最後にアーサーの姿を確認したのは2時間ほど前だ。
せめて飛び降りてからそんなに時間がたってなければいいのだが……。
前回は飛び降りた直後にあとを追っても、助け出した時にはもう呼吸が止まっていたのだ…今回は……
考えたら動けなくなりそうで、アントーニョは必死に嫌な考えを追い払うように水の中で手足を動かす。
何故…何故いまさら急にこんなことを……
いや、本当は予兆があったのを自分が見逃していたのかもしれない。
もっと注意して見ておくべきだった…。
目を凝らしても一向にあの金糸は見えない。
細い手足も…アントーニョが何より愛したペリドットも……。
体にまとわりつく冷たい夜の海の水よりも、心ははるかに冷え切っていた。
もし…あの子がもう失われてしまっているのだとしたら……
吐き気がこみ上げて来て、口を開けたとたん流れ込んできた海水で呼吸を失う。
幼い頃から慣れ親しんだ海で溺れかけた時、後ろから腕が伸びてきて、頭だけ海上へとひきあげられた。
「ギルちゃん…あの子、みつかったん?」
そうだ、あの時もギルベルトがあの子をみつけてくれたのだ。
わずかに抱いた希望は、少しつらそうに無言で顔をそむけるギルベルトの態度で打ち砕かれる。
「探さなっ!」
また潜りかけるアントーニョの腕をギルベルトはさらに強い力でつかんだ。
「お前どんだけ水ん中いるかわかってるか?いくらなんでも無茶だ。もうやめとけ」
「やってっ!」
「もう3時間だぞ!夏ならとにかくまだ水だってこんなに冷てえのにっ!」
3時間……アントーニョは血の気を失った。
「はよ探してやらんと…あの子体強ないのに、そんなに長う水に浸かってたら死んでまう!」
ふりきって潜ろうとするアントーニョの腕をギルベルトは引き寄せて言う。
「ああ、そうだ!あの体の弱いお姫さんの事だ。よしんば見つかってももう手遅れだっ!諦めろ!」
「ギル…ちゃん…。何言うてんの……。」
信じられない…聞きたくない言葉だった。
「認めたくないのはわかるが、現実を見ろ。ほんの十分ほどで死にかけてたお姫さんが、3時間も水ん中いて無事なわけないだろう。…いいか、もう一度言う。諦めろ。お姫さんは死んだんだ」
「…嘘や…そんなはずあらへん。あの子は…あの子は俺のモンや!神様にだって渡さへん!」
「落ちつけ、とりあえず岸戻るぞ。」
うながすギルベルトの腕をアントーニョはものすごい力でふりほどいた。
「いややっ!!あの子が死ぬはずないっ!!助けたらな…早く助けたるんやっ!!」
言って潜りかけたアントーニョの後頭部にパコ~ン!と空飛ぶフライパンがヒットした。
そのままズルっと気を失うのをギルベルトが支えて、エリザが乗る小舟まで泳ぎ着く。
「お前……手加減してやれよ、殴られ慣れてる俺じゃねえんだから…」
エリザにとりあえずアントーニョの腕を預けて、自分が舟によじ登ると、ギルベルトは気を失っているアントーニョを引き上げた。
長く冷たい海水につかっていたアントーニョの体はすっかり冷え切っている。
そして、気を失いながらも血の気の引いた唇は、自身がもっとも愛したペリドットの瞳の持ち主の名を何度も何度も呼んでいた。
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