ビックマーメイド
1章_雨の国の王子様は… 2章_満月の夜に 3章_助けたのは… 4章_王の決意 5章_王様とハサミちゃん 6章_別れ 7章_亀裂 8章_回帰 9章_海の国
【海の城へようこそ、ハサミちゃん】 いきなり謎な横断幕に迎えられた。 きょとんとするアーサーの頭上でギルベルトの怒声が響き渡る。
海水に付いた瞬間、何か白い光に包まれた気がした。 眩しい光に一瞬閉じた目を見開くと、何故か息苦しくないどころか、このところの体調不良の不快さや体の重さなど、全てから解放されている気がする。 そして頭上を見上げると眩しい太陽の差し込む海面に、何故かゆらゆらと波間に漂う自分の...
潮風が心地よい。 ギルベルトが城に現れて以来、初めての海だ。 ここに来てこうして甲板から海を見渡せば、もしかしたらまた訪ねて来てくれるのではないだろうか…そんな期待をして失望するのが嫌で、来ることができなくなっていた。 それでももうこうして来れるのは最後になるかもしれない...
王が亡くなって半年…。 これを機にと、王族6家は一斉に代替わりを行った。 もちろんそれぞれまだ若く未熟な若者たちに全てを託すというわけではなく、先人である元当主がフォローできるうちに、彼らに国を動かすという事に慣れさせようと言う親心な部分が大きい。
「アーサー…この地方の…」 「それはルートの家の仕事だろう?結果を出してそれだけ伝えてくれ。」
「悪い…痛むよな。」 パタンとドアが閉まって二人きりになると、ギルベルトはベッドまで歩を進めてアーサーの頭をゆっくり撫でた。 たった一ヶ月ですっかり慣れたその感覚の心地よさに、アーサーは目を細める。
すまない…と、ギルベルトの最初のそれは確かに怪我に対しての言葉だったが、二度目以降は違う意味合いを持っている事がアーサーにもわかった。 それは帰る…という話が夢ではなかった事を示す言葉。 置いていく事への謝罪だ。 胸がずきりと痛んで、空気がそこで止まり体全体に行き渡らない…...
あなたがくれたバラの花 美しく目を癒したが、刺がある それを抱いた私の胸は 刺で傷つきキズだらけ。 どうせ散らせてしまうなら、 何故その花を渡したの? 花はもう枯れ、目は癒されず だけども傷は血を流す 少し掠れた甘い声で、そう歌ったのは旅の歌姫。 リュートの調...
ひたり…ひたりと微かな音。 何もいないはずの廊下の床を水が点々と濡らしている。 音と水跡が止まったのはこの城の跡取り、アーサーの寝室の前だ。
「ギルベルト、出来たっ」 書類を手にアーサーはギルベルトの所に駆け寄って、じ~っとつぶらな瞳で見上げてくる。 その期待に満ちた眼差しの意味する所はわかっている。 「ああ、頑張ったな。」 と、クシャクシャっとその頭を撫でてやれば、アーサーは少し首をすくめて、でも、嬉しそ...
そんな出会いから幾日かが過ぎていき、謎の男、ギルベルトがいる事にアーサーもすっかり慣れて来た。
陸上で呼吸出来る期間は1ヶ月。 当事者の少年以外の陸上人には姿は見えない。
「はあ?何言ってんの?」 ギルベルトの依頼にエリザはあんぐりと口を開けて呆けた。
海の底には海人達が住んでいる。 男は外見上は人間と変わらず、女は上半身が人間下半身が魚という、人間世界でよく人魚と呼ばれる形態をしている。 しかし外見上は人間に近くとも魚と同じく海の中では呼吸ができ、逆に地上ではできない。
「…ったく、こんな所で何をしているのだ?」 ぺちぺちと軽く頬を叩かれる感触で目が覚めた。 「…?…ルート?」 ぼ~っと見上げると、見慣れた端正な顔が少し呆れを含んだ表情をみせる。
アーサーの13歳の誕生日だった。 本人のたっての希望で船上パーティ。
「トーニョはどこ行った?!あのバカ、まさかまた…」 海の底の海王の城では海王の怒声が響き渡る。 その声に王宮の女官達はすくみあがった。 ひらひらと色取りどりの尻尾を揺らめかせ、困ったように眉を寄せ合うマーメイド達。
雨の国は王族の血を引く6貴族で動かされている。 そしてその頂点に立つ国王家。 丁度今の代は同年代の当主がそれぞれ長となり、やはり同年代の才能豊かな跡取り達に恵まれている。
まあるい月が出る夜に、船の甲板では、チョキン、チョキンとハサミの音。 自分を切ってしまいたくなるような夜には、アーサーは代わりに紙を切る。