ビッグマーメイド_9章_海の国

【海の城へようこそ、ハサミちゃん】

いきなり謎な横断幕に迎えられた。
きょとんとするアーサーの頭上でギルベルトの怒声が響き渡る。


「エリザ~~!!!!!てめえっ面白がってんじゃねえっっ!!!!」

どうやらこのやり取りはこの城ではそう珍しいものではないらしく、城の門番達は苦笑している。
おそらくギルベルトの怒声の向かっている先には、綺麗な女性。
ギルベルトの勢いに全く臆することもなく、

「だってぇ、ギルのお嫁ちゃんは、私にとっては兄弟みたいなものじゃない」
「…え??えと…??」
「嫁じゃねえっ!!!つか、まだ状況も全然理解してねえのに混乱させるなっ、この馬鹿っ!!」

「あらあらあらあら、そんな怖い声だしてお姫様がびっくりしてるわよ~。
私はエリザ。ギルの幼馴染みたいなものよ、よろしくね、ハサミちゃん♪
疲れてるでしょ?お部屋でお話しましょ。」

エリザはウィンクしてそう言うと、とりあえずお嫁ちゃん一名ご案内~☆と言いながら、先にたって歩き始める。
部屋で話というのはギルベルトも異論はないらしく、不本意そうな表情で、それでもエリザの後に続く。

「えと…あのっ…ギルベルト…」
腕の中で混乱したままワタワタしているアーサーに
「あいつはなんでもああやって面白がってからかって楽しむ奴だから、気にしないでくれ」
と、言うギルベルトの顔は少し赤くて、アーサーもつられて赤くなる。

――お嫁さんて…冗談だったのか……本当でも構わないんだけど……
と、内心がっかりしたのは秘密だ。




「結局ね、ここは魂のご休憩所なの。」
城の中は海底で水に満たされているということを除けば、地上の城と大差はないように思われた。

しかし案内された応接室でエリザにされたこの国の成り立ちは、自分達とは全く異なる物だった。

「人はね、死ぬと一旦海か空に帰るのよ。
そこでしばらく過ごして、また生まれ変わっていく。
でも死んだばかりの魂だと今の自分の状況なんてわかんないじゃない?
だからその導き手としてこの城の王や家臣たちがいるのね。
で、この城の人間も生まれ変わりたくなったら、自分の跡を託すのにふさわしいと思う人材に託して生まれ変わるってわけ。
ということで基本的に死なないわけなんだけど、それを悪用して好き勝手されても困るでしょ?
だから空にいる空人は雲を境界線に、海の海人は海を境界線にして、行き来しにくいように呼吸出来ないようにしてるの。
ただ、転生させる都合上、陸上の状態を見ないといけない事もごくごく稀にあるから、そのあたりの調整をするために私のような呪術師が存在するんだけどね。
今回のギルの上陸は本当に全くの職権濫用。
放置してたら気になって仕事手につかなさそうだから特別に便宜計ってあげたってわけ。」

「ま~、そういうわけだから」
と、ギルベルトがアーサーの腕を取って立ち上がらせる。

「俺らはとりあえず行くぞ。この城の滞在手続き頼むわ。」
と、エリザに告げると、
「はいはい。またあとでね、ハサミちゃん」
と、エリザはヒラヒラと手を振った。



「あ~…なんか急だったからな。とりあえず俺の部屋でいいか?」
と、腕をしっかり握ったままそう聞いてくるギルベルトに、アーサーはコクコクうなづく。

“お嫁ちゃん”…という言葉がクルクル回る。
色々ありすぎて処理しきれない情報の中でその言葉だけが何故かドン!と脳内に居座っていた。

「…あの……ギルベルト……」
「なんだ?」
「…お嫁ちゃんて……」
「…忘れろ……」

間髪入れずに言われて、思わず涙がこぼれ落ちた…のはいいが、廊下をコロンコロンと丸い宝石が転がり落ちる。

「ギル~!!泣かせてんじゃないわよっ!!」
「陛下、宝石が……」
わらわら集まる人と視線。

「…悪かった……もうなんだかわかんねえけど俺が悪かったから泣き止め」
と、ギルベルトはいまだ宝石をこぼすアーサーに言いながら、
「お前らは散れっ!!」
と、シッシッと野次馬達を追い払う。

「とりあえず部屋入るぞっ!」
と、そのまま半ば押しこむようにアーサーを連れて部屋に入ると、ドアを閉めるとくるりと反転、ギルベルトはぎゅっとアーサーを抱きしめた。

「わりい。怖いよな。大丈夫、確かに俺はここでは王で権力なんてもんがないわけじゃないんだが、別に無理やりどうこうなんてする気はねえから。
それでも怖けりゃエリザのとこ逃げ込んどけ。
あいつはあいつで特別な能力持つ権力者だから。」

「…ギルベルト…誤解してる……」
「あ?」
「俺は…別にお嫁ちゃんて立場の人間になることにはやぶさかではないんだけど…ギルベルトが目一杯否定するから」
「ああ??」
涙目で見上げるアーサーをギルベルトは心底驚いた目でぽか~んと見下ろした。

「いやいや、そこはやぶさかではあるだろうよっ」
「ギルベルトは嫌なのか?俺が男だから?」
「いや、俺はほら、ここ長えし?さっきもエリザが言った通り魂の番人だから子ども作ったりとかもねえから異性も同性も関係ねえんだけど…」
「じゃあ俺が嫌なのか?」
「いや…俺は良いけど。ハサミちゃんは普通に異性愛が普通の世界で生きてきてんだろ?」
「俺は…ギルベルトが良い。異性じゃなきゃダメだって言うんなら、女性に生まれ変わってもう一周して戻ってくる」
「いやいやいや、ハサミちゃん、そういう問題じゃ………」
ギルベルトは焦って言った後に、額に手を当てて嘆息した。
「このままだと…俺、純粋培養な箱入りハサミちゃんをたぶらかした悪い大人な気がするんだが……」
「いいんじゃないか?たぶらかしたなら責任持ってくれれば…」
と、みあげてくる目はくるりと大きく無邪気なのに、言っている言葉がなかなかエグい気がするのは気のせいなんだろうか…。
「それでダメなら…俺がギルベルトをたぶらかしたらいいのか?」
飽くまで無邪気に、どこまでわかって言ってるのかよくわからないその様子に理性と良識がポキリとへし折られた気がした。

「あ~、ちきしょ~!後悔すんなよっ?!
可愛い事言うハサミちゃんが悪いんだからな」
…と言いつつ、たぶん何かあったら土下座するのは自分の方に違いない…箱入りというのはある意味最強だと思いつつ、ギルベルトは自分の欲求に素直に従うことにして、自分より一回り小さな体を抱き締めて、その小さな唇に唇を寄せた。

切望した相手からの初めての口づけに、ポロリポロリとこぼれ出た大量の宝石が外へと流れだして、フライパンを手に飛び込んで来たエリザにギルベルトが殴られるまで、あと10秒。


Before <<<


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