生贄の祈り 第九章_4

「話…できんのか?つか、俺が来てるってわかってのか?」
数日後…太陽の国の城についたロヴィーノは、案内されたアントーニョの私室のリビングで、ギルベルトに抱えられるようにソファに座った…というか、座らされたアントーニョを見て、驚いたように目を見張った。

前回会った時のあの大国の王としての貫録を備えた姿はかけらもない。
表情は虚ろで目は光を失っている。
その虚ろな目から無表情に流れる涙で、かろうじて屍ではないという事が認識できるくらいだ。

「あ~…なんつ~か…ショックが大きすぎたっつ~か…。お姫さんがいなくなってからずっとこの調子で…。食わねえし反応もほぼしねえ。水だけは流し込めばかろうじて飲みこむ感じか。」

こそりとギルベルトに耳打ちされて、ロヴィーノはごくりと唾を飲み込む。
フェリシアーノに頼まれてここまで来たものの、自分が何か言ってなんとかなるものなのだろうか…。
「おい…」
おそるおそる声をかけると、アントーニョはひどく億劫そうに、それでもかすかにロヴィーノに視線を向けた。
ロヴィーノは反応がある事にホッとする。

「今回俺が来たのは、庇護される側としてまあ…なんつ~か…贈り物に側室でもと思って連れてきたわけなんだけど…。」
表情のない目を向けるアントーニョが怖い。
この状況でこれって、もしかしてすごくやばい?俺危険じゃねえか?と思うものの、一応そういう親書送ってるはずだし、しかたねえよな?と思いつつ、やはりビビる。

「…側室?」
ぎろりと睨まれた気がして、ロヴィーノは後ずさる。
「…あ、あのっ…親書にそう書いといたはずなんだけど……」
涙目でギルベルトを振り返ると、
「あ~、わりっ。その事については言ってねえ。トーニョは当時お姫さんに夢中だったし。」
とギルベルトはヘラっと笑う。

「でもまああれだ。いいんじゃね?少しでも気晴らしになれば…」
と言うギルベルトの言葉は最後まで続けられなかった。

「ふざけんなやっ!!!」
と、いきなり目が据わったアントーニョがギルベルトを殴り倒したからだ。
ドカンッ!と壁に殴り飛ばされるギルベルトをみて、恐怖のあまり涙目なロヴィーノ。

「す、すみませんでしたっ。気に触ったんなら連れて帰りますです。コノヤロー」
自身の後ろにいる側室候補らしい娘にしがみついて、ロヴィーノが震えながら言うと、エリザがスッと間に入った。

「あんたいい加減にしなさいよねっ!国王でしょっ!どうしても自由になりたければ跡取りの一人でも作ってから好きにしなさいよっ!」
片手を腰に当てて片手でピシっとアントーニョを指さすその様子は勇ましい。
「ああっ?!」
と、ロヴィーノがまた涙をポロポロ流すような目でアントーニョに睨みつけられても一向にひるむ事はなく、ロヴィーノが秘かにこの女性について行こうかと思ってしまうくらい頼もしい。

「この国がここまで大国になってあんたがこうやって国王張ってる裏には、たくさんの犠牲があったのを忘れたとは言わせないわよっ!どうしても国王の地位を放り出して海に沈みたいっていうんなら、せめて跡取り用意すんのが筋ってもんでしょうがっ!」

「跡取りつくりゃええんやなっ?!わかったわっ!!」
すくみあがるロヴィーノをグイっと押しのけて、娘の腕をつかもうとするアントーニョの手を制して、エリザは娘を自らの後ろへやった。

「とりあえず、東の塔をちゃんと後宮として復旧しておいたから。そっちに連れていっとくわよ」
エリザの言葉にアントーニョは一瞬目を見開いて、次にハッと乾いた笑いをもらした。
「用意周到やな。ここんとこ東に籠っとると思ったら、そんな事してたん。もしかしてアーサーの事も、俺種馬にするためわざとやったんちゃう?」
「ふざけないでっ!!」
ピシっとエリザは思い切りアントーニョを平手うちした。
「なにすんねんっ!!」
と、つかみかかろうとするアントーニョを、復帰したギルベルトが慌てて止める。

「いいから、エリザも余計な事やってねえで行けっ!!」
とギルベルトがアントーニョを羽交い絞めにしている間に、エリザは娘に
「行きましょ」
と声をかけて、一緒に部屋を出て行った。


パタンと閉まるドア。
力を抜くアントーニョに、ギルベルトも羽交い絞めにしていた腕を離した。

「確かに…あの時お前を強引に海から引き揚げたのは俺とエリザだけどな…お前ならさ、これ以上成果上がらない上に最終的に死ぬかもって状況で相手放置できるか?」
ため息まじりにうつむくギルベルトに
「そんなんわかってるわ」
とアントーニョは唇をかみしめる。

「せやけど…俺、あの子助けてやれへんかっただけやなくて、あんな冷たい海に一人残してきてしもうたの…耐えられへんねん。…せめて…息してへんでも心臓動いてのうても温かい格好させて綺麗な場所に寝かせてやりたかってん……。助けられへんだけやなくて、見捨ててきてもうた自分も許せへん…許せへんのや…」
片手で目を覆ってそう言うと、アントーニョは嗚咽をこぼした。

「やから…次は邪魔せんといてな…。ちゃんと国が潰れんようにしたら…あの子んとこ行かせたって?俺…頑張って来たと思わへん?姉ちゃん死んでも兄ちゃん死んでも…お師匠の遺体を踏み越えて石にかじりついてでも国のために生き残ってきたやん。もういい加減解放したってや…。もういい加減きついわ…。」

武闘派の大国の王の思わぬ本音にロヴィーノは言葉を失った。
自分にそこまでの覚悟があるかと言われるとないな、と思う。
時として死ぬより生きる方がつらいと言う事もあるのだ…。

しばらく嗚咽をこらえるように黙り込んだ後、ギルベルトに促されて東の塔へと向かったアントーニョを見送って、自分がした事で少しでも、あの痛みを知っているがゆえに愛情深い、愛情深いがゆえにやたらと愛情を配らない王が、少しでも幸せになれるといいなと、ロヴィーノは思った。




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