ビッグマーメイド_6章_別れ2

ひたり…ひたりと微かな音。
何もいないはずの廊下の床を水が点々と濡らしている。

音と水跡が止まったのはこの城の跡取り、アーサーの寝室の前だ。

音もなく開くドア。
見えない姿。
しかしそこには確かに何かがいる。
その証拠にカチャリと一人でにドアが閉まるとドアに不思議な印が刻まれて、今度は水の跡がベッドに向かってのびていった。


暗い部屋の中は月明かりのみが照らしている。
その月明かりさえ遮る幾重にも重なったレースの天蓋付きのベッド。
そっとその布をかき分けてみると、目的の人物が眠っている。

少しくすんだ金色の髪に白い肌。
新緑色の瞳は今は瞼に覆われて見えないが、その繊細な造りの顔立ちは間違いない。
水鏡で見えたのはこの少年だ…と、侵入者は小さく息を吐いた。

そこで取り出されたのは水色の剣。
それを大きく振りかざすと、侵入者はそれを思い切り少年に向けて振り下ろした。


ザン!!と言う音と赤く染まるシーツ。

「…っ?!!!」
痛みに飛び起きると、さきほどまで自分が寝ていたあたりに突き刺さる剣。
どうやら寝返りを打った事が幸いしたらしい。
腕に切り傷ができているが、範囲は広いが深くはない感じだ。

とは言っても危機は去ったわけではない。
どうやって入ってきたのかは知らないが、全身ずぶ濡れの侵入者の少年は、ベッドに突き刺さった短剣を引きぬいて、また振りかざしてくる。

「大人しく死ねやっ!!」
と、振り下ろされる剣を枕元に置いていた本で防ぐと、
「誰かっ!!!」
と、叫ぶが、当然来るであろう家臣達は来る気配がない。
出血と焦りでガンガンと頭が痛んでくる。

「無駄やっ!!この部屋には結界張らしてもろうたからなっ!!」
と本をはたき落として更に剣を振りかざす少年の動きに、アーサーは思わず目をつぶった。

…………。

…が、いつまでたってもそれ以上の攻撃は降ってこない。
おそるおそる目を開けると、目の前には見慣れた顔。

「この馬鹿野郎っ!!何してんだっ!!!」
という怒声は自分ではなく、少年の方に向けられているらしい。
ということは、ギルベルトの知り合いなのだろうか…と思いつつも、安心したらクラっと来た。

貸せっ!!と、ギルベルトがなんなく少年の手から剣を奪い取り、シーツを切り裂くのを他人ごとのように見ていると、やがて当たり前に切り裂いたシーツで止血される。

「身内が悪かった。マジ、悪かったな、ハサミちゃん。」
珍しく悲痛な顔をするギルベルトに、アーサーは軽く頭を横に振った。

大丈夫…だって助けてくれた。
いつもいつも、もう駄目だと思った時に唯一助けてくれるのはギルベルトだけだ。
そう見上げるアーサーに、チッと侵入者の少年が舌打ちした。

「トーニョっ!!てめえはそういう態度とってんじゃねえっ!!おらっ頭下げろっ!!!」
と、ギルベルトの大きな手で茶色の頭をガシっと掴まれ、グイグイ頭を下げさせられている。

「あぁ!!自分がわりいんやろっ!!さっさと帰って来ぃひんからっ!!
国民ほっぽってほっつき歩いてんやないわっ!!」
「俺に文句あるなら俺に言えっ!!
他人巻き込んでんじゃねえっ!!」
「せやかて、そいつのせいやろっ!自分の職務放棄はっ!!」

職務放棄…その言葉を聞いた途端、ギルベルトは一瞬言葉をなくした。
しかしすぐ、
「エリザに言って留守中はきちんと任せてある。
期限にはまだ一日あるし、そのくらい待てねえのかっ!てめえはっ!!」
と、続ける。


期限には…まだ一日ある?
なんだそれ?
一気に体中から血が消え失せた気がした。
ズキ、ズキと痛む傷よりさらに胸のあたりが痛む気がする。

期限?
帰る?
誰が?
どこへ?
考えたくない…聞きたくない。
アーサーの意識はそのまま途切れ、体はふらりと前に倒れた。





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