温かいはずの太陽の国の広間ではすさまじいほどの冷気が吹き荒れていた。
美と愛の国…と称される風の国の麗しき王、フランシス・ボヌフォワと、情熱の国…と称される太陽の国の王、アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド。
それぞれ使いを出してやりとりする事はあっても、双方がこうして対峙するのは初めてだったが、お互いがお互いを見る目は凍りつくように冷たい。
そして…美麗という言葉がよく似合う、繊細で人形のような中性的な美しさの若き王、フランシス・ボヌフォワの開口一番の
「ごきげんよう。太陽の国の王。そろそろうちのチビを返して頂けるとありがたいんだけど?」
という言葉で舌戦の火ぶたがいきなり切って落とされた。
「うちのって、自分のモンやないやろ?あの子は森から正式なルートでうちに来たんやで。
非合法に強奪しようとして失敗した誰かさんとは違ってな。」
ふふんと鼻で笑うアントーニョ。
それに一瞬ピクっとこめかみに血管が浮かぶフランシスだったが、なんとか笑みを浮かべる。
「森の国からの…ね。チビの意志を完全に無視した。」
フランシスの言葉に今度はアントーニョが若干不快そうに眉をよせた。
「無視しとらへんで。あの子はここで楽しゅうやっとるし。」
「へ~本人いない所ならなんとでも言えるよね」
アーサーを引っ張り出せれば勝利は確実だ…と、挑発をするフランシス。
そこでてっきり話をそらしてくると思った太陽の国の王は、なんともあっさり
「本人呼んでもええで?ギル、アーサー連れてきたり。」
と、後ろに控えていた近衛兵らしき男に命じた。
「いまベルとエリザとアフタヌーンティの最中かと思いますが?」
膝をついた体制のままそう言うギルベルトに、アントーニョは
「じゃ、二人も一緒に連れてきたらええやん。こっちにテーブルとお菓子運んでやり?」
と笑顔で命じた。
「ずいぶん余裕だね」
とりあえずアーサー到着するまでは一休み、と、フランシスは座った足を組み替え、サイドのテーブルのコーヒーを口にする。
そして出てきた飲み物がコーヒーな事に少し安堵した。
確かチビは紅茶派なんだけどね…まあ、そんな繊細な気遣いはしそうになさそうだよね、所詮蛮族だし。
と、心の中で冷笑する。
腹芸の得意でないこの野蛮な連中は周りを固めて脅せばどうにでも抑えられると思っているのだろうが、本人が出てきたらこちらから近づいて抱き寄せてやればいい。
自分がいれば手出しはできなくなるし、普段素直でないアーサーもこれを逃せばもうここから逃げられないとなれば、素直に頼ってくるだろう。
一石二鳥だ。
そんな事を考えていると、広間のドアが開いて、アントーニョとフランシスのちょうど中間辺りの位置にテーブルとイスがまず運び込まれる。
その後運ばれるのはティーポットとティーカップ。
それに籠に入った焼き菓子だ。
そしてそれに続いて聞こえてくる楽しそうな声。
意外にも広間にはいって来たアーサーは笑顔だった。
「楽しそうやね。なんかあったん?」
と、とたんにそれまでの冷ややかな表情を消して、人の良さそうな顔で聞くアントーニョに、ベルが
「ええ、今度海に行く時は釣りして、釣った魚をその場で調理して食べようって話をしてましてん。」
と、答える。
「ああ、それええな。今度はちゃんと天気見て船だそか」
アントーニョが笑顔で応じると、ベルは
「良かったね~。今度はうちも行くさかいなっ」
とアーサーと顔を見合わせて笑顔ではしゃぐ。
あまりの意外な雰囲気にしばらく呆けていたフランシスはそこでようやく我に返った。
そしてコホン!と咳払いすると、アントーニョが今気付いたという風に少し目を見開いて、次の瞬間、笑顔で言った。
「せやった。今ここに来てもろうたんは、風の国の王がアーサーに会いたい言うからやってん。挨拶くらいしたり?」
アントーニョの言葉にアーサーの両脇にいたベルとエリザが一歩下がった。
「お前…こんなところまで何しにきてんだ?」
てっきり泣きついてくるかと思ったアーサーの第一声がこれだ。
別に脅されているとかそういう空気もなく、本気でそう思っているような雰囲気だ。
「ちょ、ひどいな。お兄さんいつも定期的にお前に会いに行ってやってたでしょうが」
あまりに予想外すぎてどう応えていいかわからない。
それでもなんとか動揺を隠してそう苦笑すると、
「からかいに、の、間違いだろ。そんなくだらない用事で他国まで来たのか、お前暇なんだな。」
と、アーサーはクルリと反転して、用意された椅子に座ってベルにカップを差し出した。
そしてベルがミルクを、エリザが紅茶を注ぎ、両方が入るとティースプーンでかきまぜる。
そのあまりに当たり前にリラックスした様子に、
「なるほど…子供には女性ってか…」
と、思わずフランシスは小さくつぶやいた。
ベルとエリザに気を取られていたアーサーの耳には入らなかったその小さなつぶやきは、アントーニョの耳にはしっかりと入っていた。
そして…その場で大笑いしたいのを必死にこらえて、アントーニョは
「アーサー、」
と声をかける。
「親分にもそれ一口かじらせたって」
その言葉にベルが焼いたタルトをかじっていたアーサーはきょとんと
「トーニョんとこにも茶菓子あるだろ?」
と言うが、アントーニョは
「ん~、そっちの方が食べたいねん。人が食っとるもんて美味そうにみえるやん」
と、あーんと口を開けた。
「子供みたいな事言ってるな」
その様子に警戒する事もなく、アーサーはアントーニョに近づいていってタルトを差し出す。
アントーニョはそれを一口かじると
「うまぁ~。おおきに」
と、チュっとアーサーの頬に軽くキスをした。
「おまっ……!!!」
いまだにそういう触れ合いに慣れないアーサーはやっぱり頬を押さえて真っ赤になるが、怯えているとかそういう空気はない。
ぽか~んとその和やかな様子を見て呆けていたフランシスを横目に見ると、アントーニョはクスっと笑みを浮かべた。
今まではその美しい容姿で他を翻弄し、勝ち誇った笑みを浮かべるのは自分の方で、逆の経験はない。
当然かち~んと来るフランシス。
「ふ~ん?無骨に見えて案外テクニシャンなのかな?太陽王。それともチビも初めての相手だとほだされるものなのかな?田舎育ちでそんな経験皆無だったもんね」
ついつい頭に血が上って、言葉にとげが混じる。
アーサーはいきなり吐き出された言葉の意味がわからずその場できょとんと首をかしげた。
一方のアントーニョの方はわかっていてもわざとらしくわからない風に聞いてくる。
「テクニシャン?初めての相手?何やそれ?」
あきらかにわざとなそれに、今までこんな展開を経験した事のないフランシスは思わずカッとなる。
「ひとのもん寝取っといて、何それはないんじゃない?卑怯者!」
「ね…寝取るって……」
思ってもみなかった言葉にアーサーは真っ赤な顔で絶句して、アントーニョは
「ありえへんわっ。この子まだ子供やのに、そんな事するなんて考えた事もないわ。自分考えとったん?」
と、おおげさに驚いて見せ、立ちつくすアーサーを抱き寄せる。
「もともと人質としてなんて渡せん思うてたけど、こんな子供にそんな無体な事しよなんて考えてる輩には、絶対に渡せへんわ。この子は俺の宝物やし、家族も同然なんやから」
…やられた……
そこでフランシスはようやくアントーニョがあっさりとアーサーを出してきた意図を悟った。フランシスの誤解を利用してこういう展開に持っていくつもりだったのだ。
自分とした事が…腹芸の苦手な蛮族相手だと思ってすっかり油断していた。
今回連れて帰るのは無理だ…
フランシスの脳内で計算が始まる。
完全勝利はもう無理だが、まだ再戦ができるように持っていかなければならない。
「心外だね。俺はそんな気があったら今までいくらでも出来たでしょ?でもお前みたいな子供どうこうしないでも相手はいくらでもいるし。」
フランシスは呆れた、というように肩をすくめてみせた。
「ただ、一般的に人質ってそういう扱い受けるし、相手が手荒な事で有名な太陽の国だったから心配してただけだよ。それこそ、お前の事はチビの時から知ってて、そこの王様と違ってにわかじゃない家族みたいなものだからね。
お前は知らなかったみたいだけど、元々10年以上前からお前は14歳になったらうちの国に来るって約束があって、そこに太陽の国が強引にチャチャ入れてお前をつれていっちゃったんだ。
お前はどう思ってたか知らないけど、俺は一人ッ子だからお前の事は弟みたいに思ってたし、一緒に暮らすの楽しみにしてて、これでもお前がうちの国にくる時のために色々用意してたんだよ?
それをそんな風に連れてかれたら、ひどい扱いうけるんじゃないかって心配するのは当然だろ?
だから早急に様子見に来たんだけど、とりあえず“いまのところは”ひどいこともされてないようだから、いったん帰るよ。
ま、完全に信用したわけじゃないから、また様子見に来るか、なんらかの手は打たせてもらうけどね」
そのフランシスの言葉も、とりあえずアーサーは信じたようで、
「…別に……ひどい事とかはされてないぞ。…でも礼は言っておいてやる」
と、素直ではないにしろ感謝の意を示す。
その言葉にアーサーの位置からは見えないアントーニョの表情が少し嫌そうにゆがんだのをみて、フランシスは目的は果たせなかったものの、少し溜飲をさげた。
今回はひきさがるが……
今回は完全に叩きつぶせなかったが……
戦いはこれからだ!
それぞれ内心そんな言葉をのみこんで、太陽の国、風の国、二人の王の初の会談は終わりを告げたのだった。
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