ビッグマーメイド_6章_別れ1

「ギルベルト、出来たっ」

書類を手にアーサーはギルベルトの所に駆け寄って、じ~っとつぶらな瞳で見上げてくる。
その期待に満ちた眼差しの意味する所はわかっている。

「ああ、頑張ったな。」
と、クシャクシャっとその頭を撫でてやれば、アーサーは少し首をすくめて、でも、嬉しそうに笑う。

一生懸命やれば褒めてもらえる。
そんな習慣が出来てからは、アーサーは随分と楽しそうに仕事をするようになった。
最初の頃の表情を消した硬い様子に比べれば、随分と子供らしくなってきたものだと、ギルベルトはしみじみと思う。


ハサミちゃん、と、ギルベルトが勝手に命名していた泣きながら紙を切っていた少年は、陸上人の王の跡取りだったらしい。

強く完全な人間であれ、という父王の教育方針の元、全てに置いて完璧に、感情…ましてや弱みを見せるなどもってのほかと育てられていて、素の子どもが当然持っているであろう弱さと父王の理想との間で随分と葛藤を感じていたようだ。
それがあの不自然な無表情となって現れていたのだろう。
ひとたびその重い枷を外す場所を作ってやれば、随分と歳相応の可愛らしい表情も見せるようになってきた。
それと同時に、あの、堅く…少しつつけばポキっと折れてしまいそうな脆さもなりを潜めたように思う。
いい傾向だ…と思うと同時に、しかし心配は尽きない。
もし自分が海へと帰ってしまったなら、その後は誰がアーサーの枷を預かり、休ませてやれるのだろう…。


(ひと月は…短えよなぁ…。)
ギルベルトは頭を掻いた。
せめて3年。
アーサーがある程度大人になって、自分で適度に公私のスイッチを切り替えたり、他人に対して一方的ではない適度な関係を築く事ができるくらいになるまで側にいてやらないと、元の木阿弥どころか、状況が悪化するんじゃないだろうか…。

そうは思うもののエリザが期限を区切ったのもわかる。

一般の海人であるならともかく、自分は王だ。
海人達を治め、守り、導いていく義務がある。
ある種縁もゆかりもない少年一人のために、国民全部を放置するのかと言われれば、是とは言えない。

もうすぐ帰らなければ…と、ギルベルトは日を数える。
エリザと約束した期限はあと1回寝て起きた朝。
時間がない…。
黙って消えるわけにも行かないし、アーサーに伝えてやらねば…と思うものの、信頼し、頼りきったその無防備な様子を見ると、どうにも言葉が出ない。
初めの頃のあの痛々しいまでの気の張り様を知っているからなおさらだ。

そんな事を考えていると、クイっと上着の裾が引っ張られる。
そして片手を手で取られてアーサーの頭の上に乗せられたところで、不思議に思って
「おい、何してえんだ?」
と聞くと、アーサーは少し不安げな目で、
「だって…」
「だって?」
「………ギルベルト…甘えろって言ったじゃないか。…頭……」

これは…頭を撫でろという催促だったのかっ!
「あ~、もう畜生っ!可愛いなぁっ!!!」

まだまだ完全に甘え慣れているわけではなく、変な所で心細げに、それでも精一杯甘えてくるその姿に、ギルベルトはアーサーを抱き寄せると、やけくそのようにワシャワシャその頭を撫でる。

これを見捨てて帰れ?!
無理っ!マジ無理だわっ!エリザに言って期限伸ばさせるかっ。

こうして今日もギルベルトは真実を告げられずに日々を送るのだった。
期限は明日…それまでにどうにかしなければならない。





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