エリザはベッドのそばまでくると、それまでアントーニョが座っていた椅子に腰をかけた。
アーサーはうつらうつらしていたが、その声にかすかに目を開ける。
熱のためか潤んだベリドットがぼんやりとエリザを視界にとらえた。
「ちゃんと食事摂れてますか?」
静かに聞くエリザにアーサーは首を横に振る。
「何か召し上がりたい物があれば用意させますよ?少しでも何か召し上がらないと…」
たった一日で随分とやつれた気がする。
目を離すのが怖い…というアントーニョの気持ちがエリザにも分かる気がした。
「…何も……要らない。むしろ…何も用意しないで欲しい…。」
力ない細い声で言われて、エリザは内心ざわざわっと心が騒ぐが、つとめて感情を
出さないように静かな声で言う。
「召し上がらないと…良くなりませんよ?…」
「…いいんだ……その方が……」
そう返ってくる返事にひどく焦った。
どうも予想していたのと違う。
これではまるで……
『死にたいんですか?』とはさすがに聞けない。
一瞬考え込んで、それから内心の焦りを押し隠して、代わりに
「何か悩みごとでも?」
と聞いてみる。
「もし…陛下におっしゃりにくい事でも、私の範囲内で出来る事ならお力になれますよ?
最初にお会いした時も申しましたが、私は姫君個人の護衛ですので」
ニコリと微笑むと、大きなペリドットにじんわりと涙があふれる。
「…ほんとに?」
と潤んだ目で見上げられて、なんだかきゅん!とする。
「ええ、なんなりと…」
エリザが請け負うと、出てきた言葉はあまりに意外なモノだった。
「最初の部屋に…戻りたいんだ」
「は?」
さすがに驚きを隠せず聞き返す。
「最初の部屋と言うのは…まさか、西の塔の…ですか?」
エリザの言葉にアーサーはこくりとうなづいた。
「それは……この部屋が嫌という意味ですか?それともあの部屋が良いと言う意味で?」
真意を捉え兼ねてきくと、アーサーは少し目を伏せる。
長いまつげについた涙が、瞬きをするとポロリと零れおちた。
「あの部屋に戻って…全部…やりなおしたいんだ…。生贄のままでいた方が良かった…中途半端に希望を持たずに、あのまま海の泡になりたかった…」
エリザは一気に血の気が引いた。
対応を間違うと、とんでもない結果を引き起こしそうな気がする…というか確実に引き起こすだろう。
自分一人で対応するには重すぎて…でも他に誰にふるかというと誰もいない。
(冷静に…冷静に考えるのよ、エリザ)
選択を間違わないように…と、緊張しながら、おそるおそる言ってみる。
「そんな事になったら陛下が…嘆かれますよ?」
フェリの言葉を信じるならば、それで思いとどまってくれるのでは?と、言葉を乗せると、
「悲しんでもらえるうちに…消えたいんだ…」
と、涙声が返ってきて理解した。
あ~もしかして信じられないのね…。
エリザはまた考え込む。
はたから見てるとアントーニョは馬鹿みたいにこのお姫様に夢中だ。
何故そこまで思い詰めるくらい信じられないのかがわからない。
どこをどう転べばそこまで悲観的になるのだろう…。
というか…あれだけ露骨に好意を向けられていて信じられないものを、どうやって信じさせればいいのだろうか…。
エリザは丁度着替えを持ってきたベルにバトンタッチして、ギルベルトを捕まえると、フェリシアーノの部屋へ駆け込んだ。
そして二人に経過を話す。
「ヴェー。俺が話してた時には思い切り信頼しちゃってて大丈夫かなって感じだったんだけど…」
不思議そうにするフェリシアーノ。
そこでギルベルトが言う。
「あー、なんつーか…お兄さまが訪ねてきた日、トーニョがフェリちゃんにかかりきりだったからじゃね?」
「えー、でも俺怒られてただけだよ?王様今でも俺に怖いよ?」
「そんなのはたから見たらわかんねえじゃん。」
「ヴェー……俺のせいなのか……」
「いいや、フェリちゃんじゃなくてもさ、人質来るたび滅入るんじゃね?
なんつーか…結局、トーニョがそういう扱いしてるだけで、形としては人質の立場なわけじゃん?」
「あー、そうだねぇ。女の子と違ってお妃様とか、目に見える形で特別待遇ってできないもんねぇ…。
華奢だからドレス着てもわかんなそうだけど…」
「いっそドレス着させて結婚式あげてみるとかっ!」
ドレスに反応して目をキラキラさせるエリザを、
「趣味に走んなっ。公的に認められるわけじゃないんだから意味ねぇだろ。」
と、ギルベルトがいさめる。
「あっ、いま俺良い事思いついたんだけど…こういうのどうかな?」
フェリシアーノがポン!と手を叩いて、二人に手招きをした。
「…あのね……兄ちゃんにも協力してもらってね………」
「…そんなの上手くいくのかぁ?」
「えー、良い案じゃないっ!それ上手くいけばどこぞの色魔のちょっかいもなくなるし…」
「あー、そういう意味ではそうだな…。」
「でしょでしょ?」
「でも当座の場所は?」
「東の塔!今は放置されてるけど、小国に落ちぶれる前は後宮として使ってたらしいわよ、あそこ。
だから許可されない人間は近寄りにくい造りになってるし、西と違って手入れすればそこそこ素敵になるわ。
その辺は任せてっ!気合入れて超特急で準備するからっ!」
「エリザ…お前……こういう事になるとはりきるよなぁ…」
「じゃ、俺兄ちゃんに手紙書くから、ギル、それ届けさせてくれる?」
「…もう決定なのかよ……」
「「うん!!」」
「…上手くいかなかったら…全員詰め腹だぞ?」
ギルベルトは二人を見比べるが、すでにやる気満々の視線が返ってきて、ため息をついた。
「あ~、もうしかたねえ。俺様も協力してやるから、やるなら絶対に成功させるぞ」
こうしてそのギルベルトの言葉で、人質部屋での密談が終わり、3人は3様に準備のために散って行ったのだった。
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