったわけだが…。

そんなアーサーの要望をアントーニョは却下した。
「あか~ん!まだ顔色悪いやん。無理してぶり返したらどないするん。」
いまだ変わらぬアントーニョの過保護っぷりに、アーサーは色々な意味でため息をつく。

『陛下にとってはあなたは本当に特別な方なんですよ。何人周りに人が増えたところで、誰ひとり代わりになれる人はいません。』
エリザの言葉を思い出す。
そして…信じられないようだから証拠を見せてくれると言った。
提案されたその方法は…正直いいのだろうか?と思うようなものだったが…。
とりあえず…そのために少しでも回復を、と言われて今にいたるわけだが、本当はまだ少し怖い。
もし…アントーニョが思った通りの反応を示してくれなかったら……
まあ今考えてもしかたないのだが、やはり想像するたび胸が痛む。

「アーサー?どないしたん?気分悪いん?」
考え込んでいたら、アントーニョが心配そうに顔を覗き込んできた。
どうも自分は気持ちが顔色に反映されるらしい。
落ち込むと自然に顔色が悪くなるし、胸だけじゃなく胃が痛んでくる。

「言ったはしからあかんやん。今日はもう寝とき。」
アントーニョの手がアーサーから刺繍を取り上げ、そのまま有無を言わさず寝かされた。
「…無理だけはせんといてな。」
上から覆いかぶさるようにして見降ろすアントーニョの気遣わしげな表情がなんだか落ち着かなくてアーサーは目をそらす。
そんな反応にアントーニョは少し苦笑して
「元気になったら今度は舟釣りさせたるから。早う元気になってな。」
と、アーサーの頭を軽く撫でた。




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