美しく目を癒したが、刺がある
それを抱いた私の胸は
刺で傷つきキズだらけ。
どうせ散らせてしまうなら、
何故その花を渡したの?
花はもう枯れ、目は癒されず
だけども傷は血を流す
少し掠れた甘い声で、そう歌ったのは旅の歌姫。
リュートの調べに乗せられて、それは悲しく広間に響いた。
「…あ……?」
ぱちりと目を覚ましたのはベッドの上だった。
夢を見ていたらしい。
アーサーは身を起こそうとして、ズキリと痛む右腕に顔をしかめてまた身を横たえる。
「無理はなさらないで下さいね。傷は深くはありませんけど、範囲は広いから痛いでしょう?」
おずおずとそう言うのは、見知らぬ顔。
訝しげにアーサーが眉を寄せると、青年は困ったようにかすかに笑みを浮かべた。
「俺は昨日引退した父に代わり、王子の身のまわりのお世話をさせて頂くことになりました、トーリスともうします。」
そう頭を下げた青年は、朝、朝食を運んだ侍女が、ベッドの上で腕に怪我をして倒れているアーサーを発見したのだと教えてくれた。
きちんと止血と応急処置がしてあったので、アーサーが自分でしたのだろうかと、侍女が不思議がっていたとも…。
その日は城内に異常は見当たらず、侵入者もいなかったはずだったのだが、今城中犯人を探して右往左往の大騒ぎだということだ。
まあ見つかるわけはない。
おそらくギルベルトと同様、自分以外にはその姿が見えないものの仕業なのだから。
事実すぐ側で心配そうな目を向けているギルベルトの姿は、この青年には見えていないようだ。
そう…まだギルベルトはそこにいる。
今日が期日だと言っていた気がするがまだそこにいるのだから、あれは何かの聞き間違いなんだろう。
切りつけられたショックで自分の耳がおかしくなっていたのだ。
ギルベルトに確認を取ったらきっと、
――何寝惚けてんだ、俺がハサミちゃんを置いてどっか帰るって?んなわけねえだろ。
と、いつものように笑って大きな手で頭を撫でてくれるはずだ。
早く…早くその言葉を聞いて安心したい。
「すまない。少し休みたいんだ。一人にしてくれ。」
アーサーがそう言うと、トーリスは少し物言いたげな顔をしたが、結局
「分かりました。でも何かありましたら…どんな些細な事でも結構です、どうか呼び鈴を押して下さいね。
すぐに飛んで参りますから。」
と、柔らかく微笑むと、下がっていった。
Before <<< >>> Next
0 件のコメント :
コメントを投稿